第2話-1

「おはよう」


 翌朝。

 教室に入る際に特定の誰かに向けてでもなく明るく挨拶した結莉おれ

 それに何人かのクラスメイトたちが振り向いて挨拶を返してくれた。

 現時点では知り合いが美香と綾乃の二人しかできてないのだが、これはやはり美少女の恩恵なのかも知れない。


 ちなみに今日はちゃんとブラを着けて来たので昨日みたいなうれいとはおさらばだ。

 ただ、『大胸筋サポーター』どころか、最早もはや拷問具なのでは?レベルの圧迫・緊縛・拘束感に慣れる日が果たして来るのだろうかと言う不安を抱えつつではあるのだが。

 肩紐ストラップが食い込んだ肩が痛いし重いし、バックベルトも背中の肉に食い込んでて、マジでつらい……。


 それはともかく、結莉おれはそのまま進んで、自分の席に着きながら、隣りの席に既に来ていたわたるに声をかけた。


辻蔵つじくらくん、おはよう」


「あっ、お、おはよ」


 スマホに見入っていた航が、急に挨拶されて慌てた。

 結莉おれは、そのスマホに視線を投げかけて、続ける。


「何してるの? ゲーム?」


「あっ、え、えと」


 途端にキョドる航。

 いや、見せてなんて言わないから安心しろ。

 どうせ当時ハマってた女キャラばかりのソシャゲなんだろ? そりゃ女子には見せづらいよな。


 なので結莉おれは深追いせずに言う。


「オススメのゲームがあったら私にも教えてね」


「う、うん」


 あ、そうだ。せっかくだし、この流れで聞いとくか。


「ところで辻蔵くんは、部活は決めたの?」


「あ、いや、昨日、見学には行ってみたんだけど……」


「けど?」


 見学に行っただけでもおれを褒めるに値するところだが、結局入らなかったとなると気になるな。

 一体何があった?


「実は、この高校ってゲーム系の部は二つあって、一つはeスポーツを目指すガチ勢で、もう一つはインディーゲーム作る部で……」


「なるほど。どっちもイメージとは違ったんだね」


 こくりと頷く航。


 あぁ、そりゃ確かにダメだな。

 おれってゲームを遊ぶのが好きなだけのエンジョイ勢だし、どっちかと言うとゲームキャラとかの方に萌えるオタクだったもんな。

 ガチはキツい。

 いや、これからガチになるって選択肢も無くは無いんだけど、そこで無理してもねぇ……。


「じゃあ、仕方ないね」


 だから、とりあえず結莉おれも、そう答えるしか無い。


「う、うん、だから今日の放課後は違う部も見に行ってみようかなって」


「えっ?」


「え?」


「あっ、ごめんなさい。そうだよね、ゲーム以外だって一応見ておいた方が良いよね」


 航の言葉に、つい心証が悪くなりかねない言葉リアクションを発してしまったので、慌ててフォローする。

 いやだって、おれがそんなに部活動に前向きだったなんて意外で……。


 ん? まさかわたるのやつ、結莉ゆいりに嫌われまいと無理をしてるんじゃないか?

 『高校で新しい友達ができるの楽しみなんだ。辻蔵くんも頑張ってね』

 その言葉が、背中を押すどころか、プレッシャーになってしまったかも知れない。

 もしそうだとしたら、よくないな……。


「辻蔵くん、私の言ったことなら、気にしなくてもいいんだよ?」


「あ、いや、無理してるわけじゃないから、大丈夫」


 おっと、さすがに杞憂きゆう過ぎたか?

 33歳の俺視点からしたら高一のおれなんて我が子にも等しいから、ちょっと心配し過ぎたのかも知れない。


「そっか、それなら、頑張ってね。……あっ」


 『しまった。またって言っちゃった』とばかりに慌てて口に手を当てると、航は苦笑していた。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 さて本日、俺のやり直し高校生活二日目は、いきなり重大なミッションが発生していた。


「男子は着替えを持ってA組の教室に移動してください。A組の女子が来るので、女子は教室の前の方に固まってスペースを空けてあげてください」


 クラス委員の子がそう言うと、クラスメイトたちは各々移動を始めた。

 そう、これから高校初の体育の授業で、着替えるためだ。

 結莉おれは元々前の方の席だった美香たちに合流する。


「いきなり初日に体育とかナシでしょ」


 ブレザーの上着を脱ぎながら面倒臭そうに美香が言った。


「今日は体力測定だけみたいよ」


 どこでその情報を仕入れたのか、綾乃が言った。


「体力測定……」


 結莉おれは思わずげんなりした表情になる。

 この結莉からだ、運動神経が良いとは到底思えないと言うか、デカ乳のデバフが大き過ぎる。

 今から気が重い…………ん?


「!」


 そこで美香たちに目をやった俺は、自分の重大なあやまちに気づいてしまった。

 ちなみに女同士なので着替え中の姿を見ることへの忌避感は無い……と言うことにしおこう。

 だってそんなのお互い様だろうし、俺は女子高生の着替えを見てドキドキするような歳でもないし……。

 いや、ちょっと嬉しいのは内緒だけど。


 で、何に気づいたかと言うと、それは、スカートを脱いだ時のことだ。

 俺は慌てて周囲を見回す。

 ……一人……二人……三人、結莉おれ以外に女子がいた。

 まだスカートを脱いでない子や、既に体操服に着替えてしまっている子もいるので正確な数ではないが、殆どの女子はスカートの下にスパッツ(ふうのインナーパンツ含む)を穿いていて、パンツだけなのは結莉おれ含めて少数派だったのだ。


 結莉おれ一人だけと言う最悪の事態は回避できたものの、これはよろしくないな。

 女子高生の生態をきちんと調べておくべきだった。

 今日は体育があると言うことで、体操服を脱ぐ時に『女子は腕をクロスさせて脱ぐ』と言うことしか気をつけてなかったよ。

 失敗した。


 とは言え美香たちは結莉おれの姿が視界に入ってるだろうにノーリアクション。

 そう言う子もいるよね程度にスルーされていた。

 どうせ見えやしないからと派手なパンツを穿いて来てたら終わってたかも知れないけど、とにかく、どうやら俺が気にし過ぎたようだ。


結莉ゆいりって胸おっきくない?」


 いや、つっこむの、そっちかい!

