第6話-2

 服飾部から解放され、ふらふらと漫画アニメ同好会の部室に辿り着いた結莉おれ


「あっ、結莉ゆいりちゃん、おかえりー。長かったね」


 いや誰のせいでこんな目に遭ったと思ってるんだ。椿姫おまえのせいだよ! ……と口に出すのをぐっとこらえて結莉おれは答える。


「うん、高坂こうさかさんとの話はすぐ終わったんだけど、ちょっと他の手伝いとか頼まれちゃってて……」


 一応、結莉おれのコスプレはサプライズと言うことになっているので、こう誤魔化しておくことで典子とは話を合わせておいた。


「そうなんだ。結莉ちゃんお人好しだね」


 それって悪口じゃないよな? ないんだろうけど、お人好しなことを利用されてるようで引っかかる。

 そもそも俺はべつにお人好しではないんだ。

 ただ中味33歳おっさんとしての分別で周りに気を遣ってしまうだけなんだ。

 ここが高校生らしくはない所なんだと自覚はあるが、だからと言って高校生っぽく振る舞える自信は無い。

 普通に難無くこなしてるように見えるかも知れないけど、俺としては『女子』をやってるだけでもう常にキャパオーバーなんだ。


桜庭さくらばくん、来て早々だけど、実は霧山きりやまくんからゲームイベントの招待チケットを貰ったんだけど、君もどうかな?」


 席で一息つくや部長が言ってきた。


「ゲームイベント、ですか?」


「東京のビッグサイトで来月あるソシャゲメーカーが集まるイベントなんだって」


 瀬戸先輩が補足する。


「そのチケットを姫ちゃんから?」


「うん、事務所の先輩がトークショーに出るから、そのコネで招待チケットを貰ったの。私は事務所の人と行くから皆さん良かったらどうぞ」


「なるほど……」


「ちなみに結莉ちゃんは強制招待だぞ☆」


「それ『招待』じゃないよねっ!?」


「部長さん、結莉ちゃんは私と一緒に金曜の夜から前乗りするから、その分のチケットは他の人にあげてください」


「しかも一緒に前乗りってどう言うことっ!?」


「ホテル代は私が出すから心配しないでいいよ」


「むしろ逆に色々と心配になってきたよ!」


「ふむ、では残りの一枚は誰か心当たりがあれば誘うと言うことで」


 部長は正に他人ごととばかりに話を締めてるし。


「せっかく東京に行くなら、イベントの後、色々と見て回りたいですね」


「ああ、そのあたりは瀬戸くんに任せるよ。辻蔵くんも希望があれば瀬戸くんに伝えてくれたまえ」


「は、はい、考えときます」


「ちょっと待ってください! ナチュラルに私をハブってませんか?」


 俺だっての東京で行ってみたい所は色々とあるんだけど?


「でも桜庭くんの予定は霧山くんの意向次第だろ?」


 くぅっ……まるで結莉おれだけ生け贄にされた気分だよ!


「くふふっ♪ 結莉ちゃんを私のモノにする外堀が着々と埋まってるね」


「それは思ってても口に出すな!」


 椿姫コイツはいつかキッチリわからせてやらねばなるまいと思いつつも、それが出来る気はしない結莉おれであった……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 部活を終えた結莉おれたちは帰りのバスに乗っていた。


 その面子メンツは、結莉おれ、椿姫、航の三人だ。

 最後尾のベンチシートに、結莉おれを真ん中にして両脇に椿姫と航と言う並び。

 椿姫は結莉おれにピッタリ寄り添っているけど、航は結莉おれと30センチ以上は距離を取って座っている。


「そう言えば高坂さんに聞いたんだけど、来週の水曜に誕生日なんだって?」


 何も知らないていは逆に不自然なので、こちらから振ってみた。


「うん、4月23日生まれ、牡牛座のB型だよ。結莉ゆいりちゃんと辻蔵くんは?」


 あー、椿姫ってやっぱりB型なんだ。

 血液型別の性格なんて眉唾まゆつばとは言え、如何にもB型って感じだな。


「私は9月9日生まれ、乙女座のA型」


「ぼ、僕は1月15日生まれ、山羊座のA型」


「えー、二人ともA型でおそろいなの、ずるーい」


「いやA型は多いから」


 日本人の四割はA型だからな。

 つか結莉おれだけじゃなくちゃんとわたるのも聞くあたり椿姫は結構空気読めるよな。


「てわけで、プレゼントいただきます♪」


「要求するんかい!」


「その日は誕生パーティーするから結莉ちゃんは強制参加ね」


「そしてまたそれかい!」


 まぁ、さすがにそれに航は呼ばないか。

 と言うか、コスプレを披露することになってる結莉おれとしては、むしろ航を呼ばれたらマズい。


「て言うか、面倒なんでもうズバリ聞いちゃうけど、椿姫はプレゼントって何が欲しいの?」


「結莉ちゃん」


「て言うか、面倒なんでもうズバリ聞いちゃうけど、椿姫はプレゼントって何が欲しいの?」


「時を戻した!?」


 当たり前だ。そんなお約束のボケに一々付き合ってられるか。


「んー、私のことを思って買ってくれた物ならなんでも嬉しいけど」


「じゃあスーパーで沢庵たくあん買って持って行くよ」


「結莉ちゃん、私で沢庵が浮かぶの、さすがにどうかと思うよ……。辻蔵くんは真似しないでね」


「あ、う、うん」


 椿姫にため息まじりに返されてしまった。

 ん? でも、さりげなく航にもプレゼントを要求してる? ……それって大丈夫なのか?


