人生やり直しついでに『おれ』も育成します

ボバンボ

第1話-1

 不可解な事態に直面した時こそ落ち着いて、冷静に状況を整理しよう。


 俺の名前は、辻蔵つじくらわたる。33歳。現在恋人は無し。IT企業勤務のエンジニア。


 デスクワークの5割以上がテレワークに移行してるに、未だにオフィス出勤させる前時代的かつブラックな会社で「労基にはナイショだよ♪」な連勤の末、やっと半月ぶりに家に帰って……。


 ……玄関を開けたところで俺の記憶は途切れていた。

 これって……まさか……。


「もしかして、俺は、あのまま死んだってことかっ!?」


 鈴の音のような可愛らしい声が、そう叫んだ。


「じゃあ、この体は何っ!?」


 続いてそう叫んだ瞬間、俺の脳内にの記憶が甦った。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 マンションの自室に一歩入った瞬間、糸がぷつんと切れたように正面から勢いよく倒れた俺。

 痛いとか以前に意識が朦朧としていく中、腕時計スマートウォッチが「119番にかけていいですか?」と聞いてきたのに答えることすらできず、そのまま意識は途切れ──


 そして気づいたら、ただひたすらに広く、そして真っ白なほどに明るい空間にいた。

 俺が直感で「ここがあの世ってやつか?」と認識していると、穏やかな声が響いてきた。


『おまえは死んだ』


「いきなり事実を事務的に告げられた!」


 思わず苦笑する俺。


『救急隊が駆けつけて来た時には既に心停止から21分が経過しており、蘇生処置も間に合わず、死んだ』


 俺の不満を感じ取ったのか、神様と思われる声は相変わらず事務的にだが、少しだけ付け足してくれた。

 つまり俺は急性心不全で亡くなったのか。

 やっぱりエナドリの飲み過ぎはよくなかったのかな……。


『おまえには二つの選択肢がある』


 ん? これってもしかして、俺がに流行った『異世界転生モノ』のお約束の流れか?


『このまま魂を昇華させて宇宙と一つになるか』


 あー、それって何ちゃら補完計画的に、俺が俺でなくなるかわりに、あらゆる苦痛から解放されるってやつ?

 それはナシだなぁ。

 と言うか、となるともう一つはやっぱり『異世界に転生』か?

 うーん……、それはそれでイマイチ気が乗らないな……。


『過去に戻って人生をやり直すか、だ』


「過去に戻って人生やり直し一択で!」


 食い気味に即答する俺。

 いや、誰だってそうするだろ?

 誰だっては言い過ぎとしても、特に俺みたいなおっさんは人生やり直したいと思うものなんだよ。


『では、いつからやり直したい?』


 おっと、確かにそれは重要だな。

 さすがに赤ん坊からとか絶対勘弁して欲しいし、小学生からも面倒臭さが勝ってしまう。

 となると、中学か高校……高校は地元では一番良いとこに入れたから、高校からでいいか。

 受験なんて何度もしたくないし。


「じゃあ、高校からで」


『わかった。では、良い人生を』


 相変わらず事務的にそう言われた途端、俺はまばゆい光に包まれて……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「てことは、まさかっ!?」


 我に返った俺は、枕の横に置かれていたスマホを素早く手に取る。

 その画面に表示されていた日付は、2025年4月1日。

 それは、俺が高校に入学した年。

 つまり33歳だった俺は17年前に戻ったのだ。


「待て、待て、待てっ!」


 あの不思議空間で神様(推定)と交わした会話が現実になったということは理解した。

 理解はしたけど……。


「だからって、なんで全く赤の他人の美少女になってるんだよっ!?」


 俺は、壁際に置かれた全身鏡スタンドミラーをベッドの上から見ていた。

 そこには可愛らしい少女の姿が映っていたのだ。


 そんな俺の叫びに呼応したかのように、ポンッとスマホに通知音が鳴り、画面上に直接メッセージが表示された。


『過去に戻ってやり直しをする場合、それまで生きてきた過去の自分に未来の自分が上書きされてしまう』


「これってまさか、神様からのメッセージか?」


 おそるおそる画面タップするとメッセージが進む。


『それは『自分殺し』になるので、禁則事項』


 ……まぁ、確かにそうなるな。


『それを回避するために、過去に全くの別人を新規で作成して、おまえの魂を入れた』


「な、なるほど……」


 いや、でも、しかし……。


「……その理屈はわからないでもないけど、なんでよりによって女に?」


 どうせ別人になるとしても、だったら過去の俺の双子の兄弟とかでよくない?

 それがダメでも男にするのが普通であって、少なくとも女にする理由なんて無いだろ?


『説明は以上』


 俺の疑問を完全に無視してメッセージは事務的に消えていった。


「肝心なことは、はぐらかしやがった!!」


 やり場の無い感情に打ちのめされてうなだれていたその時、コンコンッと部屋がノックされた。


「!?」


 思わず硬直した俺に、扉の向こうの誰かが言った。


結莉ゆいり、起きてるの? 朝ご飯できてるから早く食べなさい」


「あっ、う、うん、すぐ行く」


 おそらく母親と思われる声の主は、俺の返事を聞いて階下へと降りて行った。


 俺は、なんとかやり過ごせた安堵のため息をつき、そして考える。


 神様は「全くの別人を新規で作成した」と言った。

 となると、さっきの母親らしき人は?


 考えられるのは、俺を含めた両親も新規作成したか、もしくは、既存の家族に俺を新規挿入したかだ。

 後者は、超常的不思議存在、宇宙人とか魔法少女とかがに来る時に取るパターンだな。

 俺もそのパターンなのか?


 どっちにしろ、どっちなのか検証してる余裕は無いし、今すぐ検証する重要性も低い。

 今の俺が最優先ですべきことは、この美少女になりきることだろう。


「たしか『ゆいり』って呼んでたよな。どこかに名前は…………あった!」


 スマホを顔認証でロック解除して、そのプロフィール設定を見ると「Yuiri Sakuraba」と書いてあった。

 『さくらば・ゆいり』か。漢字は後で調べよう。

 とにかく今は早く朝飯を食べに行かないと親に怪しまれる。


 俺はパジャマ姿のまま部屋を後にして足早に階段を下りて行った。

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