第18話 週末の事件
放課後、ホームルームが終わって僕はようやく訪れた週末にソワソワしていた。あまりにソワソワして待ちきれなくて、帰りの準備を速攻で終わらせた。左手に鞄を持ち、さていつ帰ろうかなと考えていたが、ふと隣の席の斎無さんの様子を見た。
斎無さんは帰る準備をしていた。机のちょっと横のスペースに置いてある鞄を取るために体を斜めにしていた。その姿勢のせいかセーラー服が伸びて、斎無さんの体のラインが浮かび上がる。僕はそれを見て慌てて持っていたものを放り出した。
大変だよ斎無さん、他の男子に見られたらマズイよ! と言えたらよかったんだけど、昼休みの逆セクハラのこともあり、僕からは言い出せない空気だ。
「大変よ玄間くん」
どうしたものかと迷っていると、帰りの準備を終えた斎無さんが、僕の方へと顔を近づけてきた。目が輝いている。何かいいことでもあったのかな。金曜日だもんな、斎無さんも放課後はテンションが上がるのかな。
「ど、どうしたの斎無さん、週末がそんなに嬉しいの?」
「事件よ」
事件? また何か起きたのだろうか。もっともこれまでの『椅子すり替え事件』と『タバコの吸い殻発見事件』は厳密には事件と呼べるものではなかったけど……。
「私の机の中にこんなものが入っていたわ」
カラン、と机の上に何かが置かれた。見てみるとそれは、鍵だった。どこの鍵か判別出来るものはない。タグなどもついていない。一見すると何の鍵なのかもわからない。
「この鍵は?」
「わからない。いつの間にか私の机に入れられていたのよ。不思議だとは思わない?」
「それは確かに不思議だね」
斎無さん風に言うと、謎の匂いがするってやつだろう。日常的な高校生活を送っていて、突如見知らぬ鍵が机の中に現れる。なんとも非日常的ではないか。
「玄間くん、この鍵に見覚えはある?」
「あるはず無いよ」
「じゃあ私の机にこの鍵を入れた人物に心当たりは?」
「それも無いね。斎無さんは休み時間もずっと、机を離れてないでしょ?」
「ええ、そうね……」
隣の席の僕が証人だ。斎無さんは今日、少なくとも昼休み以降は離席のタイミングがなかった。いや、一つだけあった。掃除の時間だ。掃除の間は斎無さんも自分の席を離れるだろう。では鍵を入れたのもそのタイミングだ。
「掃除の時しか鍵を入れる機会はなかったんじゃないかな」
「そうなるわね。一応確認しておくわ、玄間くんの掃除してる場所を聞いてもいい?」
「廊下だよ。斎無さんは教室だったよね」
「そう。私は掃除の時間も教室の中にいた。つまり自分の席から離れてたとはいえ、自分の机に何かを入れられたら気付けたはずよ」
「そっか。じゃあ掃除の時間に鍵を入れられたって可能性は低いんだね」
「ええ。不可能だったとは言わないわ。ただ、教室の掃除当番はそんなに人数がいないわ。その限られた人数の中で、不審な行動をしていた人物はいなかったわ」
掃除の時間の周りの人間の行動なんて、よく覚えてるなぁ。僕なんて自分が何を掃除していたのかも覚えてない。雑巾を絞ったのは覚えてるんだけど。
「掃除の時間以外となると、昼休みは?」
「私はずっと玄間くんと話していたじゃない。机を離れた覚えはないわ」
「そもそも、昼休み前にこの鍵が入ってた可能性は?」
「ゼロよ」
斎無さんは力強く断言した。彼女の鋭い観察眼からして、それは事実なのだろう。一応根拠を聞いておく。
「それを証明できる?」
「玄間くんが覚えてるか知らないけれど、私は午前の授業が終わった後、机の中身を鞄の中に戻したのよ」
「そうだったんだ。それは、午後の授業の準備をするため?」
「ええ。お弁当を食べる前に、先に片付けておきたかったのよ」
