タバコの吸い殻発見事件

第7話 再び事件は起きる

 入学から数日経ってようやく新しい環境に慣れてきたタイミングのことだった。その日、六時間目の授業が終わり放課後を迎えようとしていたのだが、急遽学年集会が開かれることになった。

 一体何があったのだろうか。友達グループの中であれやこれやと予想が立った。抜き打ちの服装チェックか持ち物検査ではないかという予想が多かった。僕は抜き打ち検査なんてクラス単位でやればいいし、わざわざ学年集会を開くほどだろうかと思ったが、口には出せずに頷くだけだった。


 ところで僕は先ほど友達グループと言ったが、彼らが本当に友達なのかはわからない。立川くん、石川くん、蒲田くん、そして僕がそのメンバーなわけだが、僕らは中学がそれぞれ違うし休み時間に話す以外の接触がない。入りたい部活も違えば、共通の話題もない。これを友達と言えるのかは陰キャの僕にはわからないのだ。

 話すだけでも友達だと言う人もいるだろうし、学外で遊ばないと友達ではないという人もいるだろう。僕の基準はどちらだろう。そもそも友達がいなかった僕には判断が難しい。


 入学前のぼっち状態と比べると随分と贅沢な悩みを抱えながら、僕は学年集会に出るため廊下に出るのだった。

 その時視界の端に斎無さんが映ったのだが、彼女はなにやら楽しそうに笑みを浮かべていた。普通は放課後の貴重な時間を削られて不満に思うんじゃないかと思うけど、斎無さんは違った。彼女は学年集会に対して期待をしている。そんな風に思えた。


 ちなみに斎無さんとはここ数日会話をしていない。おはようの挨拶さえ交わしていない。理由は至極簡単で、あれから斎無さんが僕を無視しているからだ。

 椅子すり替え事件のことでお礼を言わなかったことを、よほど根に持っているようだ。僕の方から話すこともないし、斎無さんは大勢のクラスメイトに囲まれているから、会話する機会がなかった。


 ただ、この学年集会をきっかけに斎無さんと再び話す機会が訪れそうだ。それは期待ではなく不安だった、そしてその不安は的中することになった。


 ◆◆◆


「お前らん中にタバコ吸ってるヤツがおる!」


 体育館に集められた僕たち一年生へ向けられた言葉がこれだった。生徒指導の先生が眉間に皺を寄せて、大声を出している。

 広い体育館に一年生だけ集められたせいか、大声がやけに響く。なるほど生徒を叱るのに体育館はいい臨場感を出すんだな、と他人事のように観察する僕だった。

 まあ他人事ではある。だって僕はタバコなど吸わないのだから関係ない。関係ないことに関心など向けるはずがない。

 中学の頃三者面談の際に、当時の担任の先生に『玄間くんはもうちょっと他人に関心を持ちましょう』と注意されたことがある。それが友達がいない理由だと僕も理解はしているし、陰キャの原因であると重々承知しているのだけど……。流石に不良生徒の不始末まで関心を持てとは誰も言わないだろう。

 というわけで僕は学年集会の間、先生の態度や生徒たちの様子を観察していた。


「お前らみたいな出来の悪い学年は初めてや! ほんっとに何やっとるんか! まだ入学して一週間も経っとらんのに! ああ!?」


 ダンッ! と大きな音が体育館に響く。先生が床を思い切り足踏みした音だった。シンプルな行為ながら、怒りが伝わってきて怖い。ここまで怒られると、まるで自分が悪いことをしたような錯覚を覚える。

 数日前、斎無さんに犯人だと決めつけられた時と似た気分だ。だが彼女は淡々と僕を追い詰めていたのに対し、先生は怒りを表現するだけ。正反対な態度だけど、どっちにしても、僕は関係ないはずなのに冷や汗をかく程度には小心者なのだった。


「いいか、身に覚えのあるやつはこの集会が終わったら俺んとこ来い! わかったか!」


 ダンッ! と再び大きな音が鳴る。その後体育館は静寂に包まれる。

 生徒たちはお互いの顔をちらちらと覗き見る。誰が犯人か探っているのだろう。派手な服装をしている生徒に視線を向けたり、もしくはサッカー部や野球部という運動部カーストの高い生徒を見る生徒もいる。

