第9話 目撃者はあなたね?

「先生たちによると、タバコが発見されたのは午後二時頃らしいわ」

「また微妙な時間だね。午後二時っていうと五時間目の授業の途中だ」

「そう、だから発見者は授業中にタバコの吸い殻を発見したのよ」


 それはそうだろう。だが今の話を聞いてて疑問が浮かんでくる。発見者は誰かということだ。午後二時、五時間目の授業中にタバコの吸い殻が発見された。それはわかった。だが誰が見つけたのか。先生の誰かだろうか?


「発見者は一年生の男子らしいわ。体育の授業の時に見つけたんですって」

「へえ、それはまた不思議だね」

「そうね、私も不思議に思ってるわ」


 僕も斎無さんも同じことを考えてるようだ。そう、僕たち一年生はまだ部活に入っていないのだ。うちの学校は入学してから部活動を始めるまで、一週間の猶予期間が設けられている。

 確か「我が校は進学校のため、学業に重きを置いている。部活動と両立するのは構わないが、まず学校生活に慣れてもらい、その後部活動も並行してやっていけるか本人の判断に任せる」みたいなことを説明された。

 進学校という割にはうちの高校は偏差値が特別高いわけでもなく、進学率が特別高いわけでもない。普通の県立高校である。

 僕でも入学できるくらいの難易度だから、まあ本当に進学校としてやっているわけではない。建前というやつなのだろう。


「一年生が部活動を開始できるのは来週からだよね。つまりタバコを発見した一年生は部活に所属していないわけだ」

「それなのになぜ授業中に部室棟に来ていたのか……。それが不思議よね」

「うん、不思議だ。ねえ斎無さん、体育の授業って簡単に抜け出せるような雰囲気だっけ」

「全然そんなことないわ。だって体育の先生は、あの生徒指導の先生だもの」


 そうだ、学年集会でタバコについて怒っていたあの先生こそ、体育の先生こと安達先生なのである。学年集会ではあんなに怒っていた安達先生だが、授業中でもそれは怖い。準備運動の時も「お前ら気合いが足らん! こんな学年初めてや!」とブチ切れている。

 中学の体育教師も大声で怒鳴る先生がいたから、体育教師というのはみんなそうなのだろうか。いやまさかそんなことはないだろう。結論を出すにはサンプル数が少なすぎる。たまたま僕の周りの体育教師が怒鳴る人が多いというだけだ。それはそれで最悪なんだけど。


「安達先生は主に男子の授業を受け持ってるわ。そしてタバコを見つけたのは男子生徒。どうして発見者はあの怖い先生の授業を抜け出して、部活棟なんかに来たのかしら」

「まさかサボリじゃないだろうし、どうしてだろうね」

「謎だわ。とても不思議ね。でも謎には必ず理由があるはずよ。発見者が部室棟に来る必要があった、理由がね」


 僕もそれには同意だった。理由もなく怖い先生の授業を抜け出して部室棟に来るなんて、普通はしないだろう。例えばこれが不良生徒だったら授業を抜け出してサボることもあり得たかもしれない。

