第22話 斎無さんは冴えてない

 斎無さんはとても不思議な人だ。

 容姿はさることながら、人並外れた観察眼は僕のような凡人とは比べるべくもない。

 実情はともかくとして、名探偵を自称するだけはある。それは間違いない。


 現に彼女はこの一週間で、三つもの事件を解決直前まで進めた。結果的に推理は的外れだったわけだけど、それにはきちんと理由があった、

 斎無さんは度々僕を犯人だと疑ってかかった。その根拠も示した。だが事件の真相は肩透かしな事実ばかりで、現実はミステリーみたいに上手くいかないと思ったことだろう。


 だが僕は違った。僕は明確に、斎無さんに勝ったのだ。

 実のところ、斎無さんが僕を疑ったのは的外れというわけではない。僕には疑われるだけのがあった。

 しかし彼女は最後までそれを見抜けなかった。それは間違いなく、僕の勝ちと言っていいだろう。


 改めて言っておくが、三つの事件の犯人は僕じゃない。屋上の件は僕が犯人だとバレたが、それに関しても斎無さんとの知恵比べに勝ったと思っている。

 僕は犯人じゃない。正確に言えば、実行犯は僕じゃないというのが正しいだろう。

 僕は一言で言えば、事件の黒幕だ。

 ……順を追って話そう。


 ◆◆◆


 ●椅子すり替え事件


 最初に起きた事件である『椅子すり替え事件』は、犯人は佐藤くんということで決着している。だが、実は僕は最初から自分の椅子が壊れていると気付いていた。

 自己紹介をする前から、僕は自分の椅子の様子が変だと思っていたのだ。新学期初日ということもあり、不安と緊張で頭がどうにかなってしまいそうだった。自己紹介が終わり、椅子に座った時、違和感に気付いた。


 ギシ……ギシ……


 不穏な音が足元から鳴った。僕は確かめるべく、自分の重心を動かしてみた。するとやはり、あの不快な音が鳴った。


 ギシ……ギシ……


 確信した。僕の椅子は壊れている。最初は緊張から体が震えていると思っていたが、数回も確かめれば原因が椅子の故障だと気付いた。

 もっとも、そこで椅子が壊れてるなんて言い出す勇気はなかった。だから僕は、周囲の人に気付いてもらえるように、椅子を揺らし続けた。

 側から見れば不審な行動に見えたに違いない。だがその時は、目の前の不快感を取り除きたい思いでいっぱいだった。

 新学期初日からこんな不運に見舞われるとは……。


「……ゃべぇ」


 気付けば僕は声を漏らしていた。せっかくの高校デビュー初日に、幸先の悪い出来事が待ち受けていたのだ。気分は下がる。

 僕が中学まで撮り続けた行動。それは周りに話しかける勇気がない僕にとって、唯一の自衛方法だった。


 僕は困ってます。そう周りにアピールをすること。要するに構ってちゃんアピールをすることだった。

 もっとも友達もいない僕がそんな行動を取っても、不審に思われるだけだ。どうしよう、どうやってあの椅子を交換しよう。そんな考えが頭の中に蠢いていた。


 天啓が降りたのは昼休みだった。立川くんたちに学食に誘われた時、一度は断ろうとした。陰キャの僕は友達と学食に行くことに抵抗感を覚えた僕は、初日は弁当を食べようとしていたのだ。

 しかし僕が迷っていると、クラスメイトが僕の机にやってきてこう言った。


『なぁ、この机つかっていい?』


 これだ! 今思えば、あれが佐藤くんだったのだろう。僕は彼の申し出を快く受け入れ、机を貸すことにした。

 そして一つ、彼に忠告を残しておいたのだ。


「あの、さ。僕の椅子壊れてるみたいだから、気をつけてね」

「え、そうなのか。先生に交換してもらえば?」

「いや、なんか……。言い出しにくいっていうかさ……」

「そっか。じゃあ俺が先生に言っといてやるよ」


 この時、僕はまさに救われた気分になった。実際昼休みを終えると僕の椅子は全然ガタガタしなくなった。

 あの運動部っぽい見た目の男子が、先生に言って変えてくれたんだな。そう思い、午後からは安心して授業を受けた。


 だからこそ、放課後の斎無さんのことは寝耳に水だった。

 僕の椅子が斎無さんと入れ替わっていた。そんなことがあるとすれば、あの男子のせいに違いない。

 だが確証もない。第一、席を貸すことを了承したのは僕だ、その結果、斎無さんに迷惑をかけたのなら、原因は僕にある。

 だから斎無さんに僕が犯人だと言われて、思い当たることがあったから、ああして動揺してしまった。

 実際には僕は椅子の入れ替わりには関わっていない。だが限りなく黒だと言える立場だった。僕は自分と、そして運動部っぽい男子(後の佐藤くん)に罪を着せられないように必死に斎無さんの推理に立ち向かうハメになった。


