屋上開放事件

第14話 日常の鬱憤と放課後のひととき

「立川、お前やばいって。ソシャゲのガチャに五千円も使ったのかよ」

「最高レアリティ確定ガチャだから、全然普通だっつーの。お前も課金したよな、蒲田」

「そうやね、俺も課金したわ。ゲーム売った金で課金したわ」

「蒲田も課金したん? マジやべーな、俺もやってみようかな、そのソシャゲ」

「オモロイからやれって! お前もどうよ、玄間」

「えっ? 僕?」


 立川くんら友達グループで会話していると、ふとこういう場面に出くわす。知らない話題についてふられた時が、一番反応に困る。立川くんたちは、どうやらソシャゲ──スマートフォン向けのゲームについて話しているようだった。

 僕は普段、ソシャゲで遊ばない。ゲームが嫌いというわけではない。ただ単に読書が趣味なだけだ。そして読書は時間を多く取る趣味だ。家に帰って宿題とか次の日の準備をやった上で本を読むと、他の趣味に時間を割けなくなる。要は優先順位の問題だ。

 昨日、『タバコの吸い殻発見事件』で斎無さんに指摘されたことだが、僕は時間の使い方が下手なのだ。だから読書とソシャゲを両方消化するなど、器用な真似はできない。


「僕もやった方がいいのかな……そのゲーム」

「ぜってーやった方がいいって! マジこのソシャゲ神だから!」

「やめとけ玄間、このゲームマジでクソゲーだから。時間と金の無駄やん」

「蒲田それな。俺も今日インストールしたら、明日からやらねーかも」

「なんだよ、蒲田も石川もノリわりーな! お前は違うよな玄間?」


 僕にとって、この会話は非常に息苦しいものだった。元々興味がない話題について意見を求められ、更にはグループ内で意見が食い違っている状況だ、石川くんと蒲田くんはやらない方がいいと言っているが、それも冗談のように思える。ひょっとして僕もやった方がいいのか、など言葉の裏を読んでいるうちに時間が過ぎていってしまう。

 しかしここで無言のままだと、場の空気を凍らせてしまうだろう。僕は必死に周りの空気に合わせた言葉を考える。しかし口に出すのはあくまで平静に、ゆっくりとした口調でなければならない。ボソボソだったり早口過ぎてもダメだ。陰キャっぽくない、普通の高校生らしく……。


「やれたらやるよ」

「それ結局やらないやつー!」


 あははは、とグループの中で笑いが起きる。僕も立川くんたちに合わせて笑い声をあげてみた。口元も笑みを浮かばせて、目も柔らかく細めてみる。

 今の返答でよかったのだろうか。空気が読めないやつだと思われなかっただろうか。そんなことばかり考えて、心の中では全然笑えてなかったのである。


 ◆◆◆


「はぁ……疲れた」


 放課後、僕は図書室に来ていた。一人になりたかったのだ。友達付き合いというものは存外疲れるものなんだなとこの一週間で痛感した。誰かと一緒にいるのに疲れたのだ。一人になってゆっくりしたい、そんな思いから気付けば図書室へ足を向けていた。

 図書室は人が少なかった。三、四人の生徒と図書委員がいるだけで静かである。部屋は結構広くて、本が多かった。しかし普段図書館や図書室なんて行かないから、うちの学校の図書室が広いのか判断がつかない。中学や小学校の図書室より広いのは確実だが、他校と比べるとどうなのだろう。


「あ、転生系ラノベもある」


 最近流行りの異世界転生系のライトノベルが棚に置いてあった。学校の図書室はお堅い本しかないとばかり思っていたけど、それは僕の偏見だったらしい。他にはどんな本が置いてあるのか興味が湧き、僕は本棚を徘徊することにした。

 どうやら流行の本は一通り揃えてあるようだ。これはかなりいい品揃えではないか? と思わぬ収穫に心の中でガッツポーズをした。これから毎日、放課後は図書室に通うことになりそうだ。

 しかしメインディッシュはまだだ。僕の好きなジャンルはミステリーだから、そちらの品揃えも確認しなければならない。本は作者の名前順に並べられている。


「今村……今村……あった」


 なんと『屍人荘』だけでなく、『魔眼の匣』も『兇人邸』も置いてあるではないか。僕はまだ読んだことがない『明智』が無いのは残念だが、シリーズものはある程度揃えてくれてるようで嬉しい。

 しかしお目当ての『明智』がなかったので、僕は違う作者の本を探すことにした。さてどの作者の本を探そうか。

 一応僕の好きな作者の本も探してみたが、どれも読んだことのある作品ばかりだった。人気なんだなと嬉しい反面、まだ読んだことのない本と出会いたかった気持ちもある。

 好きな本の一冊『最後の記憶』も置いてて、僕はその本を手に取った。個人的に『囁き』シリーズと同じくらい好きな作品だ。主人公の鬱々とした内面描写に共感したのだ。あれはミステリーというより、ホラーかもしれないけど、読んでいく内に寂しさと悲しさで情緒がグチャグチャになってしまった名作だ。

