第19話 犯人は…

「一応、僕だと決めつけた理由を聞いてもいいかな」

「アリバイ、と言っていいかわからないけれど……。私の机にこの鍵を入れることができた人物は一人しかいないの」

「斎無さんは昼休みも他の休み時間も、机から動いてなかったんだよね。掃除の時間が例外だけど、斎無さんはその時間教室の掃除当番だった」

「そう、だから唯一と言っていい掃除の時間にしか犯行は不可能。でもその時、私は周囲の人間を観察していたし、私の机に不審な動きをした人物はいなかったわ」

「それで、どうして僕が犯人なの? その時間、僕は廊下の掃除をしてたはずだけど」


 そうだ。ぼんやりと考え事をしていた僕に、掃除の時間の犯行は不可能だ。僕自身が証明できるが、その時間に教室へ一歩も足を踏み入れてないのだから。

 だが斎無さんはその真っ直ぐな瞳を揺らすことなく、僕の顔を見続けている。視線を合わせるのが気まずく、僕は目を逸らしてしまった。


「実はあったのよ。掃除の時間以外にも、私の机に鍵を放り込むタイミングが。ほんの一瞬だけれど、犯人にとってはまたもない機会だったでしょうね」

「いつかな。そのタイミングって」


 喋りながら、喉がひりつく感覚を覚える。平静を装っているつもりだが、僕の声は意思に反して掠れ気味になっていく。


「帰りのホームルームが終わった直後」

「…………」

「あの時、玄間くんはやけに焦っていたわね。目立つのが嫌いな玄間くんが、大急ぎで帰りの準備をしていたのを覚えているわ」

「あれは、金曜日が終わって早く帰りたいって気分だったからだよ。ほら、大人がよく言うでしょ花金だって。それだよ」

「おそらくそれもあったんだと思う。けれど私には、別の考えもあったように思う」

「別の考え? それって、一体何のことかわからないよ」

「ここまで言えばわかるでしょ。あなたは焦っていたのよ。私の机に鍵を放り込むタイミングが来ないまま、放課後になってしまったから。どうにかして手にしていた鍵を私の机に入れたかった」


 斎無さんは冷静に事実を告げていく。そう、事実を告げているのだ。斎無さんの観察眼はあくまで見ているものだけ、見てさえいなければその観察力を掻い潜れると思っていた僕の失敗だ。


「私があなたに隙を見せた瞬間、その時あなたは私の机に鍵を仕込んだ。違う?」

「いつもの当てずっぽうだったら嫌だからハッキリ言ってほしいんだけど、斎無さんの隙ってどの瞬間のことかな」

「私が自分の鞄を取るため、机から体を捻って床の鞄に手を伸ばしたほんの数秒の間のことよ」

「ああ、そう……」


 あの時の状況を思い出す── 斎無さんは帰る準備をしていた。机のちょっと横のスペースに置いてある鞄を取るために体を斜めにしていた。その姿勢のせいかセーラー服が伸びて、斎無さんの体のラインが浮かび上がる。僕はそれを見て慌てて持っていたものを放り出した──


 そう、僕は左手で持った鞄とは別に、右手に鍵を隠し持っていた。そして斎無さんに死角が出来た瞬間、持っていたもの──鍵を斎無さんの机に入れたのだ。


「あの瞬間だけは、私は机から目を離していたし、玄間くんに背を向けた状態だった。だから必然的にあのタイミングでしか犯行可能な瞬間が無いの」

「うん、うん……」


 僕はただ頷くだけしか出来なかった。それが事実だからだ。この僕が行った犯行の全てを見抜かれて、言い返す言葉が見つからなかったからだ。ミステリーの犯人のように惚けたり、必死の抵抗を見せるなんてこともなく、黙ることしか出来なかった。


「そうだよ、僕が犯人だ」

「やっぱり、そうだったのね。玄間くん、あなたが犯人だったの」

「流石斎無さんだね。今回ばかりは名探偵と言わざるを得ないよ」

「こんなこと、状況と証拠が揃えば赤ちゃんでも解ける謎よ」


 それは流石に無理じゃないかなぁ……。僕が同じことをされたら、誰かの忘れ物かなと思うだろう。それか新手のイジメでやばい物を押し付けられたと疑うかもしれない。


「さて。あっけない幕切れだったわね。玄間くん、犯行はもっとスマートにやってくれなきゃ、探偵としても張り合いがないわ」

「犯人役のつもりでやったことじゃ、ないんだけどね……」


 今回は仕方なく、本当に仕方がなくやったことだ。事件を起こすつもりもなかったし、他にいい方法があったかもしれない。だがこれが僕にとって最善の方法だったのだ。斎無さんに対する、僕なりのアプローチ手段がこれだっただけの話だ。


