第1話-3

 俺と母親は、『愛戸原あたどはら高等学校 入学式』と書かれた大きな看板が立てかけられていた校門をくぐって、敷地内へと入った。


 校門入ってすぐの受け付けで先輩から『入学おめでとう』と書かれたリボンを胸に付けてもらい、学校の塀沿いに植えられている桜並木から花びらが舞い落ちる中を歩み出す。

 17年振りの母校だ。自然と懐かしさで感慨が溢れてくる。


 ここから俺は人生をやり直すのか……。

 何故か美少女としてな!


 思わず苦笑しながら進むと、母親が言った。


結莉ゆいり、あそこにクラス分けが貼り出されているみたいよ」


「うん、ちょっと見て来るから、待ってて」


 と、小走りした途端、ブレザーの下で乳が、ゆさっと揺れた。


「!」


 やっぱりブラを付けてないと、ちょっとした拍子に乳が揺れる。

 想像以上に揺れる。

 これはブラのせいだけでなく、このデカい乳のせいでもある。

 ブレザーを着てるから多分周りにはバレないだろうけど、揺れると、なんか、こう、変な感じがすると言うか、意識すると乳首が気になって……うわぁぁぁ~……。


 俺は、明日はちゃんとブラを着けて来ようと固く誓いながら、ゆっくり歩きで掲示板の前へと向かったのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「B組ってことは、前と同じか…」


 掲示板に『桜庭さくらば結莉ゆいり』の名前を見つけて、俺は周りに聞こえないくらい小さくつぶやいた。


 前回もB組だったので、担任もクラスメイトも一緒ってことか。

 まぁ、記憶を有効活用できるのが『やり直し人生』の利点だし…………!?


「えっ!?」


 思わず出た大きめな声に周囲の視線が集まったので、慌てて口を塞ぐ仕種をしつつ、改めてそれを見た。


辻蔵つじくらわたる


 そう、同じB組に書かれていたのは正に『前回の俺』の名前だった。


 いや、よくよく考えたら当たり前なんだけど、朝から慌ただしくて、神様が伝えてくれたことをすっかり忘れていた。

 そうだよ、このやり直しには、俺は俺として別に存在するんだった。

 どっちかと言うと向こうが本家で、やり直した俺の方がイレギュラーではあるんだけど。


 それはともかく……どうする?

 いや、どうにもならないか。

 完全に今の俺とは別の存在の俺なんだし。


 ただ、パラドックス的な変なことが起きないように、極力、あっちの俺とは関わらないでいた方がいいよな?

 うん、それがいい。そうしよう。


 俺は勝手に納得しながら、掲示板の前を後にして、体育館での入学式典に向かうべく母親と合流したのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 入学式典が終わり、保護者と別れた新入生たちは、それぞれの教室に移動していた。

 席には予め出席番号のシールが貼ってあり、生徒たちは各々着席して、担任からのオリエンテーションを受ける。

 そして、それが終わって今は、自己紹介が始まったところだ。


 この頃のクラスメイトたちは皆初々しいなぁと感慨にふけりながら現実逃避する俺。

 なんで現実逃避かって?

 それは……。


「では次は、辻蔵くん、どうぞ」


「は、はいっ」


 担任に指名された隣りの席の男子生徒が立ち上がった。


 そう、よりによって、結莉おれおれが隣り同士の席なんだよ!

 単純に男女それぞれ五十音順なだけなんだけど、もはや運命的な何かを感じてしまう。

 いや、俺同士、運命的な関係ではあるんだけどさ!


「つ、辻蔵つじくらわたるです。せ、瀬内せない中学から来ました。ちゅ、中学時代は、ゲ、ゲーム部で活動していてっ……」


 おいおい、緊張でガッチガチじゃないか!

 前回の俺、そんなだったか?

 これは、いたたまれないと言うか、俺自身なだけあって、共感性羞恥? が半端無いっ!

 こりゃ現実逃避もしたくなるよ。


「い、以上です。よ、よろしくお願いします……」


 自己紹介を終え、安堵するかのように着席するおれ

 パチパチとおざなりな拍手が起こる中、結莉おれだけは、ちゃんと拍手してあげた。


「では次は桜庭さん、どうぞ」


「はい」


 次に来るのはわかっていたので、乳が揺れないようにスッと丁寧に立ち上がった。


桜庭さくらば結莉ゆいりです。中学の時は演劇部に所属していました」


 その他の設定はある程度俺の考えた通りになると神様は言ってはいたが、万一のことも考えて、俺は演劇部を選んだ。

 実は俺は大学時代には演劇サークルに入っていたんだ。

 ほら、一応、遅咲きの大学デビュー的に陰キャ脱却を目指してみてさ。

 結局そのサークルは女優の子を巡ってサークルクラッシュが起こって、所属してたのは一年くらいだったんだけどな……。

 とにかく、おれがこの時点では経験していない部でもあるから無難な選択だろう。

 実際、この結莉からだの美少女っぷりから、演劇部と聞いたクラスメイトたちも納得したようにうなずいていた。


「以前は八王子、東京の端っこの方に住んでいて、この春から父の仕事の都合でこちらに引っ越して来ましたので、知り合いが一人もいません。なので皆さん、よろしくお願いします」


