第15話 あなたの趣向
放課後の図書室でのどかな読書タイムを送っていた僕だったが、夕方の六時になり、図書委員が図書室の鍵をジャラジャラと鳴らし始めたので、僕は帰ることにした。
ほんの二時間くらいだったが、学校で穏やかな時間を過ごせたのは僕にとって救いだった。これから毎日、ここで読書をしよう。そう決心する。
「じゃあ、僕は帰るよ。じゃあね斎無さん」
「あなたは少々、他人に興味がなさすぎるわ」
図書室から帰ろうとした時、突如斎無さんに言われた一言は僕の心に深い一撃を与えた。なぜそんなことを言われなければならないのだろう。確かに僕は他人に関心がないけど、それを直球に指摘されるのは悲しい。
「いきなり何なのさ……」
「帰り道、同じでしょう?」
「そうだっけ」
「今週だけで二回一緒に帰ったわよね。忘れたなんてセリフは許さないわよ」
「ごめん、忘れてた」
「許さないって言ったわよね?」
いやだって、ここで僕が肯定的な言葉を選んだら、一緒に帰る空気になってしまうじゃないか……。
斎無さんと一緒に帰るのが嫌とかじゃなくて、僕の心のカロリー的に今日はお腹いっぱいなのだ。友達グループと会話をして、自分なりにボケを入れて、放課後に図書室で読書をした。それで今日の行動力を消費し切った。
あとはもう、一人になって自由に過ごしたい。だから一人で帰りたい。そんな細やかな願いも臨んではいけないのか。
「今日は見たいテレビがあるから……」
「じゃあ急いで帰りましょう」
「いやえっと、自転車の調子が悪くて……」
「暗くなる前に帰らなきゃね。さあいきましょう、玄間くん」
「えぇ……強引すぎだよ斎無さん……」
読んでいた本を棚に戻そうとしたが、斎無さんが睨んできた。どういう意図の睨みだろうと思ったけど、斎無さんの視線が僕の持ってる本にあるとわかった。この本を返すな、借りて帰れと言いたいのだろうか。
僕はしぶしぶ図書委員に本を借りたい旨を伝えた後、バーコードを読み込む機械相手に苦戦している図書委員を眺めていた。本を借りたいと言うだけで緊張するなぁ……。
本を借り終わって鞄に入れて、さてようやく帰れるぞと解放された気分になった僕は、斎無さんが僕のことを忘れて先に帰ってくれてないかなと期待したが残念ながらまだ机にいた。
斎無さんは本を読むために外していた手袋を着けて、帰り支度をし始める。ちなみに手袋の下は普通の手だった。怪我の痕もなく、手入れされた指の、綺麗な手だった。
つまり普段から黒革の手袋をしているのは、手を隠したいとかではなく、完全にファッションだということになる。夏とかどうするんだろうとかどうでもいいことを考えながら、僕は図書室の扉を開ける。斎無さんは無言で僕の後ろを歩いている。事件の時は僕の前を歩いている斎無さんが、後ろにいるのが少し変な感覚だった。
◆◆◆
「ねぇ玄間くん、あなたは図書室で何の本を読んでいたの?」
「わかってて聞いてるよね……。斎無さんにオススメされた『御手洗』シリーズの『挨拶』だよ」
「話題を振ってあげてるのよ。逆にあなたに聞いて欲しかったくらいだわ」
「気が利かなくてごめんね。それで、斎無さんはどんな本を読んでたの」
「『霧越邸』よ。『館』シリーズの作者の小説よ」
ドキリとした。斎無さんが読んだ小説が、僕の好きな小説だったから。
このドキリというのはロマンチックなものじゃなくて嫌な感覚のドキリだ。
「ど、どうしてそれを……」
「だって、好きなんでしょ?」
「…………」
「沈黙は肯定ってよく言うけど、あなたほどわかりやすい反応はそうそう無いわね」
そう、このドキリはよくない時の……。後ろめたい隠し事を言い当てられる時の感覚だ。まるでミステリーの探偵に自分の犯行が看破された時の……。
「どうしてって聞きたそうな顔ね」
「数秒前に聞いたよ……どうしてわかったの」
「簡単よ。私は一度『霧越邸』を読んだことがあった。『タバコの吸い殻発見事件』の時にあなたの好きな小説を聞いて、きっと『霧越邸』も好きに違いないと推理したのよ」
「だからどうして、僕がその本を好きだってわかったのさ」
「簡単よ。だってあなたが好きと言った小説はどれも、主人公とヒロインがいい雰囲気になる小説だもの」
今度はギクリとした。ドキリの後にギクリ、ますます追い詰められた犯人みたいな気分になってくる。
なぜ僕は、本の趣味を当てられたくらいで動揺しているのだろうか。それはひとえに僕が陰キャだからだ。陰キャはプライベートなことを晒すのが嫌いだ。自分の内面を明かすことが大嫌いだ。そんな行為は自分の弱点を教えるようなもので、百害あって一利なしと思っている。
僕の内面を明かして、それでイジられたり、周りから変わったヤツと思われるのが嫌だ。だからいっそのこと、自分のことは話さないでおこう。そんな考え方をしている。そりゃ友達も出来ないよな……。
「さ、『囁き』シリーズは違うよ……」
「鎌をかけたけど、見事に引っかかってくれたわね。動揺しすぎて不審に見えるわ」
「か、鎌をかけたの!? じゃあ推理したっていうのも嘘?」
「嘘じゃないわよ。あなたは『霧越邸』とか好きそうって思ったのは本当。純粋に面白いものね。あと『Another』や『最後の記憶』とか好きって言ってたでしょ。『御手洗』シリーズだと『異邦の騎士』も。あなたが好きな小説の傾向が分かりやすすぎるのよ」
ビックリだ。ドキリからギクリのあとは、まさかのビックリである。斎無さんはまさか、本当に名探偵なのか?
