第10話 事件のおさらい

「さて、これで事件は大体わかったわ」

「嘘でしょ、僕まだ事件の概要がわかったくらいなんだけど」

「いいえ、あなたにもわかってるはずよ。だってこの事件、今までの情報だけで犯人を特定できるようになっているんだもの」

「いや、そんなミステリー小説みたいな言い回しされてもさ……」


 わからないものはわからないのだ。


「ねえ斎無さん。僕、さっきはずっと聞けなかったんだけど、どうして一年生の山本くんがサッカー部に所属してるの? 一年生が部活に入れるのは来週からのはずだよね」


 それが気になって仕方なかったのだ。どうして彼はこの時期に部活動をしているのか、謎で仕方がない。


「それは彼がスポーツ推薦で入学したからよ。推薦組なら部活に入るのは確定してるんだし、一般入学の生徒よりも早く入部しててもおかしくないでしょう?」

「な、なるほどね。スポーツ推薦か……。僕には縁のない話で、思いもつかなかったよ」

「万年帰宅部の玄間くんとは正反対だものね」


 否定はしないけど、面と向かって言われると少し悲しい。推薦をもらえるほど部活に打ち込めるなんて、山本くんはすごい人物なのかもしれない。

 少なくとも僕の中学だとスポーツ推薦なんて貰えたのは学年に一人か二人くらいしかいなかった記憶がある。僕が知らないだけでもっといたかもしれないけど……。

 その一人は野球部で、公式大会でノーヒットノーランを達成したエースだった。そういうレベルの人間でようやくスポーツ推薦を貰えると考えると、サッカー部の山本くんも大会で結果を残した名選手だったりするのかもしれない。すごい世界だ。


「ところでなんで山本くんが推薦入学したってわかったの? あとタバコを発見したのが山本くんだって特定出来たのはどうして?」

「質問が多いわ。少しは自分で考えて……と言いたいけれど、順を追って説明するわ」

「やけに親切だね」

「私の推理が合ってそうで気分がいいの」


 そんな自信満々で大丈夫なのかな。斎無さんの推理って筋が通ってそうで、肝心なところで間違ってそうだからなぁ。


「まず山本くんが推薦入学したって知ってるのは、佐藤くんから彼のことを聞いてたからよ」

「佐藤くんというと、例の『椅子すり替え事件』の?」

「そう、『椅子すり替え事件』の犯人の佐藤くん」


 いや、その言い方は佐藤くんに失礼じゃないかな。あれは結局事件じゃなかったわけだし、佐藤くんの行動は善意で満ちていたわけだし。

 まあ斎無さんの性格的に、便宜上事件と犯人という呼称を用いているんだろうけど。


「佐藤くんは確か、サッカー部に入部希望だったよね」

「中学も三年間サッカー部だったんですって。来週からサッカー部に入るんじゃないかしら」

「詳しいね斎無さん。僕は佐藤くんと一回しか話したことないのに」

「休み時間に彼とその友達がよく話しかけてくるのよ。隣の席だからあなたも何回か見かけてるはずよ」

「僕、休み時間は立川くんたちと一緒にいるから……」

「だから気付いてなかった? 視野が狭いわよ玄間くん。もっと観察眼を磨かなきゃ」


 なんのために観察眼を磨かなきゃいけないんだろう。まさかこの探偵ごっこのために、とは言わないだろうな。


「目の前の相手の顔色を伺うだけじゃなくて、周りの出来事を観察した方が人間関係を構築しやすいはずよ」

「もしかしてアドバイスくれてる?」

「どうかしら。正論でダメ出ししてるだけかもしれないわ」


 斎無さんはぷいと顔を背けた。どうやら本当に親切心からのアドバイスだったらしい。意外と優しいのかなと思ったけど、僕のような陰キャには言葉がチクチク過ぎて分かりづらいよ。

 でも斎無さんが僕の陰キャっぷりを心配してくれてるのは伝わった。思えば『椅子すり替え事件』の時から、僕の対人関係にアドバイスをくれていたような気がする。

 斎無さんのように、誰にでも好かれる素質があればよかったのにと羨むこともあったが、実は斎無さんも周りに好かれるように努力しているのかもしれない。周囲を観察しているのも、そういう理由なのかも。


「私は何もしてなくても慕われるけど、玄間くんは人に好かれたいなら努力しなきゃダメよ。あなた、ただでさえ口数が少なくて暗いんだから」

「一瞬でも君を尊敬しかけた僕の純情を返して欲しい」


 やっぱり全然そんなことはなかった。斎無さんが周囲を観察しているのは、単に自分の探偵趣味を満たしたいだけなのだ。やはり顔か、顔が全てなのか。


「無駄口を叩いてないで、説明を続けるわよ」

「話題を逸らしたのはそっちじゃないかな……」

「タバコの発見者が山本くんとわかったのは、中学時代サッカー部だったうちのクラスの佐藤くんが話題に出したから。五組にすごいサッカー選手がいるってね。そいつは県大会で好成績を残したチームのエースで、推薦入学した山本だって説明してくれたのよ。自分はその山本と試合したことがある、一緒の部になるのが楽しみだってね」


