第3話-2

辻蔵つじくらくん、おはよう」


「あ、桜庭さくらばさん、おはよう」


 結莉おれが挨拶すると、わたるは気づいてたかのようにすぐ返した。

 実際、結莉おれは教室に入ってクラスメイトたちに挨拶しながら近づいて来たから気づいてたんだろうけど。


「昨日は、あの後どうだったの?」


「部長と一緒にゲームしてたらすっかり遅くなっちゃって」


「へぇ、楽しんでたんだね」


「う、うん」


 航は、ちょっと恥ずかしそうに頷いた。

 いや全然恥ずかしいことじゃないからな。高校でも同好の士ができて良かったな、おれ


 ただ、やはり同じクラスの友達も欲しいところではある。

 クラス単位で行動することは多いし、そこではいつもおれは『余り者同士グループ』の常連だったからな……。


 だが実は俺には、それをどうするかの秘策、『やり直し』ゆえのアドバンテージがある。

 それはズバリ! このクラスの『オタク男子』と仲良くなることだ。

 そう、俺の記憶によれば、このクラスにも『オタク男子』はいる。


 いるのにどうしておれはそいつと絡まなかったかと言うと、そいつがオタクであることを隠していたからだ。

 そしてそいつが実はオタクだと気づいた時にはもうコミュニティが完成されていて、おれから声をかけられる状況ではなかったのだ。


 だが今回は、そいつがオタクだと最初から俺は知っている。


 結莉おれは、クラスメイトたちと楽しそうに話している男子生徒に視線を向けた。

 そいつは、小津おづ俊史としふみ

 そいつこそが『高校デビュー』のためにオタクであることを隠しているヤツだった。

 しかし、それ故にヤツは手強い。一筋縄ではいかないだろう。

 そもそも、せっかくの『高校デビュー』を台無しにしてしまうのも若干気が引ける。

 ここは慎重に、小津と航とを繋いでいかなくては……。


「ところで桜庭さんは、今期は何かアニメ見てる?」


 考えごとをしていると不意に航からは話を振ってきた。これってもしかして初めてじゃないか?

 同好会に入ったことで結莉おれに仲間意識を持ったのかも知れない。

 いや、それはべつにいいんだが、同性の友達は友達で、ちゃんと作ってくれよ?


「放送はまだだけど、『隠れ魔王の覇道誓界インテグラル』は見ようかなって」


「あぁ、ラノベのやつだね。へー、桜庭さんってラノベ読むんだ」


「ううん、原作は読んでないけど、ほら、主演の声優さんのファンで」


「な、なるほど」


 若干ガッカリした感じの航。

 いや本当は原作めっちゃ好きなんだけど、やっぱり女子が男子向けのラノベ読むって、オタクでもそんなにはいないだろ?


「他に何かオススメってある?」


「あ、そ、そうだね、桜庭さんには『エンゲージナイト』とかオススメかも」


「それって女性向けゲームのやつだよね? わかった。見てみるよ」


 そこでチラッと小津の方を見ると目が合った。

 小津は慌てて視線を逸らす。

 やっぱりな。

 わざと作品名だけ大きめの声で話したので気づいたか。さすが耳ざといオタクだ。

 だが今のところは結莉おれと航がオタトークしてたと言う事実を小津あいつが認識すればそれでよし。

 今すぐ慌てることはないが、いつか必ず航と仲良くさせてやる……。


「ねー、結莉ー、ちょっといいー?」


「え? 何ー?」


 そこでちょうど美香から声がかかって、結莉おれは立ち上がり、女子たちの輪へと入って行った。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 放課後。


