第8話-1

 GWゴールデンウィークが間近に迫り急に暑くなり始めたので、さすがに結莉おれもブレザーを脱がざるを得なくなってしまったのだが、カーディガン装着で精一杯の抵抗はしてみた。

 その程度でデカパイを隠すのは無理でしょって自覚はあるが、悪あがきはさせてくれ……。

 カーディガンの方がブレザーよりも更に『乳カーテン』感が出てしまうのはもう仕方ないと諦める。

 ちなみにベストも家で試しに着てみたんだけど、それはもうカーテンどころか『乳テント』だったので「まだ早い」と判断して見送った。

 最早これは最終的には半袖Yシャツにまでならなければならない俺の感情を慣らす為の試練とも言える……。

 あと、このカーディガン、胸回りのサイズに合わせたので腕の丈が長くて、油断すると手が袖の中に入ってしまう。

 この袖余り、確か『萌え袖』って言うんだっけ?

 また変な属性が追加されそうなのが嫌で気づいたらまくってるけど、意外と面倒臭い。


 さて、それはさて置き、おれ育成もそろそろ次のフェイズに移る頃ではないだろうか。

 小津おづと言うクラス内オタ友男子を見繕みつくろったとは言え、これではまだ足りない。

 何が足りないかと言うと──


辻蔵つじくらくんって結莉わたし以外の女子と全然話してないよね?」


 隣りの席のわたるにいきなり振る結莉おれ


「えっ!? あっ、えーと、そ、そんなことは……」


椿姫つばき瀬戸せと先輩も除いて」


「そ、そうかもだけど……」


 おっとダメダメ。ションボリすれば許されると思うなよ。


「なぁ、辻蔵。ん? 取り込み中?」


 と、そこで突然小津が割り込んで来た。

 しかしこれはむしろ渡りに船ナイスタイミングだ。


「小津くん、お願いがあるんだけど」


「ん? 何?」


「たまには辻蔵くんも一緒に遊びに連れてってよ。女子も来るやつに」


「え? まぁ、俺はいいけど、桜庭はそれでいいの?」


 うわ、これは「結莉おまえは航のこと好きなんじゃないのか?」と言う含みだ。


「そういう誤解、マジやめて」


「そ、そっか……」


 結莉おれ真剣マジ顔にちょっと引く小津。

 だがここはしっかりと釘を刺しておかないとな。

 これで二度とそんなことは言わないだろう。


「ならわかった。じゃあ辻蔵、今日遊びに行こうぜ」


「い、いきなりっ!?」


「いや、たまたま今日約束があったからさ。じゃ、放課後な」


 そう言って小津は航の肩を軽く叩いて去ろうとした。


「お、小津くん、僕に何か用事があったんじゃないの?」


 確かに。それで話しかけて来たんだもんな。


「え? あぁ……それは後でいいや」


 そして今度こそ本当に小津はその場を後にした。


「なんだったんだろうね」


「そ、それより桜庭さん、ど、どう言うつもりで……」


 しかし理由など説明する気は無い結莉おれはビシッと返す。


「無理はしなくていいけど周り、特に女子には気は遣って。生きてく上で必要なスキルを磨こうよ」


「えっ、あっ、は、はい……」


「その上で楽しんできてね」


「うん……」


「一応確認しとくけど、私、ウザい?」


「……ううん、多分、僕のために言ってくれてるんでしょ?」


「ならよかった♪」


 結莉おれは精一杯の笑顔で、そう返したのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