 さすが佐藤くん、他のサッカー選手の話題を出す際も相手を貶さない紳士な人だ。いや普通は貶さないんだけど、陽キャって他人の話題を出す時にイジるって先入観が僕の中にあるから。


「山本くんと佐藤くんの話はわかったよ。二つの質問がまさか繋がってたとは思わなかったけど」

「山本くんが推薦組だと知っていたからこそ、五組の男子で部室棟に行く可能性がある人物を特定出来た。さっき言った、周囲を観察してるからこそ可能な推理よ」

「それは確かに、僕には不可能な推理だね」

「ふふ、そうでしょう。なにせ私は名探偵ですもの」


 それは疑わしいところだけどね。


「じゃあ名探偵さんにもうひとつ質問いいかな」

「ええ、いいわ。名探偵だからなんでも答えてあげる」


 チョロいよ斎無さん。チョロすぎて心配になりそうだよ。本心では名探偵じゃなくて迷探偵だと疑わない僕の心を、少しは疑った方がいいと思う。


「追加の質問、なぜ安達先生はタバコを吸ったのが一年生だと断言したのかな」

「あら、そんな簡単なことでいいの?」

「僕にはどう考えても、一年生が吸ったと言い切れる材料がない気がするんだよね。発見者が一年生の山本くんだから、同じく犯人も一年生だと思ったのかな」

「そんな安直な推理、甘過ぎて溶けそうだわ玄間くん」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」


 推理が甘いのは、まあわかる。推理とも呼べない想像の域を出ないものなのは自覚している。

 けれど推理が甘くて溶けそうって、その表現はよくわからない。雰囲気でゴリ押ししようとしていないかな?


「安達先生が私たち一年生を犯人だと断言した。あなたはそう思っているのね」

「違うの? だってあの言い方じゃあ、どう考えても僕たち一年生が犯人だって言い切ってるでしょ」

「なるほどね……。あなたには安達先生が一年生を犯人扱いしているように聞こえたのね」


 斎無さんは顎に手を当てて、感心したように呟いた。まるで僕の考え方が異質であるかのように、興味深そうに考えていた。

 そんなにおかしなことを言ったとは思っていないけど、何が引っかかったのだろう。


「……これもさっきと同じ、周囲を観察していたからこそ出来た推理──いえ、推理以前の、認識の問題ね」

「というと?」

「つまり、私とあなたで安達先生の言葉を聞いた時の感想が違うってことよ。私は安達先生が怒っているところを見て、一年生を犯人だと断定しているようには思わなかった。むしろ逆だと思ったの。ああ、先生たちは犯人が誰か全くわかっていないのね……そう思ったわ」

「えっ……?」


 一年生を犯人だと断定していない……? 犯人が誰か全くわかってない……?

 そんな……。僕が抱いた印象とまるで反対じゃないか……!


 犯人が特定できてないからこそ、あの学年集会を開いた。それは、わかる。でもそれは、一年生に犯人がいるとわかっているからこそ、あの集会を開いたんじゃないのか?

 犯人が一年生だとわかっていないなら、そもそもあんな学年集会など、理不尽な説教でしかない。そんなことをする意味なんてあるのか……?


 どうして安達先生はそんなことを……。一年生に犯人がいるんじゃないのか……。

 ぐるぐると錯綜する思考をまとめようと、僕は一生懸命に頭の中の情報を整理しようとしてみる。しかしあまりにもノイズが多くて、考えがまるでまとまらない。

 頭を抱えて唸るなんて人生で初めてやってみたが、それでも推理はまとまらない。ウンウンと唸っているところに斎無さんが質問してきた。


「ねえ玄間くん。さっきグラウンドに行った時、安達先生いなかったわね」

「ええ? ああ、そうだったね。そう言えばいなかった。サッカー部の顧問が安達先生だって聞いて、びっくりして周りを見たけど、安達先生の姿はなかったよ」

「普通、部活の顧問はいないものなのかしら」

「さ、さあ。部活に入ったことがないからわからないけど……。つきっきりで見てるってわけじゃないのかな」

「そうね、先生にも残ってる仕事とか用事とか、色々あるでしょうし」

「残ってる仕事……用事……?」


 ああっ! 今頃気がついた!

 サッカー部の練習に安達先生がいなかったのは、何か別の仕事か用事があったからだ!

 普段からこの時間帯はいないのかもしれない。今日だけ偶然いなかったのかもしれない。けれど斎無さんはそんなことを言いたいのではない。

 おそらく今日、この時間に関しては、安達先生はサッカー部の練習を見れない用事があるのだ! 少なくとも斎無さんはそれを知っている!

 ではその用事とはなにか。今日、この時間、外せない用事。そんなの『タバコの吸い殻発見事件』に関することに決まっている!


 僕の頭の中は、さっきまでの混線していた思考が一気にクリアになり、霧が晴れたような気分がした。もちろん事件の真相だったり犯人はまだわからないけど、少なくともわからないことだらけの状態から、少しだけ抜け出せた。

 その様子を見て斎無さんは口の端を上げて微笑んだ。そして心底楽しそうに言うのだ。


「行きましょう玄間くん。事件の真相は、職員室にあるわ。放課後の職員会議にね」


 僕たちは足早に職員室へと向かっていった。その時すれ違う生徒たちが、訝しげに僕たちを見ていたが、気にしている場合ではなかった。

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