第11話 事件は職員室で起きてるのよ
「事件は現場で起きてるんじゃないわ。職員室で起きてるのよ」
「言いたいだけだよね、そのパロディ未満のセリフ」
僕たちは職員室の窓に身を潜めていた。耳はドアにピッタリとくっつけている。職員室の中の会話を聞き逃さないためだ。
どう考えても不審者のやることだが、幸い人の少ない時間で助かった。僕一人ならこんな目立つ行為はしなかっただろう。斎無さんという共犯がいたから、こんな大胆な行動を取れる。
普段なら絶対にしない盗み聞き。だが今の僕は事件の真相を知りたい欲求に駆られて、こうして斎無さんと並んで盗み聞きをしている。
全く知的欲求とは恐ろしいものだ。人間の原初の罪は知恵の樹の実を食べたことだという。確かに、今僕が抱いているこの好奇心と野次馬根性を混ぜた薄暗い感情を、罪と言わず何と言おうか。
そしてそんな欲求に負けて、行動を起こしている。探偵とは知的欲求不満者なんだなと僕は身を以て理解した。
ここまでウダウダ言っているけど、盗み聞きなんてちょいワルな行動をしてちょっとハイになってるだけだ。陰キャは悪さも出来ないのだ、行動力が低過ぎて。
「ちょっと聞き取りづらいわね……」
斎無さんは眉間に皺を寄せる。整った顔立ちの彼女は、不愉快そうな表情をしても整っている。どんな表情をしても絵になるとでも言おうか。
僕はどんな表情をしているのだろう。斎無さんと比べて、さぞ間抜けそうな顔をしているに違いない。
「僕の方だと結構聞こえるよ……」
「そう……玄間くん、ちょっと詰めて……」
「え、ちょっ……!」
斎無さんが急接近してきた。目と鼻の先に斎無さんの顔がある。息を潜めているせいか、逆に息遣いが伝わってくる。
非常にまずい。陰キャの僕は、美少女とこんな至近距離で話したことなどない。例え相手が迷探偵の斎無さんだろうと「あっかわいい」と思ってしまう。自分の単純な脳味噌が恨めしく思う。
「ねえ斎無さん……ちょっと……近くないかな……?」
「仕方ないでしょ……聞こえづらいんだもの……」
「いやでも……もうちょっと離れた方がお互いのためっていうか……!」
「しっ……! 静かに……先生たちの会話が聞こえない……!」
鼻先まで近付いてきた斎無さんが、僕の口に指を当てて言葉を遮った。こんなことをされて緊張しない男がいるのか。
僕は二重の意味で緊張している。美少女とゼロ距離触れ合いしている事実と、斎無さんを異性として意識してる事実に。
こんな名探偵ごっこをしている銀髪・黒革手袋・厨二病女子を異性として意識したくない……!
だって完全に目立つから。僕の目指す平穏な高校生活とは真逆の、非日常な存在だから。でも脳味噌は斎無さんを意識してしまう。悔しい……!
「なんだかにおうわね……」
斎無さんは真剣な表情で呟く。僕は自分の体臭のことを言われていると思い慌てた。
「事件のにおいがするわ……」
「そっちのにおいか……」
斎無さんの意識は完全に事件のことへ向いている。それなら僕も、斎無さんのことを意識しないようにしなければ。
とりあえず扉の向こうの会話に集中しよう。
「だから言うちょるやないですか! こん中にタバコを吸っちょる人がおるって!」
声の主は生徒指導兼体育教師兼サッカー部の顧問の安達先生だ。声は険しく、怒っているように聞こえる。
だが気になるのはそこではない。安達先生の言っている内容に聞き覚えがあったのだ。
「こんな最低な職場は初めてや! 何年先生やっちょるんですか! こん中にタバコ吸ってポイ捨てしたんがおるのはわかっちょるんですよ!」
この言葉、さっき学年集会で僕たちに言った内容とほぼ同じだ。どういうことだろう。犯人は一年生とわかったから、あんな強気な言い方をして怒ってたんじゃないのか?
不思議に思ってると、斎無さんはクスクスと笑い声を漏らした。
「私が五時間目の終わりに職員室に来た時も、同じことを言ってたのよ」
「え……五時間目の終わりって言うと、学年集会の前だよね……?」
「そう。そしてこうも言ってたの。『二年と三年も学年集会開いて、厳しく注意する』ってね」
「つまり、一年生だけが学年集会を開いたわけじゃなかった……?」
「二年と三年も六時間目にやっていたのか、放課後に学年集会をやっていたのか。私は後者だと思う」
「それはどうしてそう思うの?」
「サッカー部の山本くんに会いに行った時、部員の数が少なかったからよ」
「もしかしてあの時、二年か三年のどっちかはまだ学年集会を開いていた?」
「だから一旦部室棟に戻って様子を見てたの。予想通り、何人か遅れて部室棟に来てたわ」
「全然気が付かなかった……。僕はあの時、疑問に気を取られていたから」
そういえば視界の端に何人か生徒が通りがかったような……。あれは遅れてきた部活生だったのか。
「じゃ、じゃあ安達先生の言ってることってさ……」
「誰が犯人かわからないから、全学年を呼び出して叱りつけたのね。職員室の会話を聞く感じ「お前らは最低の学年だ」ってどの学年にも言ってたんじゃないかしら」
「そして今は先生たちにも怒鳴ってるんだね……」
「生徒の中に怪しい人物がいないとなると、次は先生たちってことになるわよね。本来タバコは大人が吸うものだし、当然よね」
「手当たり次第ってことか……」
「それほど安達先生も必死なのよ。だってサッカー部の部室前でタバコが見つかったってことは、まず疑われるのは顧問の安達先生だもの。次にサッカー部、そして他の部室棟に出入りする生徒。あとその部活の顧問たち」
「なるほど、自分が一番怪しいから犯人を見つけるのに必死なわけだ」
「サッカー部の生徒が犯人だと疑われると、部の活動に影響が出るかもしれない。そうなると生徒指導とサッカー部顧問を兼任してる自分の立場も危うい。そう考えて、犯人を炙り出そうと必死なのね」
なるほど、斎無さんは学年集会の前から安達先生が他の学年の生徒も疑っていることを知っていた。そして今は教師陣も疑っている。
持っている情報の差で、僕と斎無さんはあの学年集会で受ける印象が真逆になっていたわけだ。
確かにこうして情報が揃ってくると、あの学年集会も安達先生の苦肉の策だったというのがわかる。
だがそれがわかったところで、結局犯人はわからずじまいだ。現に安達先生はこうして教師陣に疑いをかけているが、まだ犯人特定まで至っていない様子だ。
「ねぇ……ひょっとして斎無さんには……誰が犯人かわかったの?」
「当然よ。私を誰だと思っているの」
斎無紗奈絵、自称名探偵で本性は迷探偵な女の子。とは流石に言わずにいた。
今日の斎無さんは前回よりも冴えてる気がしたのだ。だからそんな斎無さんの推理から導き出された犯人を、聞いてみたくなった。
斎無さんは職員室の会話には興味を無くした様子で、ドアから耳を離した。しかし相変わらず僕との距離は近いままだった。
その瞳はまっすぐ、僕へと向けられていた。デジャヴ、既視感が僕に襲いかかる。このシチュエーションはどこかで……。
斎無さんは職員室の向こうに声が届かないように静かに、しかし力強く宣言した。
「犯人はあなたよ、玄間くん」
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