第8話 事件現場はどこなの?

「ところで斎無さん、これからどこに行くのか聞いてもいいかな」

「そんなの決まってるじゃない」


 決まってるのか。いや何も考えずについてきた僕が文句を言える立場ではないか。


「玄間くん。あなたは事件が起きた時、まず最初に何をすべきだと思う?」

「え……? さ、さぁ……わかんないけど、警察に通報する?」

「ふふっ、二流ね」


 いきなり二流扱いされた。そもそも何の二流なのだろうか。まさか探偵として二流、とか言わないだろうな……。僕は探偵になったつもりなんかないぞ。


「ミステリー愛好家としては下の下だわ」

「僕はミステリー好きじゃないよ。読んでる小説のジャンルにミステリーが多いだけだよ」

「一番好きな『館』シリーズは?」

「僕はそもそも『囁き』シリーズ派なんだけど……。強いて言うなら『人形館』?」

「なるほど、よくわかったわ」


 今の会話で何がわかったと言うんだろう。僕の趣味趣向がわかったところで事件に関係があるとも思えないし、まさかこの会話が伏線になるはずもない。斎無さんが『館』シリーズ好きなんだろうなという情報は手に入ったが。


 ちなみに今僕が喋った内容は半分嘘だ。僕が本当に好きな小説は『霧越邸』である。『囁き』シリーズも大好きなのは本当だが、同じ作者の小説なら『霧越邸』が一番好きだ。

 ではなぜそれを斎無さんに言わなかったのかというと、単に僕が自分の内面を晒すことを良しとしないからだ。


 僕は陰キャだ。少なくとも一ヶ月前までは超のつく陰キャだった。そんな僕は知らず知らずの内に自分のことを他人に知られたくないという、謎の自意識過剰精神がこびりついてしまっていた。

 他人の顔色を伺うような卑屈なメンタルのせいで、自ずと本音を隠す言動をしてしまうようになった。単にオタク趣味を隠していると言い換えてもいいかもしれない。

 こういう考え方だと友達が出来ないなと、最近になってようやく反省している今日この頃である。


「斎無さんは『館』シリーズ好きなの?」


 せっかく斎無さんが話題を振ってくれたのだから、自分のことだけではなく斎無さんにも話題を振り返そう。

 会話とはキャッチボールだ。投げてもらったら投げ返さなければいけない。一方通行ではコミニュケーションは成立しない。


「私が好きなのは『御手洗』シリーズなの」

「作者違うじゃん……」

「もちろん『館』は大好きよ? 『水車館』とかが好みね。最後の場面は犯人に対して皮肉が効いてて好きよ」

「なるほどね。じゃあ王道だけど『十角館』はどうだった?」

「面白かったわ。とても素敵な小説だったわ。あれこそ叙述トリックの王道よね」

「叙述トリックで言うと他の作者さんになるけど他にも『予言の……」

「ねえ玄間くん。『叙述トリックのある小説』を紹介するって、中々傲慢な考えだとは思わない?」

「急にどうしたの斎無さん。それを言うならそもそも『館』シリーズだってそうじゃない?」


 もっと言うと『囁き』シリーズも含めて、同じ作者さんの小説は叙述トリックの傾向がある作品が多いと思うのだが。

 なぜ急に叙述トリックのある作品について語るのを止めたのだろう。そんなの、ネタバレされた時くらいしか怒らないような……まさか。


「読んだことなかったんだね。僕が言おうとした作品」

「この学校の図書室にあるから目をつけておいたのに。玄間くんが叙述トリックがあるって言うから楽しみが減ったじゃない」

「それは……ごめん。僕が悪かったよ、本当にごめん」


 ネタバレは罪である。それは小説だけではなく、あらゆる娯楽に対して言えることだ。最近では漫画の違法ネタバレ画像をSNSに投稿して、訴訟されるなんてニュースになっていたような記憶がある。それは内部リークとかに対する訴訟だったっけ。

 まあとにかく僕が言いたいことは、相手の了承を得ずに一方的に内容をネタバレしようとしたのは、よくない行為だった。これは共通の話題を見つけて早口になるという、僕の陰キャとしての悪いところが出てしまった。

 相手の気持ちを考えず一方的に喋るのはコミニュケーションとは言えない。さっき気をつけたはずなのに、もう失敗してしまった。猛省しなければと少し気落ちする。


「……ところでなんで僕たち、ミステリー小説の話をしてたんだっけ?」


 ◆◆◆


「ここが現場よ」


 斎無さんは部室棟のある場所にまで僕を連れてきた。部室棟は運動部の部室が集まっている屋外の小さな二階建ての建物だ。サッカー部と野球部が使う第一グラウンドの近くにある。