 結果的に僕の行動は斎無さんにバレることなく、佐藤くんの善意によるものだったという形で解決したが、この事件の大元を辿れば僕が黒幕とも言える。


 ◆◆◆


 ●タバコの吸い殻発見事件


 タバコの吸い殻発見事件。あれも僕は犯人じゃない。けれど、事件の引き金を引いたのは紛れもなく僕だ。

 伏線はあった。学年集会後に蒲田くんが僕のことを心配してくれていた。『てか玄間、大丈夫なん?』あれがそうだ。

 実はあの日の朝、立川くん・石川くん・蒲田くんは僕の制服からタバコの匂いがすると知っていた。正確には僕から情報を明かしたのだが。


「どしたん玄間、なんか元気ないやん」

「大学生の兄さんが帰ってきてさ、僕の部屋でタバコ吸ったんだよ。ほら、クサイでしょ……」

「うっわ、新品の学ランなのにもったいねぇ」

「ドンマイ。消臭剤かけときな」

「朝目一杯かけてきてこれだよ……」


 という感じの会話をしていたのだ。自分が不利に思われる情報は隠すべきか、それとも早々に開示しておくべきか。

 僕の中の天秤が傾いた結果、最初に事情を説明しておくことにした。後から先生に怒られても、彼らに助け舟を出してもらうつもりもあった。


 だが実は、匂いの原因はそれだけではなかった。僕はあの日、しきりに制服のポケットに手を突っ込んでいた。それはポケットに手を入れる必要があったからだ。

 兄が悪戯のつもりか灰皿代わりにしたのか知らないが、僕の制服のポケットにタバコの吸い殻を数本入れていたのだ。

 消臭剤は制服の上から振りかけるものだ。ポケットの中にまでかけるものじゃない。当然、ポケットの中には消臭しきれてない吸い殻が残っているわけだから、匂いは残っている。

 僕は先生にバレてしまわないか、心配だった。


 そして、僕はある計画を実行したのだ。昼休みに職員室の裏手の喫煙ゾーンに潜り込んだ。理由はもちろん、吸い殻を捨てることだ。

 新学期初日に学食から教室へ帰る時、先生たちがそこで喫煙しているのを見ていたことで思いついた計画だ。

 僕は昼休みが始まってすぐ、弁当を食べ終えると、その喫煙ゾーンが見える位置までやってきた。先生たちがタバコを吸っていた。

 そして昼休み終了のチャイムが鳴った瞬間、先生たちが次の授業の準備のため喫煙ゾーンから立ち去った後、僕は喫煙ゾーンの灰皿にポケットに入っていた吸い殻を捨てた。


 証拠の隠滅が成功して、晴れ晴れとした気分で教室に戻った僕は、学年集会が始まるまで自分の落ち度など全く気が付かずに過ごしていた。

 自分が捨てた吸い殻がどんなものだったのか、わかってなかったのだ。


「お前らん中にタバコ吸ってるヤツがおる!」


 生徒指導の安達先生が怒っていた時、僕は自分は無関係だと思い込んでいた。タバコを吸っているヤツがいる、なるほど不良がいるもんだなくらいに考えていた。

 しかしその後、斎無さんと事件の捜査を進める内に、タバコの吸い殻が見つかったことが事件の原因だと知った。

 この時、僕の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。もしかして、安達先生が怒っていたのは部室棟のタバコの吸い殻じゃなくて、職員室の裏手の吸い殻のことじゃないか。


 だとしたら、犯人は僕だ。このままでは、関係のないサッカー部が事件の犯人にされてしまう。焦りが急速に湧き出してきて、吸い殻を捨てたはずのポケットに手を入れて探してしまう。


 斎無さんは事件の真相は、安達先生が自分のタバコの吸い殻だということを忘れていただけと結論づけた。

 だが果たして本当にそうだろうか。僕は違う可能性を考えていた。斎無さんも、あの時の職員室の会話をもっと疑うべきだった。


 部室棟にあった吸い殻は、おそらく安達先生のものだろう。

 教頭先生が怒っていたのも、そのことについて間違いない。

 だが、学年集会で安達先生が怒っていたタバコの吸い殻は、果たしてどの吸い殻のことを言っていたのだろうか。


 斎無さんは知らなくて、僕しか知り得ない情報がある。それは安達先生や他の先生たちのタバコは紙タバコで、僕の──正確には僕が捨てた兄のタバコは加熱式タバコということだ。

 これは斎無さんに教えてもらって、初めて分かったことだ。だから昼休み時点の僕は当然そのことを知らなかったのだが、今ならわかる。


 職員室の裏手の灰皿に、先生たちが吸わない加熱式タバコの吸い殻があった。だから安達先生は生徒が犯人に違いないと思ったのではないか。

 僕たち一年生を疑ったのは、斎無さんの言う通り誰にでもあんな言い方をしていただけという可能性もある。

 だがもし、僕が吸い殻を捨てるところを誰かに見られていたら……? 