 だが発見者は先生にタバコの吸い殻が落ちていたことを報告しているのだ。不良生徒がそんなことを報告するだろうか。

 つまり発見者は一般的な生徒である可能性が高い、と僕は考えている。だからこそ不思議なのだ。なぜ体育の授業中に部室棟なんかに来たのかわからない。


「これは難しい問題だね」

「可能性ならいくつか浮かんだけど、それって私の推測でしかないし、それを証明する術もないわ」

「可能性って?」

「例えば……授業に使う道具か何かが部室棟に置いてあって、発見者は先生に頼まれてここまで取りにきた。その時偶然タバコの吸い殻を発見したとか」

「うーん、あり得そうだけど……。どうなんだろうね」


 斎無さんの言う通り、現場ではその考えを証明する術がない。はてさてどうしようかと悩んでいる僕だったが、斎無さんは現場である部室棟からスタスタと離れていく。


「どこ行くの斎無さん」

「決まっているでしょう。現場は確認した、なら次は目撃証言を聞きに行くのよ」

「目撃者ってタバコを発見した生徒のことだよね。でも一年の男子ってことしかわからないよ?」

「いいえ、おおよその検討はついたわ。ついてきなさい」


 斎無さんはそう言い切ると、足早に現場を立ち去る。僕はまだ全然理解が追いついておらず、どんどん遠くなる斎無さんの後を慌てて追いかけるのだった。


 ◆ ◆ ◆


「あなたが目撃者ね」

「え? え? なにが?」


 第一グラウンドのゴールポスト、サッカー部の練習場所に僕たちはいた。目の前には知らない男子生徒がいる。彼は斎無さんの突然の訪問、そして詰問に困惑していた。


「一年五組の山本くん。あなたが五時間目の授業中、部室棟でタバコの吸い殻を発見した。間違いないかしら」

「え、ああ。俺が見つけたけど、てか誰……君ら?」


 いきなり知らない女生徒にこんなことを言われて、さぞ混乱していることだろう。なんだか数日前の自分を見ている気分だ。僕の場合は目撃者ではなく、犯人として話しかけられたけど。

 ところでこの目撃者ことサッカー部員の彼は一年生の山本くんというらしい。なぜ一年生の彼がサッカー部で練習しているのか。僕には全くわからないし、なぜ斎無さんが山本くんを目撃者であるとわかったのかも謎である。そこら辺の説明をしてほしいものだ。


「ねえ斎無さん……。全然事情がわからないんだけど……どうして彼が目撃者だってわかったの……?」


 ヒソヒソ声で隣の斎無さんに質問をする僕。知らない人と目を合わせて会話などできないので、必然的に僕が話せる相手はこの場に斎無さんしかいない。だが結果的に山本くんを無視するような形になってしまった。山本くん視点だと僕への第一印象はさぞ悪いだろうなと思う。


 そんな僕の葛藤も山本くんの困惑も他所に、斎無さんは一人で解説を始めた。一応僕の疑問に対する説明はしてくれるらしい。


「まず五時間目に体育の授業があったのは、一年五組と六組の二つだったのよ。これは各クラスの教室の時間割を確認すればわかることよ」

「なるほど、うちの学校は体育は二クラスが一緒にやるんだよね。五組と六組が一緒だったわけか」

「そして生徒指導の先生であり体育教師である安達先生、彼はこのサッカー部の顧問でもあるわ」

「そうだったんだ。教師って大変なんだね、そんなに多くの役職を兼任しなきゃいけないなんて」


 将来は教師にだけは絶対なりたくないと思う僕なのだった。これに保護者の相手などもしなくてはならないとか、激務とかそんなレベルじゃない。世の中の先生たちに感謝しなくてはならない。

 それにしても安達先生がサッカー部の顧問だったなんて知らなかった。知ってたらここについてこなかったのに。まさか今この場にもいるんじゃないかと、途端に緊張してきた。周囲をざっと眺めた感じでは、今はいないようで少し安心した。


「ところで山本くん、一つ質問があるの。どうしてあなたは体育の授業中、部室棟なんかに行ったのかしら」

「え? ああ、アレを取りに行ったんだよ」


 山本くんはなぜそんなことを聞いてくるのか、といった様子で説明をする。


「体育の授業って専用の運動靴履かなきゃいけないだろ。学校指定の白い運動靴」

「うちの学校ではそうだね。中学の頃は自前の靴でよかったんだけど、高校だと上履きと一緒に運動靴も買わされてびっくりしたよね」

「なぜ私を見て答えてるの玄間くん。ちゃんと山本くんの目を見て話しなさい」


 いやだって、山本くんっていかにも陽キャな見た目しているし……。僕なんかが話しかけたらダメかなって……。


「体育の授業用の運動靴を取りに、なぜ部室棟なんかに行ったの?」

「シューズバッグってあるだろ、運動靴を入れるための小さいバッグ」

「あるわね。運動靴を買った時に一緒に買わされたわ」

「俺も初日はシューズバッグに体育の運動靴を入れてたんだけど、段々面倒臭くなってコレを入れるようになったんだよ」


 そう言うと山本くんは自分の履いているシューズを指さした。サッカー用のシューズのようで、授業で使う白い無地の運動靴とは真逆の、赤い派手なシューズだった。


「シューズバッグにサッカーシューズを入れていたってことね。じゃあ運動靴は部室棟に置いていたってことかしら」

「そうそう。でさ、このシューズで体育の授業に出たら安達先生めっちゃキレてさ。さっさと運動靴取ってこいって言ってきたんだよ」


 なるほど。山本くんは元々運動靴をシューズバッグに入れていたけど、持ち運びが面倒になって部室棟に置きっぱなしにした。そして空いたシューズバッグに毎日部活で使うサッカーシューズを入れるようになった。そして体育の授業で運動靴を部室棟に置いていることを忘れて、サッカーシューズのまま授業に出た。こういう流れなのかな?

