第4話-3

 結莉おれ椿姫つばきと二人で校門を出てすぐのバス停で待つ。

 椿姫は『話』とやらをまだ切り出さない。

 バスに乗ってから話すつもりなのか?

 そんなことを思っていると、見知らぬ女子が話しかけてきた。


「椿姫」


「あれ? ノリちゃん? 久しぶりー」


「昨日も会ったでしょ」


 ノリちゃんと呼ばれた女子は椿姫から結莉おれに向き直って言った。


「F組の高坂こうさか典子のりこです」


 典子は、なんだかすっごく『堅物委員長』ってタイプの見た目と言動だ。

 眼鏡をかけてたら完璧だったな。

 おれの記憶には無い女子だけど、それはクラスが離れているF組と聞いて合点がいった。

 ちなみにF組は学年の最後の組で、結莉おれたちの一学年は6クラスだ。


「あ、私は──」


「マイフェイバリットラバーの結莉ゆいりちゃんだよ♪」


 いきなり口を挟んできてその紹介はなんなんだよ……。

 しかし典子は気にした風も無くと言うか完全にスルーだったので、結莉おれは自己紹介を返す。


「B組の桜庭さくらば結莉ゆいりです」


 典子は「そうですか」と言う感じに、結莉おれにはさして興味無さそうに頷いてから、椿姫に向かって言った。


「椿姫、聞いたんだけど」


「あっ! ストップ! これからその話、結莉ちゃんとするつもりだったから、ネタバレ禁止!」


「そう……じゃあ、また後でいいわ」


 そう言って典子はそのままスタスタと立ち去ってしまった。

 どうやらバスに乗るつもりでは無かったらしい。


「ノリちゃんの家、この近所だから」


 いや、典子が歩いて帰って行ったことを気にしたわけじゃないんだけど。


「て言うか、今の子、『姫ちゃん』のことを『椿姫』って呼んでたよ? じゃあ私もそれでよくない?」


「ダメでーす。一度呼んだら契約解除クーリングオフはできませーん」


「悪質業者だな!」


「ノリちゃんも小学校までは『姫ちゃん』って呼んでくれてたんだよ」


「つまり、あの子とは幼馴染ってこと?」


「そう。前は私もこの近くに住んでたんだけど引っ越しちゃったから中学は別々だったんだ。でも親同士は今も仲良いから」


「そっか」


 それでさっき言いかけてたのは親経由で何かを聞いたってことだな。


「あっ、もしかして嫉妬しちゃった?」


微塵みじんもしてないけど」


「結莉ちゃん相変わらず塩対応ぅ~」


 そこで路線バスが来たので、結莉おれたちは他の生徒たちと一緒に乗り込んだ。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「で、まずは結莉ちゃんの秘密データの件なんだけど」


 並びの二人席に座ってすぐ椿姫が切り出してきた。


「あ、その話、忘れてなかったんだ」


「忘れるわけないじゃん。さぁ、教えてよ。結莉ちゃんの身長体重3サイズを!」


「学校検診で3サイズなんて測らなかったでしょ……」


「え? でも自分の3サイズは知ってるよね?」


「だからってどさくさで聞こうとするな!」


 デカパイなのはもうバレバレだけど、その上、デカケツなことまではバレたくないし。


「ま、とりあえず今日のところは結莉ちゃんの秘密データはいいや」


「未来永劫ナシにしてほしいところだけど」


 すると椿姫は近くにはウチの生徒が座っていないことを確認してから、小声で耳打ちした。


「実は私、転校するかも知れないんだ」


 その言葉を聞いた途端、結莉おれの脳内で検証が開始される。


 おそらくそれは例の芸能事務所絡みの話だろうな。

 例えばデビューとかが近づいてきて週末のレッスンだけでは難しい状況になりつつあって、もう上京するしかないといったところだろうか。

 それにしたって入学早々とは……。


「……そっか。大変だね」


「え? それだけ?」


「言いたいなら聞くけど、なんとなく察しはつくし」


「私と別れちゃってさびしいとか無いの?」


「まだほんの一週間程度の付き合いだし」


「結莉ちゃんの人でなしぃ~」


「なんか理不尽な罵倒を受けてる気がする」


 それはともかく、俺の勝手な思い込みで勘違いするのもやっぱり不味いので、ちゃんと聞いておくべきか。


「とりあえず経緯を」


「なんか事務的ぃー。まぁ、いいけどさ」


 と言って椿姫は経緯を話し始めた。


 椿姫を含めてアイドルユニットでデビューさせようと言う計画が事務所で持ち上がった。

 となると週末だけの椿姫はレッスン量が全然足りない。

 なので上京するしかない、と。

 やっぱり予想通りだった。


 ……ん? でも、なんかちょっと引っかかるな。

 そもそも椿姫ってこんなに早くにウチの高校からいなくなったか?

 おれが存在を認識してたくらいだから、そんなことないはずなんだけど……。


 あ! そうだよ!

 文化祭のミスコンで一年なのに優勝したから憶えてたんだ!

 てことは前回は少なくとも文化祭まではいたってことだよな? どう言うことだ?

 結莉おれが新規追加されたってだけで椿姫の人生がそんなに変わるものか?

 バタフライエフェクトにしたって、いきなり変わりすぎだろ。


「結莉ちゃん?」


 話を聞いて黙り込んだ結莉おれに椿姫が心配そうに声をかけてきた。


「ちょっと待って。今、考えをまとめてるところ」


「う、うん……」


 おそらく、ここで結莉おれが引き留めなくても結果的に椿姫は上京をやめるのではないか?

 そんな気はする。

 するけど、もし上京してしまった場合、若干後味が悪い。

 とは言え、その方が椿姫の人生がより良い方向に行くのなら止めるべきでもない。

 そう、

 だから念のため確認してみよう。


「そもそも姫ちゃんって、アイドルを目指してたの?」


「え? ううん、違うけど」


「やっぱりそうなんだ。そこがちょっと引っかかったんだよ」


 そう言えば結莉こっちの身長体重と交換でそのことを聞き出すつもりだったし。


「あ、そっか。言ってなかったもんね」


 椿姫は苦笑して一呼吸置いてから続けた。


「実は私、声優になりたいんだ」


「は?」


 女優とか歌手とかの答えを予想してたのに完全に想定外の方向から殴られたぞ?

 椿姫って、そんなにオタクだったのか?

 いや、声優イコールオタクって決めつけもどうかと思うけどさ。


「一応今の事務所は声優さんも何人かいるし」


「……そうだったんだ」


「それで歌やダンスのレッスンもしてたら、アイドルやってみないか? って急に言われて」


「なるほど」


 まぁ、椿姫は見た目も可愛いし、その流れは理解できる。

 そして、そう言うことなら話は難しくはない。


「確認なんだけど、声優を目指すのなら今のところは週末のレッスンだけで問題無いんだよね?」


「うん」


「だったら後は、姫ちゃんがどうしたいかだけじゃない? 当初の目標を変更してアイドルに挑戦したいなら上京するし、声優を目指すなら今のままでいいし」


「そうだよね」


「ちなみにアイドルから声優になって成功した人も何人かはいるけど、逆に言うと何人かしかいないよ?」


「そ、そうだよね……」


 もっとも、声優だけを目指したとしても成功する人なんて一握りだから、どっちにしろ同じようなものかも知れないけど。


「あと、ついでに言っとくけど、せっかく姫ちゃんと知り合いになったのに、ここで別れちゃうのは、やっぱりちょっとだけ寂しいかな」


 これは本音だ。

 確かに振り回されるのは若干大変ではあるけど、そう言う知り合いって割と大事だったんだなって大人なってから気づいた。


「え? 『知り合い』? 私たちもう『親友』でしょ?」


「えーと、じゃあ『友達』で」


 そう答えてから、しまったこれ交渉術の『ドアインザフェイス』なのでは? と気づいたけど、まぁ、いいか。


「やったー♪ 結莉ちゃんと友達になったぞー♪」


 そう言って腕にしがみついた椿姫は、そのままゆっくりともたれかかって来て頭を結莉おれの頭にそっと押し当て、そしてささやくように小さく言った。


「……ありがとう、結莉ちゃん」


「姫ちゃんがどうしたいかが一番だから、それだけは忘れないで」


「うん……」


 駅に着くまで結莉おれたちは無言のまま、ずっとそうしていた。


【第4話 終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る