 うちの高校は学年毎に上履きの色が違う。顔は分からなくても、どの学年の生徒かは判別がつくのではないか。


 その事実に気付いた時、僕はひたすらに絶望した。あの事件が終わった後も、先生たちに呼び出されないか心配している。

 ようやく金曜になって、何事もなく一週間が終わることに安堵したのは、実のところそれが大きかった。


 斎無さんは僕を疑っていたようだけど、半分以上は当たっていたのだ。だが制服から微かにタバコの匂いがする程度で僕を犯人だと言うのは、少しばかり根拠が弱かった。

 斎無さんは発見された吸い殻が紙タバコだと知っていた。そしてそのタバコが吸われたのはおそらく昼休みだ。

 放課後にわずかに残る程度の匂いしか感じ取れないのなら、紙タバコは選択肢から除外され、加熱式タバコが候補に上がる。つまり、僕は犯人にはなり得ない。


 もっとも、ひょっとすると学年集会の原因は僕なのかもしれないと思うと、斎無さんが僕を疑ったのもあながち間違いではなかったのだ。


 ◆◆◆


 ●屋上開放事件


 三つ目の事件、あれは僕が犯人だった。

 だが、斎無さんは大きな勘違いをしている。僕が斎無さんの机に入れた鍵、あれは実は屋上の鍵じゃない。

 屋上の鍵は最初からずっと、職員室にあったのだ。


 佐藤くんに鍵を借りたのは真っ赤な嘘だ。第一僕が佐藤くんたち陽キャと絡めるはずがないし、鍵なんてくれるはずがない。

 斎無さんの机に入れたのはダミーの鍵だったのだ。僕が掃除を担当している廊下、正確にはで手に入れた、空き教室の鍵だ。

 タグがないのは、使用していない空き教室のタグなど入れる必要がないからだろう。


 僕は掃除の時間、周りの様子を伺いながら、鍵を入手出来ないかチャンスを狙っていた。おかげで掃除に集中出来なかった── 僕なんて自分が何を掃除していたのかも覚えてない。雑巾を絞ったのは覚えてるんだけど──


 空き教室は基本的に鍵が開きっぱなしだ。そこから鍵を入手することなど、容易い。


 僕は空き教室の鍵を斎無さんの机に放り込み、彼女に事件の捜査をするよう誘導した。いずれ職員室のキーボックスに確認に行くと予想はついたからだ、

 職員室で斎無さんがキーボックスを見た後、僕は空き教室などの使わない鍵が保管されたキーボックスを発見し、そこで空き教室と屋上の鍵を入れ替えたのだ。

 中学で職員室の掃除をしたことがあり、似たような管理方法だったから実行出来た犯行だ。実に幸運だった。


 本物の屋上の鍵を手に入れた僕は、何食わぬ顔で屋上の鍵を開けた。鍵の違いに気付かれないように、素早く鍵をポケットに入れた。

 あとは職員室に返しに行けば完璧だ。屋上での会話が終わった後、自分の教室の鍵を回収して一緒に返しに行けばいいだけなのだから。

 教室に僕らの荷物を置いて、まだ生徒が残ってるとアピールしておいたのもこのためだ。最後に自分たちで鍵を閉めて、職員室に鍵を返す準備をしていたのだ。


 斎無さんは僕を犯人だと早々に見破ったけれど、犯行を見抜けなかった。


 確かに、斎無さんはずば抜けた観察眼がある。だが名探偵にはなり得ない。やはり迷探偵だ。

 斎無さんへ興味を持つという目的を持って、僕が本当にやりたかったのは、彼女の好きな小説のシチュエーションの再現ではない。

 彼女が名探偵を自称するのなら、僕はそれを確かめる義務がある。それがお互いを知り、興味を持つということではないだろうか。


 今回は僕の勝ちということだ。

 こうやって誰かに興味を持つことは初めてだった。


 この一週間、彼女と探偵ごっこをしてわかったのは『斎無紗奈絵は冴えてない』


「これからもよろしく、迷探偵の斎無さん」

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迷探偵斎無紗奈絵は冴えてない taqno(タクノ) @taqno2nd

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