第3話-3

 遂に、待ちに待ってた土曜日。


 朝食の後、母親の家事が一段落するのを待って、結莉おれたちは父親の運転する車で下着専門店にやって来た。

 両親は近くで別の用事を済ませて来ると言うことで、結莉おれ一人だけのブラ購入チャレンジとなってしまったのは若干心細くはあるが、なぁに、たかが買い物だ。


 それに俺には秘策もある。

 それは、『わからんことは全部店員さんに丸投げ作戦』だ!

 いやそれ作戦って言えるレベルのことか?


 一応言っておくが、俺もノープランではないぞ?

 ブラがキツい原因は俺なりに予想はできている。

 キツい、つまりサイズが合っていない。それは具体的にどう言うことか?

 今現在の結莉おれのブラはG60。この『60』に注目だ。

 この数値は単純に乳本体以外の胸回りの値。

 つまり胸回りがブラを買った時よりも成長したと言うことだろう。

 そもそも60ってのが細いもんな。

 だからおそらく今の適正値はG65くらいに違いない。


 しかし、これはあくまでも女体生活5日目の女体素人な俺の予想なので、主張するつもりは無い。

 基本はやはり専門家である店員さんに丸投げで、余計なことは言わない。

 ただ、俺の心づもりとして、そうだろうな、と言うだけのこと。

 あれ? これって結局ノープランってことなのでは?


 ま、まぁ、それはともかく、結莉おれは店のドアを開けて中へと突入した。


「いらっしゃいませー」


 店員さんの明るい声が結莉おれを迎え入れた。

 その頼り甲斐がありそうな風貌から、おそらく店長さんだと思われる。


「えーと、こちらのお店は初めてなんですけど」


「そうでしたか。ご来店ありがとうございます」


霧山きりやま椿姫つばきさんの紹介で来ました」


「あら、椿姫ちゃんのお友達? なるほど。確かにあなたも可愛らしいものね。同級生?」


 途端にくだけた言葉遣いになる店長さん。

 それは椿姫の常連度が高いことを表しているのだろうか?


「はい、クラスは違いますけど」


「それで、今日は何を探しに?」


「実は……今着けてるブラがキツくて、新しいのをと」


「それならまずは着けている今の状態を向こうで見せてもらえるかしら?」


 結莉おれはそのまま流れるように奥のフィッティングルームへと案内された。

 いわゆる試着室より広めなのは、店員さんも一緒に入るからなのだろう。

 とは言え、とりあえずは結莉おれだけが入って、上着を脱ぐ。

 下は……スカートだけど、このままでいいよな?


「じゃあ失礼するわね」


 入って来た店長さんは、結莉おれのブラをぐいぐいといじり始める。


「なるほど。これじゃ確かにキツいわね」


「やっぱりサイズが合ってないんですか?」


「そうね、それもあるけど……今着けているサイズは?」


「G60です」


「わかったわ。ちょっと待っててね」


 そう言って店長さんは出て行った。

 おそらく試着用のブラを取りに行ったのだろう。


「ますばこれを着けてもらえる?」


 結莉おれは、ぱっと見は今着けているのと変わらない感じのブラを着ける。


 うわぁ……なんかピッタリフィット感~?


「あぁ、かなり楽になりました」


「でしょ? それがG65」


 おっ。やっぱり事前の予想通りだ。

 よし、これでこのG65のブラを買って帰ればミッションコンプリートだな。


「ただ……やっぱり……うーん……」


 ……え?

 不穏な発言をした店長さんは何やら乳回りを凝視して、しまいには乳を下から見上げてる。

 な、何ごと?


「サイズあったかな? ちょっと待っててね」


 これでいい感じにフィットしてますよと結莉おれが言う間も無く店長さんは退室して行き、そして別のブラを持って戻って来た。


「よかった。試着用のサンプルがあったわ。今度はこれを着けてみて」


 何が何やらわからないが言われた通りにするしかない。

 結莉おれは新たに渡されたブラを着けてみる。

 すると──


「あっ。さっきより良いです。なんかこうフィット感と言うか包まれ感が違うと言うか」


 こう、乳がすっぽりと納まってる感がさっきとは全然違う。


「でしょ? やっぱりこっちの方がカップが合ってたわね」


「え?」


 『カップが合ってた』? ……嫌な予感がしてきたぞ?


「それはI60なのよ」


「えっ!?」


 I60って……Iカップ!?

 ちょっと待った! 待った!

 俺の胸回り成長予想はハズレで、実は乳自体の方がデカくなってたってことかっ!?

 Gでも盛り過ぎだと思ったのにIって、神様、いくらなんでもこれもうチート級ですよ?

 どうしてその養分を背に回してくれなかったんですかっ!?


「ただ、アンダー60のとなるとウチでも普段は置いてないサイズだから取り寄せになってしまうわね」


「そうですか……」


「でも来週には入ってると思うから大丈夫よ」


 結莉おれがガッカリしたのを見て慌ててフォローしてくれる店長さん。

 ただ俺としても、それだけで帰るのは申し訳ない。


「じゃあとりあえずはG65を買っておけばいいんですか?」


「ううん、わざわざ合ってないのを買うのは勿体無いでしょ。だから取り寄せが来るまでは延長ホックを使えばいいと思うわ」


「延長ホック?」


「こう言うのよ」


 店長さんに見せてもらって納得がいった。

 その名の通りホックの間に入れて延長するやつか。

 確かにそれを使えば実質G65みたいなものなのかも知れない。


「100円ショップでも売ってるけど、どうする?」


「いえ、こちらで買わせていただきます」


 色々と相談に乗ってもらっておいてそれはさすがに申し訳無いし。


「ありがとうございます。それじゃあ着替えたら取り寄せるブラの色とかをカタログで選んでもらっていいかしら?」


 俺はとりあえず一つ受け取った延長ホックを早速着けて、フィッティングルームを後にした。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 その後は両親と合流して買い物をして帰宅。


 そして時は流れ、至福の時間であるバスタイムを終えた結莉おれは、自室で全身鏡スタンドミラーと対峙していた。


 今までこのデカパイのことばかり気にしていて忘れていたが、そう言えば3サイズを把握していなかったので、この機会にウエストとヒップも測っておくことにしたのだ。

 ちなみにタンクトップとショートパンツは着てるので、全裸ではない。


「まずウエストは、ヘソのちょっと上で……」


 くびれに合わせてメジャーを巻き付ける。


「ごじゅう……よん? 54? ほっそっ!」


 バスト90センチとの標高差に体調を崩しそうだ。


「で、ヒップは…………89か」


 バストよりは小さかったな。ふー、ギリギリセーフだ。


「って! セーフじゃないよ! アウトだよ! ウエストとの差を考えたら、とんだデカケツだよ! 結莉おまえはアニメキャラ体型かっ!」


 瀬戸先輩に思ってたことを、まさか結莉じぶんにもぶつけることになるとは……。


 ……しかし、これは放っておいたらマズい事態かも知れない。

 今までは自覚が足りてなかったが、これからは強く自覚しないと、これは危ないぞ。


 そう、結莉おれの体がかなりエッチだと言うことを!


 こんな体じゃ男子たちからエロい目で見られるのは必至だ。

 このまま無自覚に夏になったら結莉おれのデカパイが男子たちの視線集中砲火を浴びてしまう。

 意識して出来るだけ隙を見せないようにしておかないと……。


「はぁ……女の子やるのは大変だよ……」


 結莉おれはパジャマを着てベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「あー、気が重くなったら、なんかお腹もなんか痛くなってきたよ……」


 ……ん? ……お腹?


「まさかっ!?」


 飛び起きてパンツを下ろして確認する。

 まだ

 でもこの腹痛とはちょっと違うズシリと重い痛みは……これはおそらく女体化モノお約束の『生理アレイベント』に違いない!


 だが俺は、生理それについてはやり直し初日から想定済で、実はネットでも真っ先に調べていた。

 正に備えあれば憂いなしと言うヤツだ。

 あたふたする姿を期待してたのなら、すまないな。

 いや実は内心ビビリまくってるんだけど。実際、腹は痛いし。


「えーと、生理用品ナプキンは確かここだったよな……あった……ん? 今着けるとなるとこの『夜用』ってのにしといた方がいいのか? でもまだ予兆だけで始まってはいないみたいだけど……いや、油断は禁物だ。むしろここは慎重にいこう」


 結莉おれはやれやれとため息をつきながら、慣れない手つきで準備を始めた。


「はぁ……女の子やるのはホントに大変だな……」


 しかし、明日が日曜なのは幸いだった。

 これでいきなり登校するのは心理的にしんどいところだったよ。

 とにかく明日は家でゆっくりのんびりだらだらゴロゴロしていよう。


 うっ……自覚したらどんどん痛くなって来たぞ? これは痛み止めを飲んだ方がいいんじゃないか? 部屋にあったかな?

 あと、確か俺の彼女モトカノは生理の時は腹巻きみたいなの着けてたよな? クローゼットのどこかに入ってるか? …………無いな。

 女子高生はまだあんなのしないか? ちょっと前まで中学生だったしな。

 ちょっと前まで中学生だったのに、このデカパイは一体なんなんだよ!?

 ……いかん。

 この痛みをどこか別の所に八つ当たりしようとしてる。心が弱ってきてるな。

 もう今日は早く寝よう。


 結莉おれは母親に言って痛み止めを貰い、念のためお腹を温めるボディーウォーマーも借りて、その日はすぐ眠りについたのだった……。


【第3話 終わり】

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