 そんな一抹の不安をよそにバスは駅に着き、結莉おれたちは各々の家へと向かうべく別れたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



“桜庭さん 今 ちょっと通話いい?”


 珍しく? いや初めてか? 航からLINEが来たので、“いいよ”と返した。

 そして数秒後、着信。


『桜庭さん、夜にごめん』


「ううん、全然ー。で、何?」


『あれ? なんか声が反響してる?』


「うん、今、お風呂に入ってるから」


『わあぁっ! ご、ごめんっ!』


「ううん、バスタブに浸かってるから全然大丈夫ー。で?」


 ちょうど風呂でSNSを見てた時だったからな。

 自慰オナニーとかしてるタイミングじゃなくてよかったよ。

 あっ、一応明言しとくけど、もう毎日はしてないぞ?

 生理が明けて数日経ってもうすっかり『賢者モード』になったからな。

 いや、そんなことはどうでもよくて!


『じ、実は、霧山さんへのプレゼントなんだけど、何を買ったらいいか全然わからなくて……』


「それで相談に乗って欲しいってこと?」


「う、うん……」


 うん、わかる。だっておれだもん。

 当時のおれが女子へのプレゼントなんてまともに買えるわけがない。

 だったら……。


「じゃあ今週末、一緒に買いに行かない? 私も買うし」


『えっ? い、いいの?』


「よくない理由、無くない?」


 むしろ何がマズいんだ?

 一緒に居るところを誰かに見られて噂されたら恥ずかしいとか?

 おいおい、こんな美少女と噂されて恥ずかしいわけないだろ。むしろ誇れ。いや冗談だけど。

 とにかく結莉おれおまえの仲なんだし変な気遣いは無用だ。


『じゃ、じゃあ、よろしくお願いします……』


「はいはーい。んじゃ、またねー」


 こうして航との通話は終わり、週末の約束をしたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 それからの数日、結莉おれは毎日のように服飾部に呼び出されては仮縫いに付き合わされていた。

 ただし、放課後だと椿姫に怪しまれるので昼休みにだ。

 内緒にしときたいのはわかるけど、多分椿姫にはバレバレだとは思うけどな……。

 まぁ、どっちにしろ結莉おれがコスプレをしなければならないことには変わりないから、もうどうにでもなーれーだ。


 そんな日々を送り、遂に土曜日、航との買い物デーになった。


 今日の結莉おれの服装は、上はライトブルーのVネックセーター。いわゆる縦セタ。下は黒いプリーツスカートと言う組み合わせ。

 下はキュロットパンツにするか悩んだけど、スカートに慣れていかないとなってことで。

 あと、4月下旬にしては暖かい日和だったので、ストッキングとかは穿いてない。生足だ。

 まぁ、無難なところだな。

 ただ、セーターが気持ちスリムフィットタイプだったので、なんて言うか、こう、デカパイが目立つかも……。

 とは言え、もう待ち合わせの駅前まで出て来てしまったので今さら心配しても遅い。

 心配したら乳がしぼむわけでもないし、ま、なるようになるさ。


「桜庭さん、ごめん! お待たせ!」


 航が結莉おれを見つけて小走りにやって来た。

 とは言えまだ約束の時間前なんだけどな。

 おっさん時代のクセで遅くても10分前には待ち合わせ場所に着いてないと落ち着かない結莉おれが勝手に早く来ていただけで。


「じゃ、じゃあ、今日はよろしく──」


「待って」


「えっ?」


「せっかくだし、今日は辻蔵くんの初デートってシチュで予行演習してみない?」


「えぇっ!? そ、そんな、おそれ多い……」


 いやいや、同じ高校生のクラスメイトにそれは無いだろ。

 俺の意図としては、地道に少しずつでも航には女子に慣れて欲しいんだ。

 せっかく俺が結莉オンナなんだし、ここは有効活用しないとね。


「と言うわけで、はい、まずは相手の服を褒める」


「えっ、あっ、えーと……さ、桜庭さん、スタイル、いいね」


「それ、人によってはセクハラだから」


「あぁっ! ご、ごめんなさいっ!」


 服を褒めろと言ったのに、さては結莉おれのデカパイ生足フトモモにしか目が行ってなかったな? コイツ……。


「はい、やり直して」


「そ、そのセーターの色、す、す、すてきだね」


「ま、及第点か」


 結莉おれの判定に航が安堵の深いため息をついた。


「じゃ、行こっか。辻蔵くん、エスコートよろしく」


「えぇっ!? そんなこといきなり言われても……」


「私が相手なんだし失敗なんて恐れず、とりあえずやってみなよ。私は辻蔵くんのこと馬鹿にしたりしないから」


「わ、わかった。い、行こう」


 こうして結莉おれと航との『プレゼントfor椿姫 買い物ミッション』はスタートしたのだった。

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