「マメな性格だね」
「一旦整理すると、気持ちが落ち着くの。玄間くんは整理整頓とか出来るタイプかしら」
「……片付けとか苦手だよ」
「そうでしょうね。さっきのあなたを見てるとよくわかるわ」
「さっき……?」
「ホームルームが終わった後、大急ぎで荷物を鞄に詰め込んでた時のことよ」
あれを見られてたのか……! 整理整頓の出来る斎無さんからすれば、僕の姿はさじ忙しなく見えただろう……恥ずかしいな。
高校入学から怒涛の一週間が終わり、ようやく迎えた週末だ。僕の気分は有頂天だったし、一刻も早く教室を出たいという思いが態度に出てたかもしれない。特に予定とかあるわけでもないのだけど……。
「……斎無さんが昼休み前に机の中を確認したのはわかったよ。つまり、その鍵が入れられたタイミングは午後しかないってことだね」
「そうなるわ。奇しくも『椅子すり替え事件』の時と同じね。もっともあの時と違って、犯行時間が絞り込めないわ」
「そうなると鍵がいつ机に放り込まれたかよりも、そもそも何の鍵か調べた方が良さそうだね」
「意外ね……」
「何が?」
「玄間くんなら「ぼ、僕を巻き込まないでよ……」とか言いそうなものだけど」
斎無さん、いちいち僕の真似をする時に誇張したモノマネをしないでくれないかな。それとも誇張抜きでそれなのか。だとしたら僕は随分と頼りなさそうな喋り方をしていることになる。
「今日は金曜日だからね。おまけに今は放課後、それくらいのことなら付き合う余裕はあるよ」
「私の存在は心のカロリーが高いんじゃなかったの?」
「言ったでしょ。金曜の放課後は別腹だよ。なんの予定もないしね」
「玄間くん、入学したばかりの高校生がそれを言うのは、ちょっとばかり悲壮感があるわよ」
それは言わないで欲しい。予定がないと言っても、家でゆっくりと小説を読むつもりなのだ。つまり外出の予定がないだけで、平日には出来ない趣味の時間を過ごす予定はある。
世間ではそれを予定がないと呼ぶのかもしれないけど、陰キャの僕にとってそれは十分予定があるのだ。外出は心のカロリーが高いしね。
「じゃあこの鍵が使える場所を探しましょう」
斎無さんは鞄も持たずに机から離れる。どうやら帰らず、この事件の謎を解くのに本腰を入れるみたいだ。僕も背負っていた鞄を机に置いて、斎無さんについていく。
斎無さんは教室の黒板の右端にいた。黒板を観察しているのか……?
「どうやら、ここじゃないみたいね」
「何が……ってああ。そういうこと」
「この教室の鍵かもしれないと思って確認してたのよ。教室の鍵は普段は黒板の横にあるフックにかけられている。こんな風にね」
斎無さんは黒板の横を指差した。そこにはフックと鍵があった。鍵にはタグが付けられていて、貼られたシールには『一年二組』と書かれている。
「間違いなく、この教室の鍵だね」
「次は職員室に行きましょう」
「え、職員室? どうして、先生にどこの鍵か聞くの?」
「そんなつまらないこと、するわけないじゃない。確認したいことがあるだけよ」
◆ ◆ ◆
「失礼します。一年三組の斎無です。鍵の返却に来ました」
「し、しつれいしま〜す……」
恐る恐る職員室に忍び入る。いや名乗ってる時点で忍んではいないけど、心は忍者の気分である。職員室のピリピリとした空気は苦手だ。ライオンの檻に入れられた気分になる。
斎無さんはよくもこんな堂々と入れるものだ。よっぽど肝が座ってるに違いない。そうじゃないと銀髪セーラー服で黒革の手袋なんてファッションで通学出来ないだろう。
「玄間くん、こっちよ」
「どこに行くの」
「ついてくればわかる」