 校舎裏の第二グラウンドを使うラグビー部やその他運動部の部室も、この

 の部室棟にある。第二グラウンドまで遠く、校舎をひと回りしないといけないとか、テニスコートと正反対の位置にあるとか、不満が溜まっているらしい。


 らしいという曖昧な表現なのは、これらの情報を斎無さんが教えてくれたからだ。ちなみに斎無さんはクラスメイトから聞いて、クラスメイトは同じ中学出身の先輩に聞いたらしい。

 又聞きした情報を鵜呑みにするのはよくないが、部室への不満くらいだったら多少なりともみんな思っていることだろう。僕は部活に所属したことがないからわからないけど。


「現場って何の?」

「事件の現場に決まっているでしょう。あなたは事件の現場にいかない探偵がいると思うの?」

「安楽椅子探偵なんかは現場に行かないと思うよ」

「玄間くん、それはフィクションよ。これは現実の事件なんだから」


 やれやれといった顔で溜め息を吐かれた。さっきまで散々ミステリーの話をしていたのに、急に梯子を外すような真似をしてくるじゃないか。


「やっと話が繋がったよ。斎無さんはつまり、事件が起きたらまず現場に足を運ぶべきって言ってたんだね」

「ミステリー小説の話題に逸れてしまったのは忘れてちょうだい。少し喋りすぎちゃったから」

「僕は楽しかったけどね。誰かとミステリーの話するの初めてだし」

「私はネタバレされかけて傷ついたわ……」

「だ、だからごめんって。悪いことしたよ」

「ふふ、冗談よ。本当はもう読んでるのよ。その本」

「えぇ……」


 じゃあ僕は意味もなく謝罪して反省したのか。斎無さんはなぜそんな意味のない冗談を言うのか、全然理解できない。こっちは自分の性格を見つめ直したり、結構罪悪感を感じてたんだけど……。


「からかってみたかったのよ。玄間くん、かわいいから」

「そ、そう……」


 かわいいと言われて嬉しい男子はあまりいない。いるかもしれないが、僕は違う。言われるならかっこいいの方が断然いい。そして僕自身はかっこいいという概念から遠く離れているので、永久に言われることはないと思う。

 百歩譲ってかわいいと言われても不満がないとしよう。だがこの場合の『かわいい』は、からかった時の反応が面白いという意味だ。つまりイジリがいのあるやつと言われているも同然だろう。

 陰キャの僕にとってイジられることは苦痛だ。馬鹿にしているわけではないと理解しているものの、あまり面白い気分ではない。イジられキャラをやっている陽キャの人たちは世渡りが上手そうで羨ましい。僕は逆に、絶望的に世渡りが下手な性格に違いない。


 こんなことでウジウジ悩む僕を他所に、斎無さんは部室棟を眺めている。


「ねえ、現場を見て何か気付くことはある?」

「え? 特にないけど……強いて言うなら静かだね」

「放課後だもの。部活はもう始まってるから、運動部は着替え終わって部室にはいない。だから静かなのは当然よ」

「うーん……」


 事件現場を見て気付くことと言われても、そもそも僕は何の事件なのかも知らないのだ。いやタバコに関する事件なのはわかっている。だがタバコの何に関する事件なのか、僕は全く知らないことにようやく気がついたのだ。


「斎無さん、今更申し訳ないんだけど事件の内容ってどんなものなのかな」

「そういえば言ってなかったかしら。この事件は『タバコの吸い殻発見事件』よ」

「また随分と残念で安直なネーミングだね……」

「仕方ないじゃない。これが一番わかりやすいんだもの」


 そりゃわかりやすいけど、もうちょっと上手いこと事件の名前をつけられないものかな。『不始末煙草事件』とか。これだとタバコの火を消し忘れたという意味になるか。斎無さんに文句を言えるほどのネーミングセンスは、僕にはないらしい。


「吸い殻発見事件って言うからには、先生が怒ってたのはタバコの吸い殻が見つかったからなの?」

「間違いないわ。『タバコを吸ってるやつがいる』って曖昧な言い方だったけどね」

「ちなみに根拠はあるのかな」

「今日の昼休み、ここでタバコの吸い殻が見つかったって情報が入ってきたのよ」

「誰から?」

「職員室の先生たちが話ていたわ。私、五時間目の授業が終わった後、用があって職員室に行ったのよ。その時教頭先生が言ってたのをしっかりと聞いたわ」

「なるほど、情報の一次ソースはあるわけだ。それじゃあ間違いなさそうだね」


 教頭先生が言ってた……つまり先生たちは全員タバコのことを知っていると思っていいだろう。そして生徒指導が『タバコを吸ってるやつがいる』と言い切ったからには、生徒が犯人だとわかる証拠があったわけだ。

 それがここ、部室棟にあると斎無さんは言っているのだ。いよいよもって僕とは何の関係もない事件のように見える。だって僕はタバコなんか吸わない。そんな不良生徒のような真似はできない。

 さて、斎無さんはどうして僕をここに連れてきたのだろうか。僕はぼんやりと制服のポケットに手を突っ込んで考えてみた。だがどう考えても僕がこの事件に関係あるようには思えないのだった。

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