エピローグ
第21話 斎無紗奈絵
玄間くんと出会ってから数日が経つ。彼はとても不思議だ。他のクラスメイトとはどこか違う、不思議な雰囲気がある男の子。
● 四月八日──斎無紗奈絵
初めて彼を見た時、私は驚いた。清潔感のある外見、少し遊びを入れたヘアメイク、第一印象は普通の高校生の男子といった印象だった。
けれど彼の様子は少しおかしかった。何がおかしいのか言葉に出来ず、モヤモヤした。そのおかしい部分は、クラスの中ではきっと私しか気付いていない。
自己紹介の時から、私の中で玄間くんへの疑念は加速していく。
「えー……玄間です。よろしく、お願いしますー……。あー、好きなものは……色々あります。仲良くなれるよう頑張りますー」
まるで覇気のない自己紹介だった。彼の自己紹介は自分の出身中学や趣味、その他一切を明かさない、極端に情報量の少ないものだった。
それだけなら別に疑念を抱くほどじゃない。他のクラスメイトの中にも、やる気のない自己紹介をする人は何人かいた。
おかしいのは、最後の言葉だった。「仲良くなれるよう頑張ります」と彼は言った。ほとんど内容のない挨拶の中で、私はこの言葉が何故か引っかかる感覚がした。私の中の勘が、探偵の閃きが、彼に何かあると感じさせた。
「……ぇ。……ゃべぇ……」
隣の席から、聞き取れるかどうかギリギリの囁きが聞こえた。顔を動かさずに視線を向けると、玄間くんが机に頭を下げていた。
体調が悪いのかと思ったけれど、すぐに違うと分かった。彼の顔は赤くなっていた。脂汗が額に浮かんでいた。
「マジで最悪だ……。初日からこれで大丈夫か……? やべぇ……」
訳が分からなかった。彼はしきりに、独り言をブツブツと呟いていた。隣の席だから聞き取れたけど、どうやら独り言の内容は自己紹介の内容に対する反省のようだ。
今の内容で反省をすることは無いのではと私は思った。だって、彼の話したことは全く情報が無いものだったから。中身の無い挨拶をして反省をするなら、最初から中身のあることを言えばいいだけだ。
私は何故、彼がこんなにも苦しそうな顔をしているのかが不思議で仕方ない。
私は興味本位で彼に話しかけることにした。単純に体調が悪い可能性もあり、心配だったのもある。
「ねぇあなた、大丈夫?」
「……ゃべぇ……最悪だ……いや大丈夫か? ……はぁ」
私の言葉など聞こえておらず、完全に自分の世界に入っていた。この瞬間私は確信した。
この人には何かあると。
その後、椅子をギシギシと揺らしている態度を見ると、さっきまでの脂汗は引いていた。
今度は冷めた顔で、周りを見ていた。それが他のクラスメイトの自己紹介の間、ずっと続いていた。
おかしい。彼の言動と態度は明らかに矛盾している。自己紹介で反省したかと思うと、他の人の自己紹介は興味のなさそうな様子で椅子を揺らしている。
前半は内気で臆病なようで、後半はガラの悪い不良のような様子。行動に一貫性がまるで無い。
◆◆◆
「……はぁ。疲れた……」
意味不明だ。まだ最初の休み時間なのに、彼はフルマラソンを走り切った走者のように疲弊しているのだ。
集団生活が苦手? 人の視線が嫌い? 考えられる可能性はいくつかあった。彼の外見からは想像つかないけど、そういう人もいるかもしれない。
けれど私の予想は外れることとなる。
「よー! 俺、立川。席近いよな、よろしく」
「あー、うん。僕は玄間」
「俺は蒲田。よろしくぅー」
「え、なに? 席近いやつ同士で仲良くなる感じなん? 俺も混ぜろよー」
「お前、誰やっけ」
「ひどっ! 石川だよ! さっき自己紹介したやん!」
「あぁ、中南中学やっけ? じゃあお前、不良なん?」
「偏見ひどいわ! しばくぞ?」
「やっぱ不良やん!」
「冗談やけ、魔に受けんなって!」
休み時間中、玄間くんは席が近い男子と会話をしていた。どうやら人嫌いとか、対人能力が苦手といったわけではないみたいだ。