 更に無難に続けて、最後にお辞儀をして、おれの時とは明らかに段違いの拍手を浴びつつ着席する結莉おれ

 おまえら、いくら結莉おれが美少女だからって、あからさま過ぎだろ……。

 て言うか、下手に目立って女子から反感買う流れだけは勘弁して欲しいんだけどな。

 まぁ、そもそもこの高校って地元では一番の進学校で、前回も特にいじめとかは無かったし、大丈夫かな。大丈夫だといいな……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「以上で本日のオリエンテーションは終わりです。部活に入りたい人は、この後、見学をしていくといいでしょう。それでは、良い高校生活を」


 一通りの説明が終わった担任は、そう言って退室して行った。

 堅苦しい空間から解放されたクラスメイトたちは、各々知人や周りの席の者と話し始めて、ざわつき始める。

 時刻は11時前。

 確かに、このまま帰るにしては少し早い時間だ。


 結莉おれはと言うと、席に着いたまま、一人考え込んでいた。


 ……やはり、部活をどこにするかは高校生活に於いて大事なポイントだよな。

 中学の時は演劇部だったって設定だったけど、あくまでも設定であって高校でもやる気は全く無い。

 かと言って、このデカい乳で運動系は無理だよなぁ。

 と言うか、入学式を終えてみんなで教室に移動してる時に気づいたんだけど、結莉おれって背もなんか気持ち低かったよな?

 こりゃきっと運動神経は下から数えた方が早いに違いない……。


 ちなみに、この高校に於いて部活は強制ではない。

 現に、前回の俺は──


「辻蔵くんは、またゲームの部とかに入るの?」


 結莉おれは隣りの席のおれに話しかけた。


「えっ、あっ、ど、どうするか、か、考え中でっ」


 おれ結莉おれから話しかけられるなんて完全に想定外だったのだろう。キョドりながら、そう答えた。

 うぅっ、共感性羞恥がー。

 いや、いきなりこんな美少女な結莉おれが話しかけて悪かった。すまんおれ


 それに、当然、聞くまでもなく知ってるんだよな。

 中学の時のオタ友たちとは高校で別れ別れになっちゃったから、結局、部活には入らなかったって。

 今思えば、それが高校ボッチ生活の始まりだったな……。

 いや、無視とかいじめられてたとかではないんだけど、クラスにもイマイチ馴染めなかったと言うか、『親友』ができなかったんだよな……。

 だったら──


「私ね、こっちに全然知り合いがいないから、高校で新しい友達ができるの楽しみなんだ。辻蔵くんも頑張ってね」


「あっ、う、うん……」


 だから、干渉と言うか、ほんの少しだけ背中を押すくらいは許してくれ。

 俺は俺で結莉おれとして人生をやり直すけど、今回のおれにも、前回よりは多少でもマシな高校生活を送って欲しいという、まぁ、親心みたいなもんだ。


「桜庭さんっ」


 そこで、結莉と航との会話が終わるのを見計らってたように、女子が元気に話しかけてきた。


「はい?」


 話しかけた来た女子と、その後ろにもう一人女子。

 えーと、この二人は確か……。


立石たていしさん、と、綿内わたうちさんだよね?」


「おー、もう名前憶えてくれたんだ。うれしー」


 立石たていし美香みか綿内わたうち綾乃あやのだったかな?

 この二人と前回は全く交流は無かったけど、問題児ではなかったと記憶してるから、関わっても大丈夫だろう。


「さっきから、なんか難しそうな顔してたけど、考えごと?」


 美香が言った。


「あ、うん、部活どうしようかなって」


 次いで綾乃が聞く。


「中学では演劇部って言ってたよね? 高校では続けないの?」


 元気系の美香に対して綾乃は落ち着いた言動だ。


「うん、そうなんだけど、高校では違うことをしたいかなって」


 本音としては微塵も演劇部に入りたくなんてないんだけど、苦笑気味に答えた。


「うんうん、やっぱ高校生になったら、新しいこと始めてみたいもんね!」


 なんか思ってたよりもグイグイくるな。

 とりあえず女子からの反感は、今のところは買ってそうにはなくて一安心だ。


「だったらこれから私たちと一緒に見て回らない?」


 美香が続けてそう言ったので、ここは乗っかるしかないでしょ。

 女子の付き合いは大事だからな。


「うん、どうしようか迷ってたんだ。誘ってくれて、ありがと」


「じゃあ行こー!」


 早速、結莉おれは鞄を手に取って立ち上がり──


「じゃあ、また明日」


「あ、う、うん……」


 おれに軽く手を振って、美香と綾乃と一緒に教室を後にしたのだった。

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