それともこれもハッタリなのか。次の僕の反応を見て、鎌かけか推理か言い換える手法なのだろうか。相手に二択の回答を迫って、そのどちらも自分の優位に立てるようにする会話テクニックなのかもしれない。
僕は自分の手の内を明かさないように、慎重に言葉を選ぶ。
「『館』シリーズも好きだし、『御手洗』シリーズも好きだよ。名作ばかりだしね」
「あなたが好きなのは『人形館』だったわね。ほらやっぱり、あなたの好きな本には共通点がある」
「共通点……? そんなもの、あったかな。単に有名な作品を並べただけのように思うんだけど」
「あなたが好きな小説には大きく分けて三つの傾向がある」
三つの傾向……? 僕の読書趣味にそんな傾向があったのか。自分でも把握していないことを、なぜ斎無さんが分かっているのだろうか。疑問に思ったけど、僕は話の続きを促した。
「一つ、あなたは地の文が一人称の作品が好きね。読む時に没入感が湧きやすいから、これ自体はよくある話ね」
「言われてみれば、三人称視点の本は読むのに時間がかかるかも……」
「二つ、主人公とヒロインという形式の作品が好き。『異邦の騎士』や『Another』『最後の記憶』や『人形館』『暗黒館』色々あるわね。『屍人荘』シリーズとか好きなんじゃない? 『予言の島』もそうね」
「『霧越邸』も主人公とヒロインの関係が好きなんだ……」
僕は小説を読む時、何に重きを置くか。トリックとか動機とか犯人とか、そういったミステリーの話ではなく、小説全般もっといえば漫画やゲームも含めて娯楽全般を楽しむ時に重視しているのは、キャラクターだ。
キャラクターが気に入ればその作品が好きになるし、続きが気になる。もちろんストーリー自体も面白くなければ、続きを読むことはない。僕にとって創作のキャラクターこそ、空想の世界に導いてくれる案内人だ。彼らが魅力的に思えるほど、空想の世界への憧れが強くなる。そして物語に夢中になれるのだ。
主人公とヒロインが恋仲になる、いやならなくても読んでて甘酸っぱい思いをしたり、切なくなるような作品が大好きだ。『小市民』シリーズもキャラクターに惹かれて読んでみて、ストーリーも面白くて全巻読破した。
だがこれは斎無さんの言う、僕の好きな作品の傾向でいうとまだ二つ目なのだ。最後の要素はいったい何なのだろう。気付けば僕は斎無さんの話に夢中になっていた。
「三つ、あなたの好きな小説の主人公はメンタルが不安定なキャラクターが多い」
「あっ……」
「どう? 『囁き』シリーズや『人形館』、『最後の記憶』や『暗黒館』なんてばっちり当てはまるでしょう? あなたが『御手洗』シリーズで唯一好きな『異邦の騎士』もそうね」
「なるほど……うん、なるほどとしか言えないよ。自分でも気付かなかった……」
「玄間くんはメンタルが傷付きやすいから、こういう作品に共感しやすいんじゃないかしら」
「あー……」
「普段から自分のダメさを心の中で呟いてたりしない?」
心当たりが多すぎる……。
「以上の結果から、あなたが『霧越邸』も好きである可能性が高いと判断したわ」
「そ、その通り……だよ」
「どう? 私の頭脳は冴えてるでしょ」
「うん、凄いよ。本当にビックリした」
迷探偵とか言ったことを詫びなければなるまい。しかし過去二回、迷探偵っぷりを発揮しているから、まだ帳消しにはなってない。僕の中の評価はしばらくは迷探偵の斎無さんのままだ。
駐輪場まで到着して、自転車の鍵を開ける時、ふと思った。
「ところで斎無さん。結局どうしてわざわざ一度読んだことのある本をまた読んだの?」
斎無さんはぽかんと口を開いたまま、しばらく黙っていた。そして口元に手を当てて考えると、ふぅと溜息をついた。
「最初から言ってるでしょう。話題を振るためだって」
「それは図書室から出た時の話だよね。僕が聞いてるのは、図書室に来た時の話だよ」
「今言った通り、最初から話題を振るために読んでたのよ」
斎無さんは顔を背けて髪を撫でていた。それがどういう感情からきた行動なのかわからないけど、つまり斎無さんは僕の好きそうな本だからという理由で、既読の本を読んだというのか。
それは一体、どうして? いや理由なら言っている。斎無さんは僕と話すための話題を作ろうとして、『霧越邸』を読んだのだ。僕と話すために……?
クラスのアイドル斎無さんが、わざわざ僕なんかのためにそんな行動をした。その事実が理解できなくて、僕は裏の事情でもあるんじゃないかと疑念を抱いてしまう。
「なによ……さっきみたいな会話も……楽しかったでしょ?」
頬が朱色が染まった斎無さんは、いつもと違い年相応の少女の顔をしていた。僕は素直にかわいいなと思った。あの斎無さんが僕と話すきっかけを作るために、こんなことをしてくれたのが、何だか嬉しかった。
僕は友達と話す時は、自分が周りに合わせるから……。彼女の方から僕に歩み寄ってくれたことが、とても嬉しかった。
「普通は僕の方から歩み寄るべきだよね……」
「あなたが自分から女子に話しかけられるほど、社交性があるとは思ってないから大丈夫よ」
最後で台無しだよ、斎無さん……。
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