第13話 不完全燃焼解決
「ねえ斎無さん。結局この事件ってさ……。というかこれ、事件ですらなかったけど……なんだったの、これ?」
「玄間くん、事件の真相がわかってハッキリしたわ。安達先生は要注意人物よ。あの人の言葉を魔に受けると、こっちが空回りするだけだわ」
「うん、空回りしたって認めるんだね。また僕を犯人って疑って違ったわけだけど、それについて言うことあるよね」
「さすがは玄間くん、いい感じに犯人っぽい動きをしていたわ。さすがは私の認めた犯人役ね」
「言い残す言葉はそれでいい? じゃあ僕、帰るね」
「冗談よ、ねぇ、待って、待ちなさい」
誰が待つものか。いやこれだと犯人っぽいな。こんなところにいられるか、僕は帰らせてもらう……これだと被害者っぽいか。平穏な高校生活を望む僕に相応しいセリフはないだろうか。犯人でも被害者でもない、一般人らしいセリフ……そうだ!
「何はともあれ、これで一件落着ってことで」
「それは探偵か刑事のセリフじゃないかしら」
うげっ……それは嫌だ。どうやらセリフ選びを間違えてしまったようだ。
◆◆◆
「……で、こうして帰り道でまた自転車を押してるわけだけどさ」
「偶然ね。数日前と同じシチュエーションだわ。まるで何かの暗示かのようね」
「帰り道が一緒なだけだよ」
「あなたと私が一緒に帰ること自体が、とても不思議だとは思わないかしら」
言われてみれば確かにそうだ。僕と斎無さん、クラスで地味な男子と学年のアイドル、この二人が一緒に下校すること自体が謎である。組み合わせを間違えているとしか思えない。
もっともそれで僕が嬉しかったり、ドキドキしているかと問われれば、答えはノーだ。僕は今、ひたすら疲れている。事件とも呼べない出来事に巻き込まれて、犯人と疑われて、疑ってきた人物と一緒の帰り道を歩いている。僕にとって、美少女と一緒にいる事実よりも、疲れの方が勝る。
斎無さんはそれほどにイレギュラーな存在なのだ。日常の中に佇む非日常、存在するだけで僕のメンタルカロリーがオーバーしそうになる。そんな女の子である。
「飲み物はそれでよかったかしら」
「うん、美味しいよ……い◯はす」
事件の詫びということで、斎無さんに飲み物を奢ってもらった。これで二度目である。入学して一週間足らずで二度も美少女から飲み物を奢られるなんて、日本中を探しても中々お目にかかれない経験をしている。
そんな経験をして、果たして人に自慢できることなのかは疑問だけど……。なにせお詫びの品として奢られているのだ。一週間に二度も迷惑をかけられたと考えると、ラッキーとは言えない。
チビチビと水を飲み、自転車を押す。帰り道はひたすらに長い。僕の家は自転車で三十分ほどかかるのだが、それは自転車を漕いだ場合だ。今僕は自転車を手で押している。徒歩とほぼ変わらないスピードだ。こんな調子だと、家まで一時間、いやもっとかかるかもしれないなと思い、軽く目眩がする思いだ。
陰キャの僕は、学校にいる時間が苦痛で仕方がない。別に学校に行くのが嫌なわけではない。中学の頃は苦痛で仕方なかったけど、今は話す友達がいて楽しい。楽しいのだけど、気を遣ってしまう。それで気疲れして、早く家に帰りたいと思ってしまう。家に帰っても別にやることなどないし、実家に帰省してきた兄がまだいるから逆に学校より疲れそうなのだが、それでも家に帰りたいと思ってしまう。
思うにこれは陰キャ特有の帰巣本能ではないかと思う。十五年間陰キャだった僕は、自分の住処から一歩外に出ると、それだけでメンタルが削れるのだ。こういった性格も直さなければ、友達と遊びに行くだけで疲れてしまいそうだ。もっとも、休日遊んでくれる友達などいないのだけど。
「はぁ……。やっと一日が終わった……」
気付くと僕は、横に斎無さんがいることも忘れて、そんなことを呟いていた。しまった、根暗な発言だったかなと思ったが、斎無さんは特段僕を変な目で見るようなことはしなかった。
「玄間くん、勘違いしてるようだけど学校にいる時間よりも、家にいる時間の方が長いのよ。今は夕方の十八時、あなたが家を出るのは朝七時前くらいかしら。十二時間以上も時間があるのよ。一日の半分以上残っているじゃない」
「それは考え方の違いだね。家に着くのが十九時だとして、そこから夜飯と風呂、宿題なんかをしたら、二十一時から二十二時くらいになるね。僕は二十三時半までには寝るから、自由に出来る時間は一時間から二時間程度しかないよ」
「玄間くんらしい、ネガティブな考え方ね」
二時間で趣味を満喫できるかと言われれば、難しいと言わざるを得ない。趣味のミステリー小説を読むだけで時間が溶けるように無くなる。僕は本を読むのが遅いから一時間で五十ページ、多くても百ページしか読めない。続きが気になるのに寝なければならないのだ。そんな欲求不満を抱えたまま、翌朝を迎えなければならない。
