第9話-1

 いよいよGWゴールデンウィークに突入したわけだが、高校なので平日は平日と言うことで、連休は5月3日から6日の四日間だけだ。

 だが前回の俺は「GW? それって都市伝説だろ?」レベルのブラック連勤だったので文句などあろうはずも無い。土日祝日に休めるってだけで素晴らしい!


 さて、そして肝心なゲームイベントは5月4日なわけで、わたるたちオタ研の一行は明日早朝の新幹線に乗って来る手筈だけど、結莉おれ椿姫つばきはその前日入りと言うことで、今日、5月3日に二人で上京していた。

 ちなみにチケットの最後の一枚は小津おづが貰うかと思いきや断ったので、瀬戸先輩の友人の片倉しのぶ先輩が来ることになったそうだ。

 この片倉先輩、実は結莉おれも面識がある服飾部員で、瀬戸先輩とはオタ友でもあるので同行してくれることになったのだ。

 更に言うと結莉おれと椿姫のコスチュームを作った典子のりこには椿姫がスタッフパスを用意して、当日は結莉おれたちのサポートをして貰う手筈になっている。

 ほら万一衣装に問題が出た時のためにね。


 そんなこんなで俺としてはやり直し転生してまだ一ヶ月ぶりの東京と言うことでおのぼりさん気分は無かったんだけど、17年前の東京なので、特に電車とか古くて懐かしかった。


 結莉おれたちは東京駅から電車を乗り継いで会場がある国際展示場駅へと到着。

 そこからまずはホテルにチェックインして荷物を置いて一息ついた後、待ち合わせているホテルラウンジへと向かった。


「椿姫さん、ここよ」


 結莉おれたちが来たのにすぐ気づいて手招きした女性。


池幡いけはたさん、おつかれさまです」


「あ、は、初めまして。桜庭さくらば結莉ゆいりです」


 椿姫に続いて挨拶する結莉おれ


「初めまして。桜庭さん」


 そう言って結莉おれをじーっと見つめる池幡さん。

 知的な眼鏡女性だが、雰囲気は温和で圧迫感は無い。


「動画で見たよりも可愛らしいわね。結莉さん、と呼んでもいいかしら?」


「は、はい、どうぞ……」


「だから言ったじゃないですか。実物は動画あれの倍は可愛いって」


「疑ってたわけじゃないわ。予想より可愛かったから嬉しいだけ」


「あっ、紹介遅れたけど、この人、私の事務所の社長さんね」


「社長さんっ!?」


「『スマイルダイス』の社長を務めている池幡いけはた真理江まりえです」


 と言ってサッと名刺を差し出す池幡さん。

 慌てて受け取る結莉おれ


「時間があまりないので早速だけど簡潔に今回の契約について説明させてもらうわね。あ、その前に二人とも好きな飲み物を注文して」


「はーい♪」


 そう明るく答えて椿姫は結莉おれにぴったり寄り添ってメニューを開く。

 こうして今回のイベントに結莉おれが参加することについての説明が始まった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 簡潔にと言いつつ懇切丁寧に30分以上は説明されたので、俺が本当に簡潔に話の内容を説明しよう。

 今回のイベント参加についてはあくまでもモーリアン戦機の開発会社『ゼロシフター』からスマイルダイスがコスプレイヤーの手配を引き請けた形であり、結莉おれ以外にも事務所には所属していないフリーのコスプレイヤーさんに声をかけている。

 なのでそういうコスプレイヤーさん同様、結莉おれも要は単発の業務委託って形だ。


 ただ、今後のことも考えてマネジメント契約をしたいと打診された。

 もしコスプレとかの仕事をどこかから直に振られたりしたら、スマイルダイスを通して欲しいと言うことだ。


 これはお金だけで考えると中間マージンを取られてしまうので眉をひそめる事案かも知れないが、今の結莉おれは未成年の女子高生であり、べつにお金に困っているわけでもなく、むしろ安全の方が大事なので、喜んでその条件を呑んだ。


 と言うか、そもそも次なんて無い無い!

 結莉おれべつにコスプレイヤーになりたいわけじゃないし、可愛いとは言っても多分芸能界でやっていけるほどの可愛さでもないし、無いって!

 無いだろうけど、仮にあるとしたら近寄って来そうなのはこのカラダ目当てのやからだろうから、そんな変な連中からの弾除けをしてくれると言うのなら正に渡りに船だ。


 そんな流れで複数の書類にサインした後、池幡さんはその場を後にして行った。

 まぁ、やり手社長っぽかったし多忙なんだろう。

 すぐ入れ替わるように椿姫のマネージャーの箱水はこみずさんが現れ、その横にはこれまたえらく可愛らしい少女が立っている。


ひめちゃん、おつかれー」


瑠璃るりさん、おつかれさまです」


 おそらく同じ事務所の先輩なんだろう。

 椿姫とは違う系統の快活そうなギャル系?の美少女だ。

 ……っと、見とれてる場合じゃないな。


「初めまして。今回ご一緒させていただきます、桜庭結莉です」


「ユイリちゃんね。りょ。アタシは加賀見かがみ瑠璃るり。よろしくね♪」


「瑠璃さんは私の二つ上の先輩なんだよ」


 て言うと高三か?


「いやそれ歳の話で、うちら同期っしょ」


「ところで桜庭さんって本名ですよね? 芸名をうかがっても?」


「え?」


 箱水さんに聞かれて固まる結莉おれ

 ……芸名?


「ちなみに私は和泉いずみ春姫はるひ


「初耳なんだけどっ!?」


 思わず椿姫につっこむ結莉おれ

 だけどそうだよな。

 そりゃ芸名あるよな。


「と、とりあえず無いので、急に言われましても……」


「じゃあ、これから歩いて会場に向かいますので、着くまでに考えておいてください」


 猶予期間、少なすぎないっ!?