 お気に入りの一冊『最後の記憶』を本棚に戻して、次に探す本を求めていると……


『私が好きなのは『御手洗』シリーズなの』


 昨日斎無さんが言っていたことが頭によぎった。『御手洗』シリーズとなると、作者は『島田』だ。僕はサ行の本を探すことにした。

 なぜ斎無さんの言葉を思い出したのだろうか。『御手洗』シリーズなら僕も何冊か読んでいる。ただ、ページ数が長過ぎて読むのに時間がかかり、次第に別の本を読むようになってしまった。図書室なら毎日通えるし、本を借りることも出来る。気になる本があれば借りてみよう。


「し……し……しまだ……あった。『占星術』は読んだことあるから次は……」


 本を探す指が止まってしまった。困ったことに本のタイトルがバラバラで、どれが『御手洗シリーズ』なのかわからないのだ。こういう時はスマホで調べるに限る。僕はスマホを取り出して調べようとしたが──


「図書室はスマホ禁止よ」

「は、はいっすみません……って、斎無さん? どうしてここにいるの」


 声をかけてきたのは迷探偵斎無紗奈絵が僕の真後ろに立っていた。いつも思うけど、後ろからいきなりじゃなくて、普通に話しかけてくれないかな……。


 ◆◆◆


 僕たちは本を取って机に座ることにした。人も少ないし、小声で話すくらいなら問題ないだろうと斎無さんに勧められたのだ。


「さすがは斎無さん、もう図書室には来てたんだね」

「昨日言ったでしょう。ここの図書室にある本に目をつけてるって」

「ああ、そういえば言ってたような……」

「玄間くんに勧められた本『予言の島』を借りてたのよ」

「あれ、でも既に読んでるって言ってなかったっけ」

「あれは嘘、読んだことないわ。でもああ言わないと玄間くん、罪悪感で大変なことになってたでしょう?」

「それは、そうだね……。じゃあ結局斎無さんは僕に気を遣ってくれたんだ」


 時折斎無さんという女の子がわからなくなる。めちゃくちゃな面もあれば、気遣いのできる美少女という面もある。どっちが本当の彼女なのかわからなくなって、それが気になってしまう。こういうのを魔性って言うんだろうか。

 いや僕が人の顔色を見るのに敏感で、複雑に考えてしまうだけなんだろう。斎無さんが深い考えのもと行動したとも限らない。


「あら、『御手洗』シリーズの『挨拶』を借りたのね。センスがあるじゃない」

「あ、いや……、タイトルに『御手洗』って付いてたから取ってみただけなんだけど……。どれがシリーズ作なのかわからなくて……」

「玄間くんは『占星術』は読んだことある?」

「うん。ついでに『異邦の騎士』と『暗闇坂』もね」

「面白いでしょ、『御手洗』シリーズ。私のお気に入りよ」

「うん、当時の日本の空気とか感じられて、結構面白いよ。『異邦の騎士』は犯人の大胆な計画と、切なさがすごかったよね。でもこのシリーズって、ちょっとページ数が……」

「そこは面白ければ気にならないページ数だと思うわ。あなたの好きな『館』シリーズの作者だって、前後編で千ページを超える作品を出してくるじゃない」

「『暗黒館』とか『Another』とかね。確かに面白かったからすぐ読み終えた記憶があるよ」


 言われてみると、僕は一年間に八十冊は小説を読む。これが多いか少ないかはわからないが、その中には分厚い小説もある。別になんてことない、とまでは言わないが、読めない量では決してない。


「その『挨拶』だって、決してページ数が多い方ではないわ」

「じゃあ、どうして読むのに時間がかかるんだろう?」

「一ページに文字がたくさん詰められているからじゃないかしら。玄間くんにとって、情報量が多いと読むのに時間がかかるのかもね」

「なるほどぉ。そういうことか」


 読んでる本のページ数ではなく、文章量は気にしたことがなかった。もしかしたら、今僕が手にしている『挨拶』も他の同じくらいのページ数の小説に比べると文章量が多いのかもしれない。


「オススメよ、『挨拶』は。私が好きなエピソードが入っているから」

「短編集なの? どの話が好きだったりする?」

「それは読み終わるまで秘密。感想を語り合えるのを楽しみにしてるわ」


 言い終えると斎無さんは本の虫になってしまった。ページを読み進める手が早い。なるほど僕とは読書スピードが段違いだ。僕は文章を頭の中で映像化しながら読むから、その分時間がかかってしまう。その代わり、鮮明にイメージが出来るから悪いものでもない。僕は僕なりの読み方で小説を楽しもう。そう思い、本の表紙を捲るのだった。

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