 結莉おれたち『漫画アニメ同好会』、通称『オタ研』のメンバーは、新歓と言うことで駅前のカラオケ店に来ていた。

 ただ椿姫つばきは、明日早くからレッスンがあって今夜から東京入りするそうで、残念なことに不参加だ。

 椿姫がいなくて残念? いや残念だよ。こう言う場では賑やかし要員は必要だからな。

 だってメンバーが、結莉おれわたる、熊坂部長、瀬戸副部長。

 下手したら陰キャ四人衆のカラオケだぞ? さすがにキツい。

 いや、部長は陰キャじゃないとは思うけど……。


「瀬戸くん、とりあえずアニソンベスト100を片っ端から入れてくれたまえ」


「部長、全部自分で歌うのはナシですよ? 今日は辻蔵くんと桜庭さんの歓迎会なんですからね」


「歓迎会だからこそ全部僕が歌うのが道理スジでは?」


「歌いたいのはわかりますが、みんなが一巡するまではダメです」


 その瀬戸先輩の言葉にわたるの表情にサァーッと陰鬱な影が差し込んだ。

 勿論、理由は察しがつく。

 瀬戸先輩は『みんなが一巡』と言った。つまり最低でも一回は歌わなくてはならない。

 おっさんの俺でもいまだにカラオケは苦手だから、ましてや高校生の時のおれなんてな……。

 でもカラオケに来て一度も歌わないでやり過ごすのは、さすがに無理だろ。


 そんな航に気づいたのか、瀬戸先輩が言った。


「私も部長もアニソンしか歌わないけど、二人は好きな歌を選んでいいよ」


 それはつまり逆に言うと『アニソンでOK』と言うことだ。

 カラオケで一番つらいのって、こっちはアニソン系しか知らないから、それを歌うと周りが『何この曲?』ってなることだよな。

 アニソンで一般的にも流行った曲もあるにはあるけど、それでも気にしてはしまう。

 だが、この場でそんな気遣いは無用とのお達しだ。

 ならば──


「じゃあアニソン縛りでいきます」


 航の意思など確認せず結莉おれは言った。

 航も慌ててうなずく。


 と、そこでドリンクが来たので、まずは乾杯。


「では、新たなメンバーの入部とオタ研の繁栄を願って、乾杯!」


 部長の音頭で乾杯した後、結莉おれたちはブレザーを脱いで、いよいよカラオケモードへと移行する。


 ……ん?

 そこで結莉おれは向かいに座っている航の視線に気づいた。


「何?」


「えっ、いや、な、なんでも無いですっ」


 慌てて目を逸らす航だったが、何かに驚いたように結莉おれを見てたのは確かだ。

 なんだろ? 気になるな……。


 あっ!

 さては航のヤツ、ブレザーを脱いだ結莉おれがデカパイだと気づいて驚いたな?

 いずれは気づかれてしまうことだし、べつにいいんだけど、そんなに驚くほどデカいか?

 そりゃデカいことはデカいけど、いや、おっさんの俺ならともかく当時のおれからしたら、こんなデカパイを実際に目の当たりにする機会なんて無かったから驚くのも無理ないってことか?

 うーん……俺は今も昔もべつに『おっぱい星人』では無かったんだけど、正に今、結莉おれこいつの性癖を歪ませてしまったとしたら、どうしよう。

 まぁ、それは今悩んでも仕方ないか。


「!」


 しかし、そこで何気なく視線を向けた先の瀬戸先輩も、なんとデカパイだった!

 ……結莉おれと同じくらいはありそうか?

 しかも瀬戸先輩は結莉おれよりも更に身長が一段低いので、正にアニメやゲームで見かける二次元キャラ体型だ。さすがに『ロリ』ではないので『ロリ巨乳』ではないが。

 え? 結莉おまえ他人ひとのこと言えるのかって?

 いや、結莉おれは一応150センチあるから、ちょっと低め程度であって、低くはないから!

 瀬戸先輩は結莉おれより更に7、8センチは低いので140台前半なのは間違い無いし、結莉おれの顔って割と大人びているので、可愛い系な感じの瀬戸先輩とは系統も違う。


 だからひょっとしたら瀬戸先輩は航が好きそうなタイプかも知れん。

 少なくとも隙が無い美少女の椿姫よりはよっぽどタイプだろう。

 更に言えば瀬戸先輩は眼鏡っ娘でもあるしな! うん、眼鏡っ娘はイイよな。

 よし! 後でさりげなく瀬戸先輩に彼氏がいるか探りを入れてやろう。


 そんなことを考えてる内に部長が颯爽と歌い出して、新歓カラオケ会が幕を開けたのだった。


「辻蔵くんは、どれにする? これでいい?」


 部長の歌を聴きつつ出方を窺っていた航に結莉おれは声をかける。


「えっ、あっ、う、うん……」


 だが結莉おれはそんな返事も待たずに航が知ってそうな曲を予約した。

 こう言うのは下手に後回しにしてはいけない。むしろ場が温まってない内に歌ってしまった方が良いと俺は考える。

 だから部長が歌い終わろうとしてる今、強引に航が歌う曲を入れてしまったのだ。

 ちなみに部長は元々イケボではあったけど、歌もメチャ上手い。


「おっ、次は辻蔵くんだね。仕方ない。マイクを譲ろう」


「仕方ないじゃなくて部長は私たちが一巡するまで待機です」


「はははっ! 瀬戸くんは厳しいねぇ」


 そう言ってマイクを渡された航はミニステージに出ようとしたが──


「辻蔵くん、座ったままでいいよ。あんな所で歌いたがるのは部長だけだから」


「あ、はい」


 すかさず瀬戸先輩がナイスフォロー。

 それでなくても緊張するのに、注目されながら立って歌うのって更に緊張するもんな。

 音楽の授業で皆の前で独唱させられたトラウマが甦る。


 そしてイントロが終わり、航は歌い始めた。

 ド緊張してるのがその声からもわかって再び俺の共感性羞恥を刺激しまくるが、決して下手ではない。

 ん? 下手?