僕たちは無言で職員室の中を進む。そして斎無さんが立ち止まって、後ろから覗いてみると、そこには壁掛けのボックスがあった。
「キーボックスよ」
「なるほど、キーボックスに無い鍵がその鍵の正体なんだね」
「そうだといいけど……」
斎無さんは歯切れの悪い言い方をして、キーボックスの蓋を開けた。そこには小さなフックとそれに掛けられた鍵が沢山あった。
そして借りられている鍵がわかるように、キーボックスの内側にシールが貼られていた。教室の鍵と同じくシールの上から文字が書かれていた。
僕たちの教室の鍵は使用中のため鍵が抜き取られた場所には大きく『一年二組』のシールが貼られている。ここに鍵を戻せというのがわかりやすい。
「結構な結構な数の鍵が借りられてるね」
「問題はそこじゃない。鍵の性質を見てたのよ」
「どういうこと?」
「ここじゃあまり声を出せない。一旦出ましょう」
張り詰めた空気の職員室で探偵ごっこなどしようものなら、生徒指導兼体育教師の足立先生に怒られてしまう。
僕たちは、というか主に僕だけだが、忍び足で職員室から立ち去った。なんとも心臓に悪い場所だ。二度と来たくない……。
「それで? 何がわかったの」
「そうね、この鍵が学校の鍵ってことがわかったわ」
「それって、あのキーボックスから抜き取られてた鍵の中の一つが、その鍵ってこと?」
「いいえ、そうじゃない。職員室に来る途中に他の教室の鍵も確認したの」
「いつの間に……流石斎無さん」
「職員室に来るまでの間、廊下から他の教室の中を見ただけよ。大したことはしてないわ」
職員室に来るまでの間にそれをしてるということは、斎無さんの中ではこの鍵について既にある程度の予想を立てていたということになる。
鍵一本を見ただけでそこまで観察しようなんて、僕なら思いつかない。観察眼だけは名探偵級なんだよな、斎無さん。
「じゃあ、その鍵がこの学校の鍵だってどうして言い切れるのさ。だってキーボックスの中を確認して、使用中の鍵がいくつかあったけど、それで何かわかるの?」
「他の教室の鍵はタグが付いてるもの。理科室や視聴覚室もそう。あのキーボックスに入ってる鍵は全て、タグが付いてるの」
「そういえば……」
僕もキーボックスの中身を確認したが、確かにどの鍵にもタグが付いていた……! そして斎無さんが廊下から他の教室の中を見た時に、鍵にはタグが付いてると確認したんだな。だがまだ僕の疑問は消えていない。
「この鍵が学校の鍵だとわかった理由は?」
「まさか、気付いてないの? それとも私に言わせたいのかしら」
「どういうことかな。僕は単純に疑問を口にしただけだよ」
「私の机に入っていたこの鍵だけど……」
チャリ、と音を鳴らしながら斎無さんはポケットから例の鍵を取り出す。一見すると何の鍵かわからない鍵だ。しかし先ほどまでとは印象が違うように思う。というか、僕はこの鍵に見覚えがある。いや、この鍵と似たものをつい今しがた見た……!
「まさか、その鍵は……」
「そう、職員室にあった鍵や教室の鍵と全く同じ形状の鍵なのよ。これは偶然かしら。いいえ違うわね、タグこそついてないけれどこれはこの学校の鍵だと考えるのが普通よ」
「そう、だね……」
僕は斎無さんの言葉にただ頷くことしかできなかった。こんな簡単な推理、斎無さんに解けないはずがない。斎無さんは犯人を当てることに関しては的外れだが、それ以外については鋭い。
僕は諦めたように、項垂れた。それが合図と言わんばかりに斎無さんは指を伸ばす。その指の先にあるのは、項垂れた僕の姿だ。
「あなたが犯人ね、玄間くん」
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