迷探偵斎無紗奈絵は冴えてない
taqno(タクノ)
椅子すり替え事件
第1話 隣の席の斎無さん
僕は陰キャだった。友達はいない。家と学校を行き来するだけの日々を過ごしていた。
だがそんな虚無な毎日を変えたい。そう思い、高校入学を機に自分を変えることにした。
まずは見た目を変えた。これまで千円カットで髪を切っていたが、隣町の美容室へ行った。パーマをかけて、ヘアワックスで整髪することにした。
次に眼鏡を外して、コンタクトレンズをつけることにした。最初は目に異物感があったが、春休みの間に少しだけ慣れた。
そして喋り方を変えた。人と話すことが苦手な僕にとって、会話は最も難易度の高いことだった。頭の中では流暢なのに、実際に喋ると言葉が上手く出なかった。
そこで僕は無理して早く喋ることよりも、ゆっくりはっきりと喋るようにしてみた。
言葉が出てきそうにない時は、最低限相槌を打つようにしてみた。ちなみに練習相手は家で飼っている犬と、コンビニの店員である。
そんなことをしながら、高校入学までの春休みを過ごしていた僕だが、新しい環境に上手く溶け込めるか不安で仕方なかった。
クラスでぼっちになってしまわないか、不安で仕方なかったのだ。
なにせ中学三年間で友達が一人もいなかったのだ。話す相手がいないせいで、学校に毎日通うのが苦痛で仕方なかった。毎日懲役八時間の刑を受けているようなものだった。
だから僕は脱陰キャを目指すことにした。陽キャになりたいわけじゃない。モテたいわけでもない。むしろ目立たなくてもいいとすら思っている。
ありふれた普通の、平穏な高校生活を送りたい。そんな思いを強く抱いていた。
そして迎えた新学期初日、春休みの訓練の成果が功を奏したのか数人のクラスメイトと話すことができた。
たかが数人と思うかもしれないが、僕にとって家族以外の人と言葉を交わすことは非日常のようなもので、心の中ではエマージェンシーコールが鳴りっぱなしだった。
手汗がすごく出るし、緊張もマックスだ。それでもせっかく僕なんかに話しかけてくれたクラスメイトたちと、なんとかコミニュケーションを取れるように頑張った。
結果として、僕の高校デビューは最高のスタートを切ったと断言していい。
イメチェンした成果だろうか、中学の頃は誰かに話しかけられたことなんか皆無だったのに、初日だけで数人、さらにLINEグループにも入れてもらえた。
家族以外とLINEしないから、操作が覚束ないことを悟られないように、事前にYouTubeで勉強した操作手順を頭の中で反芻した。
初日にクラスのLINEグループに入る、これを成功と言わずしてなんと言おうか。
強いて言うなら、僕の椅子がガタガタとなってしまうのが難点だった。でもそれも午後になるとなくなった。
椅子がガタガタしていたのは気のせいで、僕が緊張して無意識に貧乏ゆすりでもしていたのかもしれない。
「玄間ってどこ中なん?」
「えーと、僕はあれ。西中だよ」
「マジ? 西中なら遠くね? チャリで学校までどんくらいかかる?」
「うーん、三十分くらいかな。かなり坂が多いよ」
「それな! なんでうちの高校、住宅街の上の方に建ってるんだ?」
「これから三年間、チャリきつそうだね」
「なー。しかもこの学校、朝ゼロ時間目の授業とかあるらしいぜ」
「えー? ちょっと無理だね」
「うちの県の公立校、これだからいやなんだよなー」
僕たちの住んでいる県や市によっては、朝の七時半ごろから授業が行われる学校がある。
うちの高校──県立北地区高校も例に漏れず、朝課外──通称ゼロ時間目とやらをやるようだ。
その割にうちの県の偏差値は全国的に特に高くもないらしく、昨今は教員や親の負担を減らすために、そして早起きして眠いまま授業を受けるのは効率的ではないとのことで、朝課外をなくす高校も増えてきているようだ。
うちの高校はたまにやるらしい。まあ、数年前の先輩たちに比べれば、たまにならいいかな。
「玄間くんって西中なん? ならあいつ、野球部の佐々木とか知っとる? 塾が同じだったんよ」
知るわけがない。なにせ中学の僕はぼっちだったのだ。仮に知ってたとしても、向こうは僕のことを知らないだろう。
ちなみに玄間というのは僕のことだ。
そんな陰キャな僕のバックボーンを長々と語ったけど、まあどこにでもいる陰キャだと思ってくれていい。