「ねーねー結莉ゆいりー」


 放課後になるや、クラスメイトの真鍋まなべ希美のぞみが話しかけて来た。

 希美は、まぁ、『普通組』な感じの普通の女子だけど、人懐っこいので愛されマスコット系。

 結莉おれより身長が4センチ低いので個人的に好印象だ。


「ん? 何?」


「今日これからヒマ? ヒマなら美香のバイトしてるお店に行かない? サプライズで」


 こっちが都合を答える前に用件を話してくれるスタイルは助かる。


「それはいいね」


「じゃ、決まりね♪」


 とは言え美香ってまだ教室に──


「いや、私に聞こえる所で悪巧みすんなって」


「わぁっ!?」


 驚く希美の真後ろにいた。


「美香、これからバイトなんでしょ? だったら一緒に行こうよ」


「はぁ……同伴されても私のバイト代は上がらないんだけど、こそこそついて来られるよりはいっか」


 結莉おれの提案に美香が乗り、結局、結莉おれ、希美、と更に加えて希美の保護者ポジな辻井つじい優花ゆか、たまたまヒマだった鈴見すずみ理沙りさの計4人で連れ立って、美香と一緒にバイト先へと向かったのだった。


 余談だが、帰りのバスで小津や航たちと一緒になってしまい、危うく小津たちまでこっちについて来そうになったけど、美香に「恥ずかしいから来んな!」と猫のように威嚇されて本来の目的地へと退散して行った。



 ◇   ◇   ◇   ◇



結莉ゆいりって辻蔵つじくらと付き合ってんのー?」


 ドリンクバーから戻って早々に希美のぞみがぶち込んできた。


「あ、それ私も気になってた」


「ふふっ、面白そうね」


 マジメ系の優花ゆかとクール系の理沙りさも追随する。


「いや、全然そう言うのじゃないからホントやめて。部活が一緒のオタ友なだけだし」


「でもそれって可能性はあるってことじゃない?」


 理沙りさの鋭いツッコミだ。


「そりゃゼロじゃないけど、無いよ。無い無い」


「じゃあ他に気になる人とかいるの? 小津くんともたまに話してるよね?」


 優花、割と結莉おれのこと見てるんだな。


「でも小津くんはもっと無いかなー」


「へぇ、結莉の中では辻蔵の方が上なんだ。あんまり面食いじゃないんだね」


 おれに失礼だな理沙。わたるは、そりゃイケメンではないけど、ブサイクってわけでもないだろ。


「いやだから、どっちも無いけど敢えて言うならレベルで」


「じゃあ、もしかして、あの噂はやっぱり本当ってこと?」


「……あの噂?」


 優花から意味ありげに振られて、なんとなく予想はつくけど聞かねばなるまい。


「A組の霧山さんと付き合ってるって噂」


「やっぱそれかー。いやそれも無いけどさー、ただ、男子と噂されるよりはまだマシかなー」


「えー、おっぱいおっきいのに勿体無いよ」


「男子のために大きいわけじゃないよ!」


 そう即答して結莉おれは向かいに座っていた希美の頭に軽くチョップを入れる。

 ちなみに席は結莉おれの向かいに希美、その隣りに優花、そして結莉おれの右隣りに理沙だ。


 て言うか、このデカパイを男子に揉まれるところとか想像したくないって。

 ……いや、想像したことが無いと言えば嘘になるけど、そのシチュエーションはイマイチだったんだよな……って、なんの話だよ! 忘れてくれ!