 こう言うのって一週間くらい考えるものじゃないっ!?

 て言うか結莉おれに芸名って必要かっ!?


 ……いや、必要ではあるな。

 多分、とても嫌だけど、イベントレポートとかで『アニスのコスプレをした○○さん』って紹介される可能性はある。

 そこで本名を晒されるのは絶対に避けたい。デジタルタトゥーこわい。

 今後こんな仕事二度としないとしても何か考えとかないと。


 ……いや、待った。

 二度と使わないであろう芸名ならテキトーでもいいんじゃないのか?

 とは言えネタに走るのはさすがにちょっと……。


「私が考えてあげよっか?」


 会場へと並んで歩いていた椿姫が言った。


「一応聞くだけ聞くけど、例えばどんなの?」


「私が春姫だから『千代田ちよだ夏姫なつき』なんてどう?」


 想像より遥かにマトモなのが来たぞ。

 しかし……。


「とりあえず『姫』かぶりは避けたい」


「じゃあ『夏季なつき』とか」


「そもそも『夏』ってキャラじゃないし」


 誕生日的にも夏ってよりは秋だしな。


「じゃあ『ちょももにょ』で」


「いきなり路線が違い過ぎるよ! どう言う発想でそれ出て来たの!?」


 意外と悪くはないとは思いつつも、それ名乗るのはちょっとなぁ……。


「とりあえず名字はどうとでもなるから名前だけで」


 どうせもう考えなくていいって言っても考えるんだろうから指針を提示しつつ、自分でも考えてはみる。


「名前は『ユイリ』のままでもいいんじゃない? 可愛いし」


 瑠璃さんがそう言った。


「うん、うっかり結莉ちゃんって呼んじゃいそうだし、『ゆいり』のままでいいんじゃない」


 その懸念は確かにあったけど、椿姫が気をつけてくれてればいいことでは?

 て言うか、そうか今気づいたけど、それで椿姫は自分のことを『姫ちゃん』って呼べって言ったのか。

 とは言え、セキュリティー的に本名まんまはやはり不安ではある。


「ちなみに瑠璃さんの本名は?」


光琉みちる


「えっ!? 私、知らなかったんですけど!?」


「聞かれなかったし」


 光琉から瑠璃……なるほど……てことは……ゆいり……り……りお……りさ……りな……りの……。


「決めた! 名前は『りのん』にします!」


「うん、いいんじゃない」


「微妙に痛そうな感じが結莉ちゃんに合ってるね」


 おいっ! 痛そうとは失礼だな。全世界の『りのん』ちゃんに謝れ。


 とにかく会場を目前にして結莉おれの芸名は『桃田ももだりおん』に決まったのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 会場内は本日のイベントが終わった直後の片付けと、明日の準備とで予想以上に人でごった返していた。

 作業員たちの邪魔にならないようにその中を進み、バックヤードへと入り、広めの楽屋へと通されると、箱水さんがすぐにスタッフさんに挨拶をしていた。

 その相手が首からげてるパスをさりげなく見るとゲーム開発会社のロゴが入っていた。


「ご紹介させてください。今回参加する中の、ウチの新人たちです」


 え? 結莉おれも身内換算? そう言う契約では無かった気がするけど……まぁ、いらん口きくのもなんだしここは黙ってるか。


「お世話になってます。『リュゼ』のコスプレをする加賀見瑠璃です」


「お世話になってまーす。『ミツミ』のコスプレをする和泉春姫です」


「あ、お、お世話になっております。『アニス』のコスプレをする、も、桃田りおん、ですっ」


 やっぱり芸名を名乗るのは恥ずかしい!


「はい、僕はゼロシフターのプロモーション担当、古川です。明日はよろしくお願いしますね」


 爽やかイケメンな男性がそう言った。

 歳はやり直し前の俺と同じくらいだろうか?

 ブラック会社にすり潰されて正に死にかけてた俺とは世界が違い過ぎるけど。


「加賀見さんと和泉さんは先日お会いしましたけど、桃田さんは初めてだよね?」


「は、はい……」


 ん? 二人は既に面識がある? ……どう言うことだ?


「じゃあ日高くん、ステージの案内お願いね」


 しかし当然ながら古川さんは多忙みたいなので、結莉おれの疑問などよそに、結莉おれたちはアシスタントの女性に連れられて裏からステージへと向かった。


 ステージとは言っても会場内の各出展企業ごとにあるスペースなので本当に小さい壇上で、結莉おれたちは当日行われる声優さんのトークショーの後ろに賑やかしとして立ってるって流れだ。

 いやそれって結構長くないか? しかも立ってるだけとは言っても、そこそこ愛嬌振りまいたりしなきゃいけないんだろ? 実はかなりキツくないか?


「トークショーに出る仲谷なかやさんと藤川ふじかわさんは事務所の先輩なの」


 なるほど。つまり椿姫と瑠璃さんが今回コスプレで出るのはそれのバーターみたいなものか。


「加賀見さんと和泉さんは、もしかしたら流れでCVの件にも触れられるかも知れないので、準備しておいてください」


 んんっ?


「アタシと姫ちゃんは、新規追加キャラのCVやるのが決まってるの」


 ああ、そう言うことか!

 これで、どうして椿姫がいきなりこのゲームやり始めたのかも含めて合点がてんがいったよ!


「黙っててゴメンねー」


 いや、それは守秘義務があるしべつにいいんだけど……巻き込まれた結莉おれは何?


「では立ち位置の確認だけ願いしますね。まず加賀見さんですけど……」


 アシスタントの日高さんが説明する中、結莉おれは自分の存在意義について密かに悩み始めていたのだった……。

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