第2話-3

「もう見て回るとこ無いかも……」


 特にやりたいことがあるわけじゃない状況での部活探しは、なかなか難しい。


「じゃあ帰ろ。寄り道して帰ろ♪」


 帰りが同じ方向とは限らないけど嫌な予感がするから敢えて触れないでおこう。


「やっぱり、もう一つだけ見て行こうかな」


「んもぉーっ!」


 頬をぷくっと膨らませての可愛らしい椿姫の抗議を無視して、俺は歩みを進める。

 すると──


「辻蔵くん?」


 入ろうとした部室の前でわたると鉢合わせしたのだった。


「もしかして、辻蔵つじくらくんも、ここに?」


「う、うん、回って来て、あと興味あるのって、ここくらいかなって……」


 今、結莉おれたちが居るのは建物としては『校舎』なんだけど、『文化部室棟』と言われる文化系の部室が連なっている棟。

 そして、結莉おれたちが最後にとやって来たのは『漫画アニメ同好会』の部室の前だった。

 ちなみにこの学校での部と同好会の違いは要は部費が出るのが部で出ないけど部室だけは(空きがあったら)貰えるのが同好会だ。


「私たちは、ずっと見て来て、ここでラストかなって」


「そ、そうなんだ……」


「辻蔵くんって結莉ちゃんの隣りの席にいた人だよね?」


 唐突に椿姫が航に聞いた。


「あ、はい」


 えっ、そんなとこちゃんと見てたんだ。モブまで記憶してるなんて意外と侮れないな、この子。


「私、霧山きりやま椿姫つばき。結莉ちゃんのカノジョだから、よろしくね」


「えっ!?」


「それ、サラッとついていい嘘のレベル超えてるから!」


「将来的には」


「可能性を付け足せば誤魔化せると思うなよ!」


「結莉ちゃんてば辛辣しんらつ~」


椿姫これのことは気にしなくて良いから、辻蔵くん、どうぞ先に入って」


「あ、いや、桜庭さくらばさんたちこそ、お先にどうぞ」


「一緒に入ればよくない?」


 確かに、わざわざ別々に見学する必要は無い。

 椿姫この子は、たまにサラッと正論言うから、賢いのかアホなのかつかみづらいな。


「じゃあ、一緒に入ろ」


 と言いつつ結莉おれは、「ここは良いトコ見せとくためにもおまえが先に入れ」と言わんばかりに、手で促した。


「う、うん」


 促された通り素直に先陣切ってわたるがドアをノックする。


「……失礼します」


 直後、スライド扉がいきなりガラッと勢いよく開いた。


「入部希望ですかっ!?」


「は、はい……、け、見学ですけど……」


 勢いよく現れた眼鏡男子に気圧けおされた航は、なんとかそう返したのだった。

 すると、その眼鏡男子は、航にすがりつくように、更に勢いよく言った。


「助けてくださいっ!!」



 ◇   ◇   ◇   ◇



「部長! 落ち着いてくださいっ!」


「あっ、す、すまない、つい……」


 部室の中に居た眼鏡女子にそう言われて、部長と呼ばれた眼鏡男子は下がり、結莉おれたちを招き入れて、テーブルに着かせた。


「先ほどは取り乱してしまって失礼した。僕はこの『漫画アニメ同好会』の部長で三年の熊坂くまさか慎一しんいちだ」


 部長はスラッと痩せ型で成績が良さそうな眼鏡男子。しかもイケボだった。

 ちなみに同好会なのに『部長』呼びで『会長』ではないのは、同好会は部への昇格があることと、あと生徒会長とかぶるからなんだそうだ。


「私は副部長で二年の瀬戸せと卯月うづきです」


 副部長は温和で文学少女っぽい雰囲気の眼鏡女子。

 ……もしかしたら、この副部長、結莉おれより背が低いかも。

 小動物系な雰囲気もある。


「そ、それで、さっきのは?」


 結莉おれが切り出す前に、意外にもわたるがそう聞いた。


「あぁ、実はね……」


「同好会の存続には部員が5人以上必要なんです」


「見ての通り、先輩たちが卒業して現時点では僕と瀬戸くんの二名だけで、このままだと解散させられてしまうんだ」


「な、なるほど、そう言うことでしたか」


 そこに結莉おれたち三人が、のこのことやって来たからだったのか。

 とは言え、そのことを責める気は全く無いので、結莉おれは聞いた。


「とりあえず同好会の活動内容を教えてください」


「うん、この同好会は日々、漫画とアニメ、あとゲームとかも個々に楽しみ、そしてその感想を言い合う所だね」


「つまり、オタトークをする場、と」


「ほら、どうしても教室だとしづらかったりするだろ?」


「あと、一緒にグッズを買いに出かけたり、イベントに行ったりもします。勿論強制参加ではないですが」


「どうかな? 興味はあるかい?」


 ぐいっと部長から前のめり(物理)に聞かれた航が答える。


「い、いいかも、知れません」


「よし! これで5名に──」


「部長、待ってください」


「ん?」


「その男子はともかく、女子二人は可愛すぎませんか?」


 副部長の発言に、結莉おれたち三人の頭に『?』マークが浮かぶ。


「もしかして君はラブコメ主人公なのかい?」


 そう聞かれた航が、その意図を察して、慌てて返す。


「ち、違いますっ。さ、桜庭さくらばさんはクラスメイトで、霧山きりやまさんは、別のクラスでっ」


「私たち、昨日今日で知り合ったばかりの間柄ですね」


 そう結莉おれが補足して言いつつ、続いて何か言おうとした椿姫の口を手で塞ぐ。

 絶対ロクでもないこと言うに決まってるからな。


「では、君たちも彼の付き添いではなく、興味があってここに来たと言うわけだね?」


「ええ、ですので私は検討させていただければと」


 あ、ヤバい。ちょっと言い方がおっさん臭かったか?


「あれ? もしかして結莉ちゃんってオタクだったの?」


 しまったーっ!

 話の流れからして、そういうことになるよな、これ。

 どうする? ここは誤魔化すべきか?


「う、うん、実は、ね」


 いや、いずれうっかりバレかねないのなら、もうここで出してしまおう。

 結莉おれの答えに、むしろ航の方が意外そうな顔をした一方、椿姫はと言うと「へー、そうなんだ」と微笑んだだけだった。


「じゃあ部長さん、コスプレ同好会に改名するのなら入ってもいいですよ」


 しまった!

 椿姫の手綱を緩めてしまった結莉おれの迂闊さよ!


「す、すみません。椿姫この子の言うことは無視してください」


「いや、まぁ、改名はともかく、コスプレをしたいと言うのなら、それもアリだが」


「じゃあ私たち三人、入部します」


「こら! 勝手に!」


「辻蔵くんも結莉ちゃんのコスプレ見たいでしょ?」


「えっ、あっ、ま、まぁ……」


 え? 何その反応? おまえ、コスプレとか見たいの? 当時レイヤーとか興味あったっけ? てっきり二次元美少女しか興味無いのかと……。


「と言うことで、多数決で入部することに決まりました!」


「これ多数決で決めることじゃなくない!?」


 航だって、べつに入部に同意したわけではないだろ?


「まぁ、今すぐここで決めなくても、一旦持ち帰って検討して貰えれば」


「でも、もしご一緒できたら、嬉しいです」


 俺たちの様子を見ていた部長たちが苦笑しながらそう言った。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「アーマー……セ……パ、レートっ!」


 必死に後ろ手でブラのホックを外した途端、ぶるんっと勢いよく乳が躍り出た。

 結莉おれは入浴までなんて待てず、帰宅して部屋に入って速攻でブラを外したのだ。

 マジで我慢の限界だった。

 これ本当に慣れる日が来るのだろうか?

 女子みんなは、よくこんなの平気で着け続けていられるよな。

 いや、小学生高学年くらいからスポブラとかで徐々に慣らしていけば、きっと違うのだろう。

 結莉おれはノーブラのまま部屋着フリースに着替え、そしてベッドにうつ伏せにダイヴした。


「いや~、疲れた~……」


 若さ故に体力的にはそれほど削られていないんだろうけど、とにかく気疲れが激しい。

 そもそも俺は、美少女おんなのこっぽい仕種をするように普段ずっと気をつけてるのだ。

 だっておっさんが美少女のガワかぶったまま素で行動したらヤバいだろ?


「……それより、部活どうしよ」


 正直、どっちかと言うと『漫画アニメ同好会』に入りたくはある。あれくらいのユルさが俺にはちょうど良い。

 問題は、入ると結莉おれがオタクであることがバレてしまうこと。

 そして、もう一つは、わたると一緒になってしまうことだ。

 椿姫アレのことは別次元の悩みなので今は置いておく。


 オタクバレに関しては既に航と椿姫にはバレてしまったけど、二人ともそれを言い触らすタイプには見えない。

 むしろ航は同情して隠してくれるだろうし、椿姫も結莉おれが嫌がりそうなことをするとは思えない。

 ただ単純に、どの部に入ったかをいつまでもクラスメイトたちに隠してはおけないし、聞かれたら答えてしまわざるをえないので、オタクバレは必至だ。


「……べつによくないか?」


 確かに、オタクとバレたからって困る要素は、特に無いかも知れない。

 陽キャになってギャル系女子のグループに入りたかったとかならともかく。いや、そもそも結莉おれの記憶だと、この高校そんな女子はいなかったはずだし。


 あと、ついでに気づいたんだけど、椿姫のやつ、あそこまでノコノコついてきて、しかも結莉おれにコスプレさせたがるとか、実は椿姫あいつもオタクなんじゃないか?

 聞けばあっさり「そうだよ」って答えそうだけど……いや、やはり椿姫については下手に触らないでおこう。嫌な予感しかしない。


 となると残る問題はあと一つ。

 これ以上、航と親しくなってしまって大丈夫か? と言う点だ。


 『辻蔵航おれ育成計画』を進める上ではむしろ都合良くはあるんだけど、おれに惚れられるのだけはマジで勘弁して欲しいんだよなぁ……。


 椿姫と偽装百合を匂わせて牽制するか?

 いやそれはそれで、もし万一椿姫がガチ百合だったらミイラ取りがミイラになりかねないし、そもそも、そんなことに椿姫を利用したくも無い。


 まぁ、そこに関しては地道に牽制し続けるしか無いし、心配し過ぎても仕方ないな。

 あいつ結莉おれになんて全然興味無いかも知れないし、仮に椿姫に行くようなら応援してやろう。

 いやこれは決して面倒事を押しつけようとしてるわけではなく。


「結莉ー、もう、ご飯できるけど、食べるー?」


 ドアをコンコンとノックして母親が言った。


「うん、食べるー」


 ベッドに突っ伏してた結莉おれはそう答えて起き上がろうと四つん這い体勢になった瞬間、それは起きた。


「いっ!?」


 フリースの中でなんの束縛も受けていない自由な乳が下方向にぐんっと伸び、結莉おれは思わず恨めしそうに漏らしたのだ。


「もうやだ、この重力ぅ……」


 あぁ、早く風呂に入ってこの重力から解放されたい……。


【第2話 終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る