第4話-3
椿姫は『話』とやらをまだ切り出さない。
バスに乗ってから話すつもりなのか?
そんなことを思っていると、見知らぬ女子が話しかけてきた。
「椿姫」
「あれ? ノリちゃん? 久しぶりー」
「昨日も会ったでしょ」
ノリちゃんと呼ばれた女子は椿姫から
「F組の
典子は、なんだかすっごく『堅物委員長』ってタイプの見た目と言動だ。
眼鏡をかけてたら完璧だったな。
ちなみにF組は学年の最後の組で、
「あ、私は──」
「マイフェイバリットラバーの
いきなり口を挟んできてその紹介はなんなんだよ……。
しかし典子は気にした風も無くと言うか完全にスルーだったので、
「B組の
典子は「そうですか」と言う感じに、
「椿姫、聞いたんだけど」
「あっ! ストップ! これからその話、結莉ちゃんとするつもりだったから、ネタバレ禁止!」
「そう……じゃあ、また後でいいわ」
そう言って典子はそのままスタスタと立ち去ってしまった。
どうやらバスに乗るつもりでは無かったらしい。
「ノリちゃんの家、この近所だから」
いや、典子が歩いて帰って行ったことを気にしたわけじゃないんだけど。
「て言うか、今の子、『姫ちゃん』のことを『椿姫』って呼んでたよ? じゃあ私もそれでよくない?」
「ダメでーす。一度呼んだら
「悪質業者だな!」
「ノリちゃんも小学校までは『姫ちゃん』って呼んでくれてたんだよ」
「つまり、あの子とは幼馴染ってこと?」
「そう。前は私もこの近くに住んでたんだけど引っ越しちゃったから中学は別々だったんだ。でも親同士は今も仲良いから」
「そっか」
それでさっき言いかけてたのは親経由で何かを聞いたってことだな。
「あっ、もしかして嫉妬しちゃった?」
「
「結莉ちゃん相変わらず塩対応ぅ~」
そこで路線バスが来たので、
◇ ◇ ◇ ◇
「で、まずは結莉ちゃんの秘密データの件なんだけど」
並びの二人席に座ってすぐ椿姫が切り出してきた。
「あ、その話、忘れてなかったんだ」
「忘れるわけないじゃん。さぁ、教えてよ。結莉ちゃんの身長体重3サイズを!」
「学校検診で3サイズなんて測らなかったでしょ……」
「え? でも自分の3サイズは知ってるよね?」
「だからってどさくさで聞こうとするな!」
デカ
「ま、とりあえず今日のところは結莉ちゃんの秘密データはいいや」
「未来永劫ナシにしてほしいところだけど」
すると椿姫は近くにはウチの生徒が座っていないことを確認してから、小声で耳打ちした。
「実は私、転校するかも知れないんだ」
その言葉を聞いた途端、
おそらくそれは例の芸能事務所絡みの話だろうな。
例えばデビューとかが近づいてきて週末のレッスンだけでは難しい状況になりつつあって、もう上京するしかないといったところだろうか。
それにしたって入学早々とは……。
「……そっか。大変だね」
「え? それだけ?」
「言いたいなら聞くけど、なんとなく察しはつくし」
「私と別れちゃって
「まだほんの一週間程度の付き合いだし」
「結莉ちゃんの人でなしぃ~」
「なんか理不尽な罵倒を受けてる気がする」
それはともかく、俺の勝手な思い込みで勘違いするのもやっぱり不味いので、ちゃんと聞いておくべきか。
「とりあえず経緯を」
「なんか事務的ぃー。まぁ、いいけどさ」
と言って椿姫は経緯を話し始めた。
椿姫を含めてアイドルユニットでデビューさせようと言う計画が事務所で持ち上がった。
となると週末だけの椿姫はレッスン量が全然足りない。
なので上京するしかない、と。
やっぱり予想通りだった。
……ん? でも、なんかちょっと引っかかるな。
そもそも前回の椿姫ってこんなに早くにウチの高校からいなくなったか?
あ! そうだよ!
文化祭のミスコンで一年なのに優勝したから憶えてたんだ!
てことは前回は少なくとも文化祭まではいたってことだよな? どう言うことだ?
バタフライエフェクトにしたって、いきなり変わりすぎだろ。
「結莉ちゃん?」
話を聞いて黙り込んだ
「ちょっと待って。今、考えをまとめてるところ」
「う、うん……」
おそらく、ここで
そんな気はする。
するけど、もし上京してしまった場合、若干後味が悪い。
とは言え、その方が椿姫の人生がより良い方向に行くのなら止めるべきでもない。
そう、より良い方向に行くのなら。
だから念のため確認してみよう。
「そもそも姫ちゃんって、アイドルを目指してたの?」
「え? ううん、違うけど」
「やっぱりそうなんだ。そこがちょっと引っかかったんだよ」
そう言えば
「あ、そっか。言ってなかったもんね」
椿姫は苦笑して一呼吸置いてから続けた。
「実は私、声優になりたいんだ」
「は?」
女優とか歌手とかの答えを予想してたのに完全に想定外の方向から殴られたぞ?
椿姫って、そんなにオタクだったのか?
いや、声優
「一応今の事務所は声優さんも何人かいるし」
「……そうだったんだ」
「それで歌やダンスのレッスンもしてたら、アイドルやってみないか? って急に言われて」
「なるほど」
まぁ、椿姫は見た目も可愛いし、その流れは理解できる。
そして、そう言うことなら話は難しくはない。
「確認なんだけど、声優を目指すのなら今のところは週末のレッスンだけで問題無いんだよね?」
「うん」
「だったら後は、姫ちゃんがどうしたいかだけじゃない? 当初の目標を変更してアイドルに挑戦したいなら上京するし、声優を目指すなら今のままでいいし」
「そうだよね」
「ちなみにアイドルから声優になって成功した人も何人かはいるけど、逆に言うと何人かしかいないよ?」
「そ、そうだよね……」
もっとも、声優だけを目指したとしても成功する人なんて一握りだから、どっちにしろ同じようなものかも知れないけど。
「あと、ついでに言っとくけど、せっかく姫ちゃんと知り合いになったのに、ここで別れちゃうのは、やっぱりちょっとだけ寂しいかな」
これは本音だ。
確かに振り回されるのは若干大変ではあるけど、そう言う知り合いって割と大事だったんだなって大人なってから気づいた。
「え? 『知り合い』? 私たちもう『親友』でしょ?」
「えーと、じゃあ『友達』で」
そう答えてから、しまったこれ交渉術の『ドアインザフェイス』なのでは? と気づいたけど、まぁ、いいか。
「やったー♪ 結莉ちゃんと友達になったぞー♪」
そう言って腕にしがみついた椿姫は、そのままゆっくりともたれかかって来て頭を
「……ありがとう、結莉ちゃん」
「姫ちゃんがどうしたいかが一番だから、それだけは忘れないで」
「うん……」
駅に着くまで
【第4話 終わり】
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