今日からは脱陰キャを心がけるつもりだけど。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
教室の中を見回すと、僕たち以外にも既にいくつかのグループが出来上がっているようだった。
運動部を中心とする活気のありそうなグループ、女子同士でなかよくしているグループ、男女問わず陽キャが集まっているグループ……。
他にもおとなしそうな人たちにも、それぞれグループが出来ているようだった。
僕のいるグループは一言で表すと平穏そのものだった。
みんなが優しくて、元陰キャの僕でも会話が成立するくらい話やすいグループだ。クラスカーストで言えば中層といった感じだろうか。
メンバーは下川中学出身の立山くん、折頭中学出身の蒲田くん、中南中学出身の石川くん、八西中学出身の僕の四人だった。
さっき僕の出身中学を聞いてくれたのは、立山くんだ。僕と同じ中学出身の佐々木くんとやらを知ってるか聞いてきたのが石川くんだ。そして会話に合いの手を入れてくれたのが蒲田くん。
色々話したけど、みんな気さくでいい人だということがわかって、心底ほっとしてた。
「にしてもいいよな、玄間は。斎無さんの隣の席だもんな」
僕が周りを見ていることに気がついたのか、立山くんがそんなことを言う。僕も自分の席に──正確にはその隣の席に目を向ける。
そこには銀髪の女子生徒がいた。自己紹介の時に名前を聞いたけど、確か
日本人離れした銀色の髪がまず目を引く。そして容姿に驚く。なんでこんなに可愛い子が、平凡な公立の高校に入学してきたのか疑問に思うくらいだ。
テレビのドッキリでアイドルが高校生に紛れ込んでいると言われた方が納得できる。
そんな斎無さんの席は、なんと僕の隣だったのだ。他の男子が羨ましがるのも仕方がない。現に僕も座席表を見て自分の席に向かった時に彼女が隣と知って、驚いたのだから。
その斎無さんは男女問わず多くの生徒に話しかけられている。それもそのはず、彼女は容姿端麗、成績優秀で入学式では新入生代表の挨拶を務めた才女なのだ。
視界に入るだけで意識せざるを得ない存在感があって、まさにカリスマ……いやアイドルと言っても過言ではないだろう。
まあ、脱陰キャを目指す僕にとっては高嶺の花だ。いくら席が隣だからって関わることはないだろう。
そんなふうに遠巻きに斎無さんを眺めていた。
◆◆◆
なんとか無事、最初の一日を乗り越えて訪れた放課後の時間。仲良くなったグループのメンバーに別れの挨拶を交わして僕も帰りの準備に取り掛かっていると、後ろから声が聞こえた。
「玄間くん、犯人はあなたね」
最初は何を言われているのかわからなかった。僕はゆっくりと、声のする方へ向き直ってみた。
そこにいたのは斎無さんだった。綺麗な顔で、しかし冷めた視線で、僕のことを見ていた。
「えっと、斎無さんだったよね。犯人って、どういうこと? 僕は違うよ」
「おかしいわね。普通は『犯人ってなんだ。俺が何かしたのか』みたいに言うんじゃないかしら」
「そう言ったつもりなんだけど?」
「いいえ、あなたはこう言ったのよ。『僕は違うよ』って。まるで事件の内容を知ってるような言い方だわ」
その時の斎無さんの口調はまるで探偵のようで、僕は追い詰められた犯人のような奇妙な立ち位置だった。
会話が苦手なせいか、言葉選びを間違えてしまい、なんだかわからない事件とやらの犯人にされそうになっている。
「私にはわかっているわ。あなたが犯人であることが全てね。そう、私は名探偵だから!」
「はあ? あの、ごめんけど斎無さん。大丈夫?」
隣の席の斎無さん。アイドル級の見た目で頭脳明晰、早くもクラスのアイドルだな、なんて声が聞こえてくるほどの美少女。
最初は、あわよくばお近づきになれたらなと思った。しかしそんな考えはすぐに間違っていたとわかる。
これが僕と斎無さんとの出会いだった。
今思えば、帰りのホームルームが終わったらさっさと帰ればよかったと後悔している。
だけどもう遅い。僕は出会ってしまったのだ。
普通で平穏な高校生活を送りたいと夢見ている僕と、非日常を探し求めている斎無さんの、運命的な出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます