第4話-1

 週が明けての月曜日。そして生理アレは実質二日目。


 つらい。

 マジしんどい。

 こう、ヘソの下辺りにズシリと鉄球がある感じで、昨日は一日家から出ずにほとんど寝ていた。

 あぁ、貴重なやり直し初の日曜日が……。


 通説では二日目が一番しんどいらしいが個人的には昨日と変わらないと言うか、違いが認識できない。

 そもそもこれ結莉ゆいりはともかく俺にとっては初潮に等しいから何もわからん。正に経験値ゼロ


 正直、今日は学校を休みたかったんだけど、大事な人間関係スタートアップ期間に休むのはデメリットが大きいので仕方なく登校した。

 登校したとは言っても、心配した母親にわざわざ車で学校まで送ってもらったんだけどね。

 それでも校門近く車を降りてから教室まで行くのがつらかった。

 勿論痛み止め薬は飲んでいるけど、頭痛とかで飲む時とは違って、多分効いてはいるんだろうけど根本的な解決には至ってない、と言う感じだ。


 つらいと言えば、土曜に手に入れた延長ホックのお陰でブラの締めつけは緩和されているはずなのに、なんか今日はキツい。

 昨日は一日寝ててブラはしてなかったのもあって、よりキツさを痛感してる。

 ただこれサイズ的にキツいと言うよりは乳がパンパンに張ってて弾力が下がってる感じ? その結果としてキツい。

 どうやらこれも生理中の現象らしく、マジで何一つ良いことが無い。

 子供を産むために必要な機能とか今の結莉おれには全く必要無いんだが、ただ、将来的にも絶対無いとは言い切れないので、ここは我慢するしかない……。

 勿論今のところは結莉おれがそんな状況になることが全く想像できないと言うか、男に抱かれること自体に嫌悪感すら抱いてしまうけど、下手に「今後もありえない」とか断言するとフラグになりかねないから黙っておこう。


 とにかく今日はみんなに優しくして欲しい。でないと何かに八つ当たりしてしまいそうだ。

 それでもなんとかクラスメイトたちに挨拶して席に着く結莉おれ


「あ、桜庭さくらばさん、おはよう」


「おはよー……」


 しばらくして後から来たわたる気怠けだるげに答える。


「……もしかして具合悪い?」


「うん、けどアレだから気にしないで」


「あっ、ご、ごめんっ」


 生理だと察した航は、ばつが悪そうに席に着いた。


 ん? もしかして今のも微妙に八つ当たりだったか? いや、そんなことはないよな? ただ、いつものような笑顔が作れないってだけで。

 いやでもこれってもしかして逆セクハラかも? 今後は気をつけよう。

 航はまだ心配してるのか、何か言いたそうにこっちをチラチラ見ていた。仕方ないな。


「……辻蔵つじくらくん、何?」


「あっ、あの、昨日これ、ガチャガチャで手に入れたから」


 と言って差し出したのは、航が結莉おれにオススメしてくれた今期アニメのマスコットキャラのアクリルキーホルダーだった。

 これってつまり、くれるってことだよな? こらこらおれ、さすがにちょっと言葉が足りてないぞ。


「わざわざ取ってくれたの?」


「い、いや、たまたま出ただけで」


 それが本当かどうかはわからないが、ここは素直に受け取っておくべきだな。


「くれるんだよね? ありがとう」


 結莉おれは腹が痛いのを我慢して精一杯の笑顔で返した。

 が、数秒後──


「はふんっ」


 我慢が終わり、机に突っ伏した。


 ……おっ、胸がいい感じのクッションになって、これは楽ちんだぞ。

 役立つこともあるじゃないか、このデカパイ


 と、そこに美香がやって来た。


「おはよっ、結莉ゆいり


「おはよー」


「ん? 具合悪い?」


「昨日からだけー」


 隣りの航が、聞いてはいけない会話だと判断したのか慌てて顔をそむけた。

 いや、さっき言っちゃったし、べつにいいのに。


「あー、結莉って重い方なんね。じゃあ今日の体育は見学申請しときなよ」


「わかったー」


 その言い方からして美香は軽そうだな。いいな。羨ましい。結莉おれも軽めにして欲しかったよ。神様の意地悪。

 と言うか、痛みのせいで脳の処理能力が落ちてるのか、なんか馬鹿っぽい口調になってるし。

 本当に女の子って大変なんだなと、中味33歳にして正に身をもって知るおっさんなのでした……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 ……なんとか放課後になった。


 痛みは……慣れては来た気がするけど痛いのは変わらない。なんかこれブラの時にも言ってたな。

 とにかく今日は速攻で帰宅するわけだが、夕方は母親も用事があるらしくて迎えに呼ぶわけにはいかない。

 つらかったらタクシーを使ってもいいよとは言われているけど、非常事態ならともかく普通の生理で一々呼んでたらキリが無いし、今後の為にもここは辛抱だ。


 そんなわけで仕方なくトボトボと校門を抜けようとしてたその時──


「あれ? 桜庭さん、帰り?」


 校門横から明るくそう声をかけてきたのは隠れオタクの小津おづだった。


「そうだけど、小津くんは誰か待ってるの?」


 挨拶だけしてスルーして帰りたかったけど、小津は航の高校生活QOL向上にとって鍵となる重要人物なので、邪剣にせずに聞き返した。


「うん、これからみんなで遊びに行こうって話で待ってるところなんだ。よかったら桜庭さんも、どう?」


「誘ってくれてありがと。でも今日はちょっと体調よくないから帰るね。ごめん」


「ううん、こっちこそいきなり誘ってごめん。お大事にね」


 てっきり高校デビューではチャラい系陽キャを装っているのかと思いきや、なかなか紳士的なことを言ってくれるじゃないか。


「と、ところで、桜庭さん、それなんだけど」


「え?」


 何かちょっと言いづらそうに、でも言わずにはいられなかったって感じに小津が結莉おれの鞄を指差して言った。

 え? 何か変な物でも付いてたか?


「それって、『倒鬼の剣』のキャラだよね? 好きなの?」


 ああ、航に貰ったアクキーが気になったのか。

 ……いや、待てよ?


「そうだけど、小津くんがこれ知ってるなんて意外」


「えっ、あっ、ほら、それって映画にもなったし」


「そっか。有名だもんね」


 だが小津おまえが隠れオタクだと知ってる結莉おれに対しては、ちょっと苦しい言い訳だぞ。


「これは辻蔵くんに貰ったんだ。辻蔵くんとは同じ『漫画アニメ同好会』仲間だから」


「へ、へぇ、席が隣りなだけじゃなかったんだ。でも桜庭さんがそういう同好会に入ってたなんて意外だね」


 そうは言っても昨今のオタク女子って、いかにもオタクって感じの子は少ないんじゃないか? 結莉の見た目でオタクでもべつに不思議じゃないと思うけどな。

 確かグラドルとかでガチオタクの人もいたと思ったし。


「そうかな? 小津くんも、もし興味があったら寄ってみてよ。それじゃあね」


「あ、うん、気が向いたらね」


 小津から「行くなら行く」的な返事を貰って結莉おれはその場を後にした。

 いや、正直、痛みに耐えて愛想笑顔を作るのがもう限界だったので。

 ただ、これでなんとか最初の布石は打てたかも知れない。頑張ったぞ、結莉おれ


 そうそう、なんで小津が隠れオタクだと前回知ったのかについて、ちょっと説明しておこう。

 この高校って学年が上がってもクラス自体は変わらないんだ。ただ志望学科や成績によって受ける授業が変わるってだけで。

 だから小津ともクラスメイトのまま2年に上がって、修学旅行も終えた後くらいのタイミングだったかな? それは起きたんだ。


 そもそも小津がオタクだったことを隠して高校デビューできてたのって、山間部の小中合同の小さな中学出身で、他に同じ中学出身者が高校ここにはいなかったからなんだよ。


 ここまで言えば予想はつくかと思うけど、どうやらクラスの誰かが小津と同じ中学だったヤツとバイト先かどこかでたまたま知り合って、そいつから中学時代の小津はオタクだったって写真付きで知ってしまったって経緯だ。


 まぁ、だからっていじめに遭ったとかではないんだけど、「あいつ高校デビューだったのかよ」って一部に陰で馬鹿にされたのか呆れられたのか、割といた小津の取り巻きたちの何人かは離れていったって程度だ。

 とは言え、そんな状況の小津に当時のわたるが近づけるわけも無く、結局卒業まで縁が無かったって次第さ。


 だから、もしかしたら航と小津とを前回より早く引き合わせることによって、どっちも前回よりは良い状況に持っていけるんじゃないか? なーんてご大層なことを思ったりはする。

 思うことと実際できることは違うので、そうなれば良いな程度だけど、もしできたら人生やり直した甲斐もあるかもな?

 まぁ、無理しない程度に気軽にやりますよ。

 結莉おれ自身のやり直しの方が優先だし、そんなことより今は生理これと折り合いを付ける方が最優先事項だしね……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 翌日。


 生理は最短なら三日で終わると知って強く祈ってたけど当然ながらやっぱりまだ続いている。

 ただ、昨日よりはマシになった気がする。気がする程度だけど。

 ちなみに今日で人生やり直し高校生活は二週目に突入だ。

 俺の女の子っぷりも大分板に付いてきたのではないか? と言うかいきなり初週にブラだの生理だの一気に洗礼を受けたら、そう思わざるを得ないのもある。


 さて、そんな結莉おれに本日新たな試練が舞い降りた。

 それは『学校検診』だ!

 いやまぁ身長体重はかって聴診してもらうだけなんだけどね。

 ただこれも一応イベントではあるだろ?

 それに女子になって初めての検診ってことは、下着姿の女子たちに囲まれて……いや、それはもう体育の着替えで見てたよ。

 特に感慨も無くその輪の中にいたよ!


 いくらおっさんとは言えまだ33歳なので決して性欲が枯れてるわけではないんだが、最初の体育の着替えの時は周りが脱ぎ始めたのを目の当たりにした瞬間、心を虚無にしてたし、昨日の二回目は結莉こっちが生理でそれどころではなかったしで、嬉しいと言う感情が湧かなかった。

 むしろそんな感情が湧いたら犯罪者なんだが。

 でも今は女なんだし……いや女でもダメだよ!


 さて、そんなくだらないことを考えてる内に検診開始の連絡が来て、結莉おれたちは体操着へと着替え始めた。


「あれ? 結莉ゆいり、それで大丈夫?」


 着替えているといきなり美香が言った。


「え?」


「聴診、人によってはブラ上げてもらうって保健の先生が言ってたじゃん。結莉は絶対上げさせられるから大変じゃないかなって」


「あー、それね……」


 『人によって』ってそれつまりブラしたままだと聴診しづらい人、要は乳がデカい人のことだよね?

 ええ、わかってはいましたよ。いましたとも。

 いましたけど、実は昨夜ゆうべ試しに家にあったスポブラ着けてみたんだけど、これがもうパッツンパッツンで調整前のキツキツブラどころじゃなかったのさ。

 なんでこんなのクローゼットにとって置いた!? ってレベルで、つまりは、これだけ乳がデカいとスポブラの方からお断りってことなんだよね……。

 とは言えハーフトップブラとかナイトブラのホールド感だと『ノーブラ入学式』の悪夢? 再来だしで、もう開き直った次第ですよ。

 そんなわけでサイズが合わなさすぎるスポブラは全部処分してもらうことにしたけど、さすがに一枚も持って無いってのもちょっと不安ではあるな。

 例の注文したブラを取りに行く時に、結莉じぶんに合うのが無いか店長さんに相談してみよう。


「うん、なんか色々と大変なんだね。がんばって」


 結莉おれが言いよどんでいると美香が言った。


他人ひとごとかよー!」


 すかさず返して笑い合う結莉おれたち。

 女子同士でも気軽に言い合えるクラスメイトがいるのはありがたい。

 あれ? もしかしてこれって『友だち』と言ってもいいのでは?

 うーん……でも女子同士の距離感はまだよくわからないので、調子に乗らずにいよう。


「それではA組とB組の女子は、第二体育館に移動してください」


 上級生の保健委員に促されて結莉おれたちは移動を開始した。

 女子たちの中には上にジャージを羽織らないでポロシャツだけの子もいる。

 その場で一々脱ぐのも面倒臭いし、まだ四月入ったばっかだけどべつに寒くはないし。

 でも結莉おれはこのデカパイを安易に男子たちの目に晒すわけにはいかないからジャージでしっかりガードだ。

 まぁ、そんな抵抗もあと一ヶ月くらいの命ではあるんだけどね……。

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