 確かに体育の運動靴はデカいし重いし、いちいち持ち帰るのも面倒だ。学校に置きっぱなしにするにしても、デカいからロッカーに入れようにもスペースを取る。下駄箱は通学時に履いていた靴を置いてある。机のフックに掛けようにも、デカくて邪魔だ。

 なるほど部室に置きっぱなしにするというのは、確かにいい案かもしれない。僕は部活に所属していないから、置ける部室なんて無いから関係のない話だが。

 しかしやはり疑問に思う。なぜ一年生の山本くんが部室棟に行けるのか。なぜサッカー部で練習に参加しているのか。この疑問を解決したのだが、僕から質問するという勇気ある行為を取れないので、そのまま話が進んでしまう。


「部室棟に行った理由はわかったわ。次はタバコを発見した時の状況を聞かせてくれるかしら」


 探偵のセオリー的には、部室棟の件よりまず最初にこの話を聞くべきだったんじゃないかなぁ。


「状況って言われても、まず部室棟に来てサッカー部の部室に行ったんだよ。そこで運動靴とサッカーシューズを取り替えて、部室から出てグラウンドに戻ろうとした時に、ちらっと見つけたんだ」

「タバコの吸い殻を見つけたのね」

「ああ。なんて言うんだっけ、ほら電子タバコっていうの? ああいうスティックタイプの吸い殻だよ」

「たぶん加熱式タバコのことね」


 加熱式タバコと電子タバコ、どちらがどう違うのかタバコに詳しくない僕にはわからなかったが、一般的な紙のタバコではないということはわかった。

 吸い殻というからには吸い終わった後にゴミが出るのだろう。紙のタバコは火で燃えカスになるが、加熱式タバコは燃えカスが残らないという察しはつく。ゴミが出る時点で同じじゃないかと思うのだけど、タバコを吸ってる人にしかわからない違いがあるんだろうか。


「タバコの吸い殻は具体的にはどの辺にあったか覚えてるかしら」

「覚えてるよ。あれはサッカー部の部室前の通りに落ちてたんだ」

「サッカー部の部室って、二階建ての一階? 二階?」

「一階だ。サッカー部と野球部、あとテニス部なんかは一階だな。二階はラグビー部とか、第二グラウンドを使う部活が多い」

「そう、あなたはタバコを発見した後、安達先生に報告したのね。それはなぜ?」

「なぜって……。そりゃ当然だろ、だってその時間に部室棟にいたのは俺だけしかいないんだぜ? 後で別の誰かがタバコを見つけた時、俺が怪しまれるじゃん」


 確かに山本くんの言う通りだ。山本くんは午後二時前後、部室棟に行ったのを先生や他の生徒に目撃されている。山本くんがタバコの発見を報告しなかった場合、タバコの発見は一、二時間遅れていただろう。

 そうなるとこのタバコは誰が吸った? という話になり、タバコ発見時に近い時間帯で部室棟にいた者が疑われる。山本くんが疑われてしまう。

 だから自分の潔白を証明するためにも、第一発見者を買って出たということだろう。


「なるほどわかったわ。話を聞かせてくれてありがとう」


 斎無さんはそう言うと、再び部室棟のある方角へ歩み始めた。僕は何ひとつわかってないし、今の山本くんの話を聞いて疑問が増えたくらいだが、斎無さんはもう聞くことはないと言わんばかりにこの場を去っていく。

 僕は慌てて斎無さんの後を追おうと、サッカー部の練習場から離れようとした。だがその時、山本くんが困惑した声で僕に尋ねてきた。


「なあ……結局なんで俺にこんなこと聞いてきたんだ? ていうか、結局君ら誰?」


 斎無さん、せめて自己紹介くらいするべきだったと思うよ。思えば『椅子すり替え事件』の時も、斎無さんは自分の名前を名乗らなかった。まああれはクラスメイト同士だから話は違うかもしれないが、今後はもうちょっと気をつけた方がいいことを斎無さんに伝えておこう。

 僕は山本くんにぎこちなく会釈をして、斎無さんの後を追った。結局僕も山本くんに名前さえ伝えずに去ってしまったのだが、僕の場合はそもそもろくに会話すら出来ていないのだから問題ないだろう。

 いや問題がありすぎて些細なことだという方が正しいだろうか。陽キャと一対一で話すのは、僕には難しい……。

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