第5話-3

 わたるの家に遊びに行った翌日の日曜日。


 結莉おれは、美香みかたちに誘われて駅前に来ていた。

 何かと言うと駅前だなって言わないでくれ。

 地方で、車を運転出来ない中高生が遊びに出る所なんて駅前くらいしか無いんだ。


 さてそんなわけで今回のメンバーは、結莉おれ、美香、綾乃あやの、そして最近美香を通じて話すようになったクラスメイトの加納かのう寧音ねねの四人だ。

 美香って誰とでもすぐ仲良くなれる資質があるからな。

 そのお陰で結莉おれも入学早々のぼっちを回避できたわけだし。

 ちなみに寧音ねねは名前から想像するのとはちょっと違うタイプで水泳部所属だ。


結莉ゆいり、ちぃーっす」


「ちぃーっす」


 最初に着いて待っていた結莉おれに寧音が声をかけてきたので、同じように返した。


 寧音は膝上丈のショートパンツにTシャツとスポーツブランドのジャージと言う、如何にも体育会系と言った感じの見た目だが、そのスポーティーさがショートカットの髪と合ってて可愛い。

 ちなみに今日の結莉おれはやや手抜き気味に、上はTシャツとスウェットパーカー。下は膝上丈のプリーツスカートとニーハイソックスの組み合わせ。

 カテゴリー的には膝が完全に出てる時点でミニスカートらしいんだけど、これはミニって感じではないかな。

 クローゼットを見たらもう如何にも「ミニ!」ってのもあったけど、それはちょっとまだ穿く勇気が無いし、そもそもまだ穿く季節でもないだろう。

 まぁ、年中ミニの女性もいるけどさ。


 そう言えばスカートなんだけど、やり直し初日でいきなり制服を着させられての日々が続いたので「スースーして心許こころもとないなー」とか思ったのは一瞬で、なんかすぐ慣れた。

 慣れたらむしろ楽で良いかも知れないとすら思った。

 でも、最初の体育の授業で少数派のパンツだけ組だと気づいて以降は黒いショートパンツも重ねて穿くようにしてるけど、これ夏になったらどうするんだろ? 直に穿くのか? それとも生パン?

 なんか面倒臭いな。

 だからって「パンツくらい見られてもいいよ」って思考には元男もとおとこだろうとさすがにならないぞ。

 恥ずかしいと言うよりは、なんか勿体無いと言うか、無料タダでなど見せてやらん的な?

 いや、金貰っても見せないけどね。


結莉ゆいりって中学の時になんかスポーツやってた?」


 二人で待ってるといきなり寧音が聞いてきた。


「え? ううん、演劇部(って設定)だけど、どうして?」


 背も低いし、どうしてそんなこと思ったんだろ?

 そもそも結莉おれの体育の授業での運痴っぷりをまだ知らないのか?


「ムッチリしたフトモモしてるから」


 結莉おれは無言で寧音の腹に軽くパンチを入れた。


 そもそもこのフトモモ、運動で作られた筋肉じゃないから。

 ただのムチムチ脂肪だから。

 つかこの体、幸いにも腹周りはキュッとしてるけど、それ以外は全身ムチムチぷにぷにだから!


「お待たせー」


 そこで美香と綾乃が揃って到着。


「じゃ、行こっか」


 今日の目的は夏物衣服の物色だ。

 あくまでも物色。

 すごく欲しいのがあったら買うかも、程度の軽さ。


 とりあえず結莉おれたちは駅ビル内へと移動を開始した。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 女性の買い物に付き合わされたことがある人ならわかってくれると思うけど、男から見ると非効率的だ。

 男みたいに「○○を買いに来たぞ。見つけたから買うぞ。はい終わり」なんてことはなくて「それさっきも見たでしょ」ってのに戻ることも度々だ。

 しかも買い物よりも見て回る方をメインとなればなおのことだけど、勿論それを責めるつもりは全く無い。

 俺は男の心として「それはそう言うものだから仕方ない」と思いつつも、女として生きていくための修行として文句を言わず不機嫌な顔もせずに付き合っていた。

 とは言え全然楽しくないと言うこともなく、それなりに楽しんでもいたけど、やっぱり現役女子高生とおっさんとの世代の差は感じてしまう。


「あっ、水着も出始めてるね」


「本格的に出るのは来月からでしょ」


 そう言って水着を見に行く美香と綾乃。

 展示スペース自体が手狭だったのもあって、結莉おれと寧音は、その手前で待ってた。


「あたしも今年は遊ぶ用の水着買おっかなー。今まではスク水だったけど」


「うん、高校生としてそれは許されないと思うよ」


 寧音につっこむ結莉おれ

 むしろ中学生でもあまり許されはしないと思うが。


「んー、でもどんなの買お。結莉ゆいりはセクシービキニ一択だから選ぶの楽でいいよなー」


 結莉おれは再び無言で寧音に腹パンした。むしろ寧音も腹パン待ちだった。


 とは言え夏を迎えるにあたり結莉おれもなんらかの水着を買わねばならないんだろうな。これは課題として早めに検討を始めておこう。

 それとは別に学校の水泳の授業もあるし。

 まぁ、スク水はみんな同じ物を着るんだしそこはいいんだけど、それよりも、はたして結莉おれは泳げるのか? と言う方が問題だよ!

 これは水泳の授業が始まる前に確認しておいた方が良さそうだな……。


「まだ大人向けのばっかで、いい感じの無かったー」


「海水浴用のではなかったよね。ホテルのプール用って感じで」


 そう言いながら戻って来た美香と綾乃。

 女子高生ももう大人だとは思うけど、言わんとすることはわかる。

 水遊びと言うよりは魅せる用ってことだな。


 それにしても長野ここで海水浴って言ったら新潟の海だよな?

