第17話 私に興味を持って

 休み時間中、立川くんたちと話している時のことだった。昨日話題に出たソシャゲをインストールしただのしてないだので盛り上がっているところ、突然蒲田くんが僕に話題を振った。


「玄間ってさ、斎無さんと仲良いん?」

「それな! 俺も気になってたんだよなぁ。さっき二人でなんか話してたじゃん。何話してたんだよ、え〜?」

「え? いきなり何さ。僕と斎無さんは別に何にもないよ」

「そうか〜? いい雰囲気だったぜ〜? もしかして玄間、お前斎無さんと……」

「いやナイナイ! 僕なんかが斎無さんとそんな関係になるなんて、あり得ないよ」

「それもそうか。なにせ斎無さんは学年のアイドルだもんな、玄間みたいなおとなしいやつと付き合うはずないか」

「くぅ〜! 俺も斎無さんとお話ししてみてぇ〜!」


 立川くん、斎無さんと話しても碌なことにならないと思うよ……。

 あと石川くん、僕のことをおとなしいやつと言ってくれてありがとう。僕にとって何より嬉しい褒め言葉だ。陰キャではなく、おとなしいだけ。これは僕の目指す平穏な高校生活で欠かせない属性だ。今のところは、うまくやれていると思っていいようだ。


「話したいなら話しかけてみれば?」

「バカ、玄間バカ! 