「それで、何なのかしら」

「何って、なにが?」

「この鍵のこと。これはどこの鍵で、どうして私の机に入れたのか教えてくれる?」

「そこは推理しないんだね」

「私はエスパーじゃないわ。起こった事件の謎を解くことは出来ても、そこに至った経緯までは読み解けない。まだまだ半人前ね。ホワイダニットを軽視しているわけではないのだけれど……現実って難しいわね」


 それは僕も同じ意見だ。けれどその前の、事件の謎を解けるっていうのは少し言い過ぎじゃないだろうか。だってこれまでの事件でも、斎無さんはそれっぽい推理を繰り出してきたものの、最後の最後に大ポカをやらかしている。ツッコむのも野暮かもしれないけど。

 僕はどう言えばいいのか迷い、頬を掻くことでなんとか時間を稼いだ。さて、どう説明すればいいものか……。


「えっと、昼休みに斎無さんと『御手洗潔の挨拶』について話したよね」

「そうね。ついでに言うと朝も同じ話題を出したはずよ」

「それで、斎無さんの好きなエピソードが東京タワーの話って知って……」

「『数字錠』ね」

「それ、そのことを知った後、立川くんたちと会話してたんだ。その……斎無さんの好きなものって何だろうって」

「あなたもそういう異性の話題に興味があるのね。それとも興味があるのは私のことかしら?」

「……ともかく、そこで僕はこう言ったんだ。『斎無さんは東京タワーから見る景色が好きなんじゃないかな』って」

「私がそんなこと、言ったかしら」

「『数字錠』の話のオチが好きって言ってたから、きっとあのシーンも好きなんじゃないかなって、僕が勝手に思っただけ……」

「まぁ、好きだからいいけれど」


 いいのか。というか勝手に喋ったことに関しては特に何も言わないのか。僕はてっきり、人のプライベートを周りに漏らすなとか、怒られると思っていたんだけど。

 斎無さんはそのくらいの話題だったら、別に不快感を抱くような人ではないようだ。


「そしたら佐藤くんとか、他のグループの人たちも来て……。その鍵を渡されたんだ。『高いとこが好きならとっておきの場所がある。先輩に借りた大事な鍵だけど、特別に貸してやる』ってね」


 佐藤くん、『椅子すり替え事件』で僕の椅子を取り替えてくれた優しい陽キャの彼である。来週からサッカー部に入部するらしく、早く来週にならないか楽しみにしていた。また話す機会が出来たのは、僕としても嬉しかった。

 もっとも佐藤くんは鍵を渡してきたら『斎無か、頑張れよ』と変なことを言って去っていってしまったのだが……。何か盛大に勘違いされている気がした。


「あなたがこの鍵を入手した経緯はわかったわ。それで、どうして私の机に入れたの? この鍵はどこの鍵なのかしら」

「全部バレちゃったから、ここからは実際に見てもらった方が早いかもしれない」

「現場に連れていってくれるのね」

「現場……いや、ある意味当たってるのかな」


 これから現場に……事件が起きる場所に行くことになる。別に斎無さんを人気のないところに連れていって、何かをするというわけではない。校則上問題になる行為を僕はやろうとしている。

 目立つから出来ればやりたくない。けれど今は金曜の放課後だ。幸い人は少ない。僕にとって、この激動の一週間を送った上で斎無さんにはどうしても見せなきゃいけないと思ったのだ。


 僕は斎無さんの前を歩き、先導する。これからその鍵を使う場所へ斎無さんを連れていく。そこで全てが終わる。この数日間の謎、何故斎無さんは僕に『御手洗潔の挨拶』を薦めたのか。それに対する僕の返事も。

 人通りの少ない階段を上がり、埃っぽい踊り場を抜けて、錆びついた扉を前にする。流石にここまでくれば斎無さんもここがどこか分かっただろう。


「ここが現場だよ。正確には、これから現場になる場所」

「そう、ここの鍵だったのね。だからタグがついてなかったのね」

「うん、校則で入るのを禁止されている場所」


僕は斎無さんから鍵を受け取る。そしてその鍵をさす。


「屋上だよ」

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