それでは、先ほどのあの態度は一体何だったのか。私は余計に不思議に思った。
「どうしたの斎無さん?」
「……いえ、何でもないわ。あなたは確か、西中の花岡さんだったわね。隣の人は尾崎さん」
幸い、私も早速友人が出来た。近くの女子数人が話しかけてくれたけど、みんな優しくて楽しい人たち。
高校受験の時期は、中学の友達も塾の知り合いもみんなピリピリしていた。こんな普通の同級生の友達は久しぶりだ。
「えー! もう覚えてくれたのー!?」
「斎無さん、記憶力すごー!」
「記憶力には多少自信があるの。特技は神経衰弱よ。中学の頃、修学旅行で全勝したわ」
「そこは受験じゃないんだ!?」
「ふふ、冗談。暗記系のテストは得意。けれど体育とかは苦手だわ」
「えー意外。斎無さん、身長高いしスタイルいいから、何かスポーツしてると思ってたのに」
「毎日犬の散歩について行ってるから、それで健康なのかも」
「ワンちゃんいるの? 羨ましい!」
「てか犬を散歩に連れていくんじゃなくて、ついて行ってるんだ」
「トイプードルなのだけれど、もう最高に可愛いわ。私の方がメロメロだもの」
「あはは、斎無さんおもしろー」
そうやって話していると、どんどん他の生徒も会話に加わってくる。私は人よりも容姿が整っている自覚はある。
そして祖父譲りの銀髪が、日本人には珍しく思われることも理解している。
だけどそんなことはどうでもいい。外見は話しかけてもらえる切っ掛けにはなっても、それから友達になれるかは自分の努力次第。
「斎無さん、ハーフ?」
「クォーターよ。祖父が外国人なの」
「だから銀髪なんだ〜。超キレイなんだけど」
「てか斎無さん、なんで手袋してるの〜?」
「これ? 変よね、でも着けなきゃダメなのよ」
「どうして? あっ、もしかして怪我とか……?」
「全然そんなことじゃないの。これは……推しと同じ手袋なの」
本当は推しという言葉はあまり使いたくないのだけれど、会話をスムーズにするために敢えてそういう言葉を使う。
「マ? 斎無さんそういうグッズ買う系?」
「母におねだりしてお小遣い前借りして買うくらい」
「ガチじゃん、やばー」
「え、推しってアイドル? それともゲーム系?」
「恥ずかしいのだけれど、小説のキャラクターよ。かっこいいのよ、そのキャラ」
単純に好きな小説のキャラクターの真似をしているだけなのは秘密だ。
公式グッズの手袋じゃないし、ただの市販の革手袋だ。見た目が似ているから買っただけ。
推しという言葉は、こういう時に便利だと思う。
「意外とオタク系なんだ。えー私も推しグッズ超買うよー! アクスタとかめっちゃ揃える!」
「私の推しはそういうグッズが出ないから、羨ましいわ」
「分かるよっ! 私の推し、冷遇されてるからグッズ出ない……。今度のフェスでグッズ出て欲しい〜」
正直私とみんなの会話が噛み合っているかといえば、噛み合っていない。
けれど別にそれで問題があるわけじゃない。共通の話題を見つけて盛り上がる。それだけで会話は楽しいものだ。
そのはずだ。けれど……
「玄間、お前好きなゲームとかあるん?」
「ゲーム? ええと、何だっけアレ。CMやってるやつ、ほらパズルの」
「あれか。え、やってんの? フレンドならん?」
「あー、ごめん。スマホの容量足りなくてさ。消しちゃった」
「うわーマジか!」
玄間くんの会話を盗み聞きすると、彼のおかしな部分がまた見えた気がした。
彼は友達から振られた話題に答えはする。しかし、全く深掘りをしない。
普通、自分がやっているゲームの名前を忘れるだろうか。恐らく彼は嘘をついている。
本当はゲームなんてしてないけど、話題を振られたからには答えないといけない。そしてCMでよく見かけるゲームと具体性に欠けた返事をした。
そして実際にやっている友達がいると、そのゲームは既にやってないと言う。
おかしい。まるでこれじゃあ、自分の素性を知られたくないみたいだ。