 逆にカーストの高い生徒たちは先生の言葉を聞き流し、声を殺して周囲の生徒と会話していた。彼らの表情は笑っていた。その表情がどういう意味を持つのか、僕には考えがつかなかった。

 一方大人しそうな生徒はというと、僕と同じように先生の迫力に縮み上がっていた。どうやら僕だけじゃないらしい。心の同士がいたことに安堵する。


「反省するやつがおらんかったら、いつまでも学年集会を開くけなあ! あぁ!?」


 そして最後に斎無さんの方へ視線を向ける。彼女は先生の話を熱心に聞いていた。そしてキョロキョロと周囲を見回して、最後にクルッと僕の方を向いた。そしてニヤと不敵な笑みを浮かべた。


 斎無さん……まさか変なことをしないだろうね……。

 具体的にはまた探偵ごっことかしないでほしい。するなら一人でやってほしい。

 なぜ僕の方を見たのだろう。嫌な予感しかしないんだけど。不安だなあ……。


 ◆◆◆


 教室に戻ると、僕は友達グループに合流して学年集会について語ることにした。


「だるかったよなー学年集会」

「芹沢先生うるさいんよな。あれで自主するやつおらんやろ」

「だよねー」

「てか玄間、大丈夫なん?」

「えー何が?」

「いやだってお前……」


 僕が何かしただろうかと思案したが、何も心当たりはない。さてなんて切り返そうかと悩んでいるうちに、教室に担任の小林先生がやってきた。


「えーお前らも聞いた通り、一年生の中にタバコを吸ったやつがいるっつー話らしい。心あるやつは生徒指導の足立先生んとこに行くように。以上」

「先生テキトーすぎー」

「うちのクラスにはいないって信じてるからなー。ま、真似してタバコ吸うようなことはするなよー。じゃあ今日は帰りのホームルームは無しで。帰っていいぞー」


 いつもより遅い時間に学校が終わり、なんだか残業している社会人ってこんな気分なのかなとか考えていると、立川くんたちが帰るようなので挨拶を交わす。

 僕も帰ることにしよう。今日も、やっと一日終わったなあ。ふんわりとした疲労感と人と話せた達成感に包まれながら教室を出ようとした──その時。


「玄間くん」


 背後から呼び止められた。

 誰に? 振り向かなくてもわかる。この状況で僕に話しかけてくる人物など一人しかいない。

 僕は聞こえないふりをして教室の外へ一歩踏み出そうとした。だが襟を掴まれて強引に後ろに引っ張られた。


「興味が湧いてきたわ。謎の匂いがするわね」

「斎無さん……。また探偵ごっこするの?」

「ごっこじゃないわ。これは事件よ。れっきとした事件だわ」


 確かに椅子の入れ替わりに比べると、生徒がタバコを吸っていたというのは事件かもしれない。しかしやはり事件というには大袈裟だし謎と呼べるものなど何もないんじゃないかな。


「ねえ玄間くん。事件の犯人気にならない?」

「いや別に。どうせ不良とかじゃないの」

「いいえ、これは間違いなく意外な人物が犯人だわ」

「ふーん。そうなんだね」

「だから、ね? 一緒に事件を捜査しましょう」


 斎無さんの目はキラキラと輝いていた。この前、国民的アニメのぷにゃもんを語る時と同じくらいはしゃいでいる。

 つまりこれは、あれだな。面倒臭い状況に巻き込まれそうってことだ。僕の予感は的中してしまったわけだな。


「いやだと言っても無駄なんだよね?」

「あなたにはこの事件を捜査する義務があるもの」

「どういうこと?」

「気になるでしょう? なら私と一緒に事件を解き明かしましょう」


 斎無さんの言うことを信じていいのか迷ったが、僕が事件を捜査する義務があるということがどうしても気になってしまった。気付けば僕は斎無さんの後をついていくのだった。

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