第1話-2

 一階のダイニングに下りると食卓には母親だけでなく父親もいた。


 幸いにも今日は入学式と言うことで話題もそればかりだったので、当たり障り無く話せたと思う。


 父親は今日はどうしても休めない仕事があるそうで母親だけが入学式に付き添うそうだが、そもそも高校の入学式って両親で来る人は少ないでしょ、と軽くつっこんでみると、二人とも苦笑していた。

 両親共にお人好しな感じで、むしろこっちが騙してるようで心苦しくなる。


 そんな感じになんとか無難に朝食と洗顔を終えて自室に戻った来た俺。

 これから仕度して入学式に行かなければならないので、それほど時間の余裕は無い。


 俺は全身鏡スタンドミラーの前に立ち、意を決してパジャマを脱いだ。


 パジャマの下はタンクトップとショートパンツ。

 これは間違い無く寝る時用の下着なので、これも着替えなければならない。


 俺は大きく深呼吸をした後、改めて全身鏡スタンドミラーに映った姿を、まじまじと見入る。


 髪型は、いわゆるボブカットか? それにしては気持ち長い。

 鎖骨にかかるくらいまでの長さがあるので、どっちかと言うと、短めの姫カットって感じか。

 とにかく、いい感じにまとまってる黒髪ストレートだ。


 そして、そんな髪に包まれているのが、やや彫りの深い大人びた美人顔。

 ハーフとまではいかないけどクォーターって言ったら信じる人がいそうな感じだ。


 全体的には『お清楚』と言うよりは、気持ちセクシー寄りという感じで、女優よりはグラビアアイドルの方が似合いそうな感じか。


 そう、正にグラビアアイドルっぽいのが、顔から下。

 目覚めた時からずっと感じ続けていた違和感の正体。

 たっぷりとした肉塊、いや肉じゃないな、脂肪か。

 要は、タンクトップに包まれた、デカい乳だった。


「高校生なりたてにしては乳デカくないか? 発育良すぎだろ。サイズいくつだよ?」


 自分の乳を見下ろしながら呆れるように言ってしまった俺。


 さっき一階に下りて行く際にも階段でぷるんぷるんと揺れ、いや、暴れて、思わず手で押さえてしまったほどだ。


「……」


 暫し考えた末、自分の乳を下から持ち上げるように上下にゆさゆさと揺する。


「うおっ! すっげっ! でっかっ! 重っ!」


 敢えてわざとらしく口に出してはみたが、去来したのはむなしさだけだった。


「……女子高生の乳に興奮してるとか、さすがにキモいわ、俺……」


 そう、俺の中味は33歳のおっさんなのだ。

 その観点で言うと、これはもう犯罪だろ。


 俺は自分でやっといたくせに、やれやれと言う感じに乳から手を離した。


 とは言え、これで問題が解決したわけではない。

 この下着を着替えなくてはならないのだから。


「彼女と付き合ってた時にブラを着けてるところは何度も見たけど、自分が着ける想定で見てたわけじゃないので、いきなり着けられる気がしない……」


 ちなみに余談だが、その彼女とは、もう別れてから3年くらいになる。


「着け方の動画を探せば、あるとは思うけど……」


 なんだろう、どうしても面倒臭さの方が上回ってしまう。


「……今日のところは時間も無いし、このまま制服を着て行こう。ブレザー着っぱなしだろうしバレないだろ」


 そう言う問題ではないことに後で気づくことになるのだが、正に後の祭りである。


「でも下は穿き替えとくか」


 おもむろにショートパンツを脱いで、クローゼットをあさる俺。


「えーと……パンツはどこだ?」


 探しつつ気づいたけど、俺のこの状態の絵面、ヤバいな。

 プリケツ晒しながらパンツ探しとか、どこの変態だよ。

 まずパンツを探してからショートパンツを脱げよ。

 しかし今さら穿き直すのも面倒だし、探索を続ける俺。


「あった!」


 パンツがしまわれてた引き出しを開け、おもむろに一枚取り出す。


「ま、無難に白でいいだろ」


 手早くそれを穿いて変態状態からおさらばして、ハンガーに掛けられていた制服に向き合う。


見ても可愛い制服だよな」


 ブレザータイプの制服は当時新しいデザインになったばかりで、話題になっていた。

 ちなみに『今』とは俺が33歳のおっさんとして生きていた基準での話だ。


「しかし、まさかこれを俺が着るはめになるとは……」


 ホントなんで神様は俺を男にしてくれなかったのか。

 俺自身に戻れないとしても、普通に男子高生として人生やり直したかったよ……。


「って、入学式なんだから、眺めてないで、さっさと着替えないと」


 俺はまずYシャツへと手を伸ばした。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「よし! 完成っ!」


 Yシャツのボタンが左右逆でいきなり手間取ったけど、なんとか着替え終わり、改めて全身鏡スタンドミラーで自分の姿を確認する。


「いやぁ、美少女過ぎでしょ。中味は俺なのに」


 何かのお約束っぽく、くるりと回転ターンすると、スカートの裾がわずかにふわっと広がった。

 最後に可愛いポーズでキメれば完璧だったけど、おっさんにそこまで求めないで欲しい。と言うか恥ずかしいし。


「そうだ。それより!」


 俺は天井に向かって声をかけてみた。


「このキャラの設定を教えてください。このままじゃ自己紹介とかできないです」


 朝食時の両親との会話はなんとかなったけど、あれは運が良かっただけであって、これ以上誤魔化すのは難しい。


 するとすぐにスマホがポンっと鳴って、また神様からのメッセージが表示された。


『基本情報 桜庭さくらば結莉ゆいり 2009年9月9日生まれ 乙女座 血液型A』


「ちょ、ちょっと待った。これスクショとか取れない?」


『見た瞬間に脳に刷り込まれているから安心しろ』


「あ、確かに憶えてる」


 だったら直接脳内に入れてくれてもいいのでは? もしかして演出的な問題?


『3月まで東京に住んでいて公立中学を卒業。親の仕事の都合でこっちに来た』


 なるほど。確かに、東京の大学に入学してそのまま就職して住んでたから、その設定は都合が良い。

 ちなみに今現在のと言うか、高校時代に俺が過ごしたのは長野県だ。


『以上だ』


「いや、少なっ!!」


 さすがに情報が少なすぎて、思わず抗議の声を上げてしまった。


『それ以上の細かい情報は、ある程度おまえが考えた通りになるので、自分で設定してくれ』


「丸投げですか……」


『どうしても聞きたいことがあれば答えるが』


「身長体重3サイズ!」


『くだらないことを聞くな。終わりだ』


 神様からのメッセージは、本当にそこで途切れてしまった。

 まぁ、確かに、測れば済むことではあるけどさぁ……。

 逆に言うと血液型とか自分で調べるのは大変だもんな。


「だからってさぁ……」


 いや、まぁ、すぐこうして答えてくれたんだし、きっと困ったらまた助けてくれるだろと楽観的に考えていたその時、階下から母親の声がした。


「結莉ー、仕度は終わったのー? そろそろタクシー来るわよー」


「あっ、うん、今行くー」


 俺は部屋を出て階段を下りて行った。

 制服のブレザーの下で揺れる乳に、早くもノーブラなことを後悔しながら……。

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