 と、そんなところに店員の制服に着替えた美香が現れた。


「お待たせしました。フライドポテトとピッツァマルゲリータです」


 この店の制服はドイツの民族衣装ディアンドル風の胸を強調したデザインの制服でマニアックな人気がある。

 美香がそれを着ている姿は普通に可愛らしくて似合ってるけど、仮に結莉おれがこれを着ようものならデカパイが目立ちまくってコスプレ感がとんでもないだろうな……。


「やっと出て来やがったな、このかわい子ちゃんがよぉ!」


 と言いつつすかさずスマホで美香を撮る希美。

 席に案内してくれたのは他の店員さんだったし、注文はタブレットだったので、ここまで美香の店員姿を見ていなかったからだ。

 もっとも一緒に店に着いたのだから着替えやらなんやらでホールに出るまで時間がかかったのは当たり前だろう。


「はぁ……本当は配膳ロボットネコチャンで済ませたかったんだけど、あんたら私が来ないと何しだすかわかんないから仕方なく持って来てあげたんだよ」


「うわ、厄介客扱いだよ。ひどーい」


「ヒヤカシにわざわざ来たヤツに言われたくない! っと、バカ言ってないでバイト戻るから、じゃ」


 そう言って美香は他のテーブルへと行ってしまった。

 まぁ、バイト中に客と話し込んでるのはまずいもんなぁ。


「せっかく来たのにつまんないなー」


希美のんちゃん、何を期待してたの……」


 優花にすら呆れられる希美。


「じゃあ代わりになんか面白い話、無いのー?」


「希美は誰か気になってる男子はいないの?」


 さっきの仕返しとばかりに結莉おれはそう聞いた。

 それにやはり女性と言えば恋話コイバナが好きなのはお約束だろ?


「まだ入学して一ヶ月だよ? そんなすぐに見つかんないって。しかもわたし部活入ってないから上級生と交流無いし」


 そこで希美は一呼吸置いて結莉おれをビシッと指差して言った。


「なのでこのメンツで一番男子と縁がありそうなのは結莉ゆいりなのさっ!」


「そう言われても私だって小津くん、辻蔵くんと、あとは部活の三年の先輩一人だけだよ?」


「あぁ、そうか。結莉って引っ越して来たから地元こっち同中おなちゅう男子の知り合いとかいないんだよね」


 お、理沙、それは良いツッコミだ。


「そうそう。だからってべつに前に居た東京とこでも親しい男子とかいなかったし」


 だったら、こう補足すれば完璧だな。


「そのおっぱいでそれは嘘でしょ」


「アンタの頭は男子中学生か!」


 再び希美の頭にチョップを入れる結莉おれ


「でも胸はともかく結莉ちゃんって可愛いからモテてたんじゃないかなって思っちゃうよね」


 まぁ確かに優花の言う通り、この見た目でモテなかったってのも無理があるかも知れないな。

 しかし下手にこのあたりは触れたくないんだよなぁ。所詮は偽りの過去だし。


「そのあたり結莉とクラス美少女ランキング1位を争う理沙はどう思うんよ?」


「さすがに私と理沙じゃ系統が違わない? 理沙は『美人』って感じだし」


 見た目も雰囲気も大人びた理沙に比べたら結莉おれなんて乳がデカいだけの子供だもんなぁ。


「コイツ自分が美少女ってことは認めやがった!」


「お、落ち着いて、希美のんちゃん……」


 て言うか、そんなランキング本当にあるのか?

 あるとしたら多分3位は綾乃、美香は4位か5位ってところかな?

 とりあえず椿姫がウチのクラスだったらぶっちぎりの1位だってのは疑いようが無いけど。


 そこでゆっくりと理沙が口を開いた。


「人の魅力は見た目だけじゃないよ。だから希美も頑張って」


「コイツも上から目線だよーっ! チクショーッ!」


 まぁ、希美これ希美これで可愛いとは思うけど、ただ同級生の男子にモテるかって言うと微妙なところかも知れないな。

 快活系で男子にモテそうなのってどっちかと言うと美香みたいなタイプで、それに比べると希美はまだちょっと子供っぽいって言うか、どっちかと言うと庇護欲を刺激するタイプだもんな。


「お客さま、他のお客さまのご迷惑なので、もう少しお静かに」


 とか思ってたら美香が来た。

 おそらくたまたま近くを通りかかっただけだとは思うけど。


「かわい子ちゃん、なぐさめてよー」


「当店ではそのようなサービスは提供しておりませんので」


 すがりついて来た希美に、にこやかにそう返してあしらう美香。やはり役者が違う。


 結局結莉おれたちはそれから一時間ほど駄弁り続けてから店を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生やり直しついでに『おれ』も育成します ボバンボ @akitakasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