 ……そう言えば、結莉おれはそのあたり、どうなんだ?

 運動能力は美香に運痴うんちと言われた結莉おれだが、これで更に音痴オンチでもある可能性を捨てきれない……。

 これはヤバいぞ……。


「桜庭さんは入れた?」


「あ、はい、さっき辻蔵くんのを入れるついでに」


 そう、次は結莉おれの番だ。

 航に強引に歌わせといて自分はパスとか絶対にできない。

 自ら墓穴を掘ってしまったか? どうする?

 いや、ここはもう開き直って行くしかない。


 航が歌い終わり、結莉おれはマイクを手に取った。

 ニチアサの魔法少女アニメのOPイントロが流れ始める。

 その軽快なリズムに乗って結莉おれは歌い始めた。


 ……ん? あれ? イケてる? もしかして結莉おれ、イケてるんじゃないか?

 自分の声は良く聞こえる現象を差し引いても、可愛らしい声が踊るように曲に乗ってる。

 結莉おれ、歌はイケてるよ! よかった!


 そのまま気持ちも乗ってきて一気に歌い切ると、部長たちが拍手してくれた。


「やるね、桜庭くん。僕のライバル出現だ」


「そ、それほどでも……」


 あまり褒められると逆に航に申し訳ない。


「じゃあ私も、ちょっと良いとこ見せときますか」


「えっ?」


 瀬戸先輩がマイクを取って始まったロボアニメの激しいロック調のイントロ。

 嘘だろ? と思ってた矢先に始まる、その普段のほんわかした言動からは想像できないイケボイス。

 まさかこんな伏兵がっ!?

 部長の陰に隠れていたけど、瀬戸先輩もただ者では無かった。

 そのせいで、ほら見てよ航を。自分以外歌ウマ勢で小さくなっちゃってるよ。

 ごめん。こんなことなら結莉おれは、ちょっと下手めに歌っとけばよかったな……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 さて、マイクが再び部長に戻ったところで、早速結莉おれは瀬戸先輩に近寄って耳打ちするようにそっと聞いた。


「ところで、瀬戸先輩って、部長と付き合ってたりします?」


「え? アレと? なんで?」


 瀬戸先輩、途端に嫌そうな顔で部長をアレ呼ばわり。


「いえ、仲が良いと言うか、良いコンビだなって」


「部長としては尊敬してますけど、ナシですね。ナイです。私、暑苦しい人はタイプじゃないので」


「じゃあ、他に彼氏がいるとか?」


「やだなぁ。私、全然モテないですよ」


 嘘だろ。

 瀬戸先輩の周りの男、見る目が無さ過ぎないか?

 いくらオタクだからって、充分に可愛いだろ?

 ……それとも、まさか何かとんでもない欠点でもあるのか?


「ところで、そう言う桜庭さんは──」


 うっ、やっぱり振ったからには振られるよな。

 でも結莉おれと航とは全然そんな関係ではなくて……。


「霧山さんと付き合ってるの?」


 そっちかいっ!!

 しかも瀬戸先輩は目をキラキラさせながら聞いてきたので冗談ではなさそうだ。

 むしろあまりに期待されすぎてて、斬って捨てづらい。


「い、いやぁ、今のところはナイですね……」


 期待をギリギリ裏切らない範囲で、そう答えるのが精一杯だった。


「あ、それとも、もしかして──」


 え? やっぱり航の方にもターゲット行くの?


「私狙いだったりー?」


 今度はそっちかいっ!


「私ならいつでもウェルカムだよー♪」


「わーい♪ 瀬戸せんぱーい♪」


 ノリで抱き合う結莉おれと瀬戸先輩を、テーブルを挟んだ向かいの席の航が何ごとかと不思議そうに見ていた。

 ちなみに抱き合った時に、結莉おれと瀬戸先輩のデカパイ同士が正面衝突したが、結莉おれのデカパイはガチガチにキツいブラで拘束されていたので、むにゅっと変型したのは瀬戸先輩のデカパイだけだったことを報告しておこう。


 あぁ、早く明日、新しいブラを買いに行きたい……。

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