玄間くんは怪しい。周りのみんなは気付いてないけれど、私は彼をマークすることにした。
●四月十二日──斎無紗奈絵
「玄間くん、あなたはとても不思議だわ……」
金曜の夜、私はベッドで横になっていた。考えているのは、相変わらず玄間くんのことだった。
これまでいくつかの事件を通して、玄間くんについて分かったことがある。
それは、彼が中学まで友達がいなかったこと。人付き合いが苦手なこと。高校入学に合わせて外見を大きく変えてみたこと。
なるほど、友達を作りたいから高校デビューした。よくある話ではあった。
けれど解せない点があった。
友達を作りたい割には、彼は全然友達に興味を持ってない。
友達の趣味に関心を示さない。会話に楽しみを見出さない。
まるでノルマのように、コミニュケーションを取っているだけに見えた。
私の頭には、ある仮説が出来上がっていた。
それは、玄間くんはそもそも他人に関心がない。
自分を変えようと高校デビューしたけれど、人嫌いを直そうという素振りが見えない。
課されたノルマだから、仕方なく友達を作った。そんな印象を受ける。
「まるで狂人だわ」
玄間くんは目立つことが嫌いだと言う。その割には外見をオシャレにしているし、授業中は肩肘をついて退屈そうにしている。
周りの女子からは「玄間って、ちょっと怖くない?」「え? あの感じちょっと好きなんだけど」「どんな人か、よく分からないよねー」という評価に本人は気付いてないだろう。
はっきり言って、目立っている。ぶっきらぼうでクール系と思われてるらしい。
もっともモテているというよりは、ミステリアスな人として話題に出ているようだ。
彼女たちに玄間くんの本性を教えたら、どんな反応をするだろう。
「まぁ、教えてやらないけど」
玄間くんの不思議な雰囲気、それは人間嫌いが無理矢理他人と交流しようとするのが原因なのだろう。
以前、西中出身の女子に聞いたことがある。「中学の頃の玄間くんってどんな感じだった?」と。
すると「えっと、覚えてないんだよね」「ずっと無口で喋んなくて」「一人で行動するのが好きっぽかった」と返って来た。
玄間くんの自己評価と、周りの印象の違い。
玄間くんは今まで友達がいなかったと言っていた。それは内気で陰気だからではなく、そもそも玄間くんに友達を作る気が無いのではないか。
それが私の推理だ。
だからその推理を確かめるために、私は彼にアプローチをかけてみた。
私の趣味、生活、個人情報を教えて、共通の趣味であるミステリー小説を薦める。
図書室の一件のことだ。
あれは玄間くんの人間性を見極める、謂わばテストの様なものだった。
彼に他人への興味があるのか、ないのか。あるならば、どんな行動を取ってくるのか。
色々と悩んでいたようだけれど、結果的に彼には他人への興味、関心はあった。
いや、正確にはようやく芽生えたように見えた。
その相手が私であること。
そのやり方が私好みのものだったこと。
私は柄にもなく嬉しくて笑ってしまった。これはどういう感情なのだろう。
今もこうやって玄間くんのことを考えている。これは多分、興味本位の観察対象なんかじゃない。
これはきっと……
玄間くんは、私の探偵活動には欠かせない人だ。事件があるところに彼がいる。まるで疑われてほしいとばかりに、事件のあちこちに彼の姿がある。
「あなたは、私にとっての……」
ワトソンじゃない。彼は助手じゃない。玄間くんはいつだって容疑者なのだから。
だから敢えて彼を表す言葉なら……。
「あなたは私の、モリアーティ……かしら」
私にとって玄間くんは、フィクションから飛び出してきたキャラクターみたいな存在だ。
色褪せた現実に咲く、猛毒の花。
高校生活に欠かせないパートナー。あなたと私は、探偵と犯人。
「これからも、よろしくね。玄間くん」
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