「時間が無限にあればいいのに……」
「限られた時間をどう使うか、それが面白いんじゃないかしら。無限に時間があれば、人間は怠惰になるわ。そういう生き物なのよ。だから限りある時間で、やりたいことをやる方が楽しいわよ」
「それは斎無さんが、ポジティブな人間だからだよ。僕はもう、学校にいるだけで疲れて仕方がないし、家だと気が抜けてダラダラと過ごしちゃうかな」
斎無さんは行動力が高い。それこそミステリーの探偵のように、次々と行動を起こしている。僕には真似できない行動力だ。それが眩しく感じることもあれば、気後れしてしまうこともある。
「でも玄間くん、放課後はとても楽しそうだったじゃない」
「え……?」
斎無さんの何気ない一言で、僕は不意を突かれたような気分になった。
「気付いてないの? 事件を捜査するときのあなたは、とてもイキイキしていたわよ。あなたもやっぱり、非日常を求めているということね」
「僕が……楽しそうにしてた……?」
そんなことはない。ないはずだ。だって僕は斎無さんの探偵ごっこに巻き込まれて、困惑して過ごしていたのだ。そこに楽しいなんて感情があっただろうか。少なくとも僕自身はそんな風に思っていなかった。
「事件の謎がひとつずつ明らかになる度に、あなたは次の謎を解き明かしたいと必死になっていた。それはあなたが謎を──非日常を求めているからよ」
「……そんなこと、ないよ」
「どうかしら。あなたも事件を楽しんでいたように見えたけどね」
「違うよ……ただ僕は、わからないことが多すぎて、ほったらかしにするのも嫌だったから……」
「探偵の素質ありね。でも残念、探偵役は私よ」
「いや別に探偵をやりたいわけじゃないから。僕が求めてるのは平穏な日常だよ、謎なんて求めてないんだ……」
「本当かしら。その言動が怪しいわ」
確かに普通の高校生は平穏な日常が欲しいなんて言わないのかもしれない。そんなことを言うのは非日常側の人間か、もしくは痛い厨二病だ。なんてことだ、これだと僕は斎無さんと同類ということになってしまう。
「楽しかったんでしょう、今日の事件」
「楽しかった……かというと、違うと思う……」
自分の心に問いかけてみても、返ってくる答えは緊張と困惑だけだった。今日の『タバコの吸い殻発見事件』に付き合っている間、楽しいという感情は湧いてこなかった。斎無さんに制服の匂いで斎無さんに疑われたら嫌だなとか、そんな考えしか湧いてなかったはずだ。
だが斎無さんは少しも譲らない。僕が楽しんでいたという主張を取り下げるようなことはしなかった。
「あなたは謎に魅入っている。こちら側の人間なのよ」
「すごい痛々しいセリフなのに斎無さんだと様になるな……」
「改めて言うわ。これからも私と一緒に……」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃない」
どうせ「これからも事件を捜査してね」と前回の『椅子すり替え事件』の時と同じセリフを言うつもりだったに違いない。それなら先手を取って断りを申し出るに限る。
「中々強情ね。でもそんなところもカワイイ」
「あんまり褒め言葉に感じないんだよね、それ」
「まあいいわ。今日のところは引きあげましょう。また事件が起きた時は、よろしくね」
「まだ事件が起きるの……? っていうか今までのも事件じゃなかったよね?」
「合言葉はそうね……『謎の匂いがする』でどうかしら」
「勝手に話を進めないでよ。あとそんなに格好良くないよそのセリフ」
今日の事件の始まりでも言ってたけど、もしかして決めゼリフにでもするつもりなんだろうか。僕は絶対に言わないぞ、そんなセリフ。
「それじゃあ玄間くん、また事件の匂いがする時に会いましょう」
「普通に学校で会うよね」
僕のツッコミも間に合わず、斎無さんは自転車に跨って帰ってしまった。自転車を漕ぐ姿も美しい。こうして見ると本当に美少女なんだけどなぁ……。
その場に残された僕は、ポケットに手を入れて立ち尽くしていた。今日のタバコ事件、どうやら大事にならずに終わったようでよかった。
斎無さんも去り、無事に一日が終えたことに安堵する僕なのであった。ちなみに家に着いたのは十八時半で、思ったより時間に余裕があった。僕は斎無さんの言っていたように、寝るまでの時間をどのように過ごすか、少し意識してみた。その結果、読んでいたミステリー小説も無事読み終えて、満足感を持ったまま就寝することが出来た。
斎無さんの言うことは、事件に関すること以外は基本当たってるなと寝る前に少し笑みを漏らしてしまった。
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