 電車で連れ立って行くのか? それ結構大変だろ? どうするんだろ?

 そもそも海水浴なんて親に連れられてでも小学生くらいまでしか行ったこと無い俺にはわからない。

 勿論、高校時代に行ったことなんて無いし、前回でも会社の同僚に貴重な休日を潰されて無理矢理付き合わされた挙句に浜辺で貝とか焼いて食った程度の思い出しか無いぞ。

 とは言え、それを今聞く空気ではないので結莉おれは黙っていた。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 駅ビルを出て、駅前の別のファッションビルに移った結莉おれたちは、今度は雑貨メインに見て回ることに。


「……ん?」


 そこで結莉おれは、ある人物を見かけてしまった。

 まさか、あいつは……。


「あれ? 小津おづくんじゃない?」


 綾乃が、エスカレーターを上がって行く小津に気づいて言った。


「ここって男性向けのショップあったっけ?」


「ひゃ、100円ショップに用とかじゃない?」


「なるほど」


 美香に結莉おれが慌てて返すと、納得してくれたようだ。


 結莉おれが焦った理由は、小津の目的がバレバレだったからだ。

 そう、このビルにはアニメグッズ系の店が入っていたのだ。

 小津のやつ、高校デビューのガードが甘過ぎるだろ……。

 そこで買い物を終えた小津と遭遇しなかっただけ最悪の事態は避けられたけどさ。


 美香たちはそれきりで小津のことなど秒で忘れたかのように再び自分たちの興味の赴くままに店内散策を開始する中、結莉おれだけは今後も小津と遭遇しないことを祈っていた。


 そんな結莉おれの祈りが通じたのか、結局その後小津と遭遇することは無く、結莉おれたちはカフェで遅い昼食がてら話し込んで今日のおでかけは終了となった。

 運が良かったな小津。

 て言うか結莉おれだけ気が気じゃなかったけど、これって結莉おれだけ気苦労で損してないか?

 だったら、この分の元は取らせて貰わないとな……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 翌日の月曜日。


 生理も先週で終わり完全復活した結莉おれは、先週での遅滞を取り戻すべく精力的に活動していた。

 積極的に美香以外の女子の輪にも入って行ってとりあえず話して友好度を上げる。

 ただ女子同士は早くも微妙に派閥グループの空気があるので、結莉おれの立ち位置的には美香グループに所属しつつも、きっかけがあれば他グループとも話すよ、と言うスタンスだ。

 幸いにも『美香グループ』と例えはしたけど美香自身にそう言う意識が希薄なのか他のクラスメイト女子たちとも普通に絡みまくっているので、そのおこぼれにあずかっていくと言う姑息な作戦ではあるんだけど。

 ただしそれはすぐ綾乃には見抜かれて「そんなに頑張らなくても大丈夫だから」と言われてしまった。

 もっとも、続けて「結莉ゆいりが困ってたら私が助けるし」と言ってくれたので、呆れられたわけではないようだ。

 美香も綾乃もこんなにイイヤツだなんて前回は気づきもしなかったし、初日にその二人から声をかけてもらえたことはどえらい幸運だったのかも知れないな。


 さて、それはそれとして俺は昨日の『貸し』を回収しなくてはならない。

 タイミングを見計らっていた結莉おれは、廊下に出た小津を追って話しかけた。


「ねぇ、小津くん」


「え? 桜庭さん?」


 結莉おれがオタクと言うのを知っているし前回のアクキーの件もあるので、ちょっと警戒してるのがわかるが、結莉おれは気にせず続ける。


「昨日、アニイトで見かけたよ」


「!!」


 勿論そこまで追いかけてはいない。ちょっとカマかけてみただけだ。

 さぁ、どう誤魔化してくれる?


「そ、そうなんだ。だ、だったら声をかけてくれれば、よかったのに……」


 アニメ的に例えると汗をダラダラ流してるような表情で小津はなんとかそう絞り出した。

 結莉こちらの見間違いだと誤魔化さず店に居たことはあっさり認めるのは好感触だぞ。


「なんか真剣に探してる感じだったから悪いかなって」


「い、いや、面白いって教えて貰った漫画が書店には置いて無くて、あそこだったらあるかなって……」


「そうだったんだ」


「う、うん、そうだから……」


 そうだから? 自分はオタクではないと言いたかったけど言い切れなかった感じか?

 もしかしてこいつ根が良くて嘘が吐けないタイプか? そんなんでよく高校デビューしようと思ったな。


「じゃあ次からは私や辻蔵つじくらくんに聞いてよ。ほら、部室に置いてあるかも知れないし。て言うか自由に同好会に遊びに来てくれてもいいよ」


「そ、そっか。じゃあ次からはそうするかもね……、そ、それじゃ……」


 小津はもう限界とばかりに胸に手を当てつつフラフラとその場を去って行った。

 地道な種蒔き、上手くいくといいな。


 さて用は済んだし教室に戻りますかときびすを返すと見知った女子が、結莉おれたちの話が終わるのを待ってとばかりに立っていた。


「えーと、ノリちゃんだっけ?」


「そうですけど、ノリちゃん呼びはやめてください。高坂こうさかです」


 そこにいたのは椿姫つばきの幼馴染の高坂こうさか典子のりこだった。


「あっ、ごめんなさい。姫ちゃんがそう呼んでたから、つい」


「やっぱりノリちゃん呼びでもいいです」


 意味がわからんっ!!


「……で、何かな?」


「今ここでと言うわけではなく、貴女にお願いしたいことがあるので放課後に時間をもらえればと」


「い、いいけど……」


 これってまさか呼び出しってやつ!? いきなり怖いんですけどっ!?

 何? 絶対これ椿姫絡みだよね?

 この週末に一体何があったんだっ!?


【第5話 終わり】

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