 しかし着替える際にYシャツも脱ぐのでバレてしまうのは回避のしようが無い。

 いや、Yシャツの時点でバレるだろうけど。


「そんな感じはしてたけど、うん」


 綾乃も、そんな感じはしてたのかー。

 まぁ、わかる人にはブレザー着ててもわかるよなぁ。

 相手がおっぱい星人か一流おっぱい鑑定士だったら鑑定ガード不可に違いないし。


 しかしデカ乳へのツッコミ自体は想定済だった結莉おれは、苦笑しつつ無難に返す。


「こらこら、見せ物じゃないよー」


 美香と綾乃も、くすりと笑ってこの話題は終了。よし、成功だ!


 ちなみに俺のバストスカウターで見るに美香、綾乃ともに多分Cカップだ。二人とも羨ましい。

 結莉おれもまずはFに落としたいと昨晩からバストサイズダウン筋トレを始めたところだけど、効果が出るのはいつになるのやら……。


 とにかく、こうして体操服に着替えた俺たちは校庭に出るべく昇降口へと向かった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「はい、じゃあ柔軟運動をするから二人一組になって」


 体育教師がそう言って、ピッとホイッスルを鳴らしたのを聞いた瞬間の、俺の心境を答えよ。


 入学二日目にそれは無理でしょ?

 地元出身者なら同じクラスにはいなくても合同になったA組の方に知り合いがいたりするかも知れないけど、結莉おれの場合、皆無だぞ?

 いや、わたる視点で言えば中学が同じだった女子はチラホラ見かけるんだけど、今の結莉おれがそのコネを使えるわけもなく……。


 だが、ここでぼーっと突っ立ってても仕方ない。

 俺はキョロキョロと、まだ組む相手が決まってなさそうな女子を探す。


「!」


 お互いに目が合った。

 向こうの女子も相手がいなくて困っていたのか、目が合った瞬間、軽く微笑んだ。

 しかも、その目が合った女子は『学校でも指折りの美少女』として俺の記憶にもあった子だった。

 この子、A組だったのか。組までは憶えていなかったよ。

 とにかく今はそれどころではない。


「組んでもらえますか?」


「もちろん♪」


 結莉おれの申し出に、さっき目が合った時よりも更にぱぁっと花開くような笑顔でその女子が答えた。

 なので、俺たちは互いに歩み寄って簡単な自己紹介をする。


「B組の桜庭さくらば結莉ゆいりです」


「A組の霧山きりやま椿姫つばきだよ」


 そうそう、確かそんな名前だったな。

 それにしても改めて美少女である。

 結莉おれもたいがい美少女ではあるが、結莉おれとは系統が違う美少女で、モデル系とアイドル系のハイブリッドみたいな、とにかく見た目に華がある子だ。

 結莉おれがややツリ目ぎみでちょっと気が強そうに見えるのに対して、椿姫つばきは潤いをたたえたような大きめの瞳が愛らしく、誰からも好かれそうなタイプだな。


「実は高校から長野こっちに来たから、知り合いがいなくて」


 椿姫の眩しい容姿に目がチカチカしつつ、結莉おれは言った。


「そうなんだ。よろしくね、結莉ちゃんっ」


「う、うん……」


 手をギュッと握られてそう言われ、俺はひきつった笑顔を返すことしかできなかった。

 この子、好意があからさま過ぎて、なんか逆に怖いかも……。


「はい、みんな組んだねー? じゃあ、先生たちに習って柔軟始め。まずは両手をこうやって握り合って──」


 結局、一人あぶれた子は体育教師と組まされていた。

 あのポジションを回避できたのは幸運なのか、それとも……。


「ねぇ、結莉ちゃん」


「な、何?」


 椿姫つばきは柔軟運動中でも余裕で話しかけて来る。

 結莉おれはと言うと、体自体は柔らかいんだけど柔軟運動ですら息が上がりそうになってて余裕が無い。

 どんだけ体力が無いんだよ?


「結莉ちゃんって可愛いよね」


「き、霧山さんの方が、美人、ですよ」


 いきなり授業中にこの子は何を言い出すんだと思いつつも無難に答える。

 実際、椿姫の方が普通に背丈もあるので、どっちが美人か皆に聞けば、殆どの人が椿姫を選ぶだろう。

 結莉おれが勝ってるのなんて、このデカ乳くらいだ。……それ勝ってるって言えるのか?

 ちなみに椿姫の髪型はポニーテールだが、これは体育の授業だからそうしてるだけで、普段は普通にストレートだそうだ。

 多分ポニテをほどいたらその長さは腰近くまであると思う。


「じゃあさ、私たち二人でやってみない?」


「えっ? な、何を?」


 も、もしかしてこれって、一緒にアイドルを目指そうとか言う流れか?


「お笑いコンビ♪」


「なんでや!」


「こら、そこ! お喋りしない!」


「すみません!」「すみませーん」


 体育教師に叱られて結莉おれと椿姫との会話は終わったが、それ以後も結莉おれに向けられ続ける椿姫の視線が、なんだか怪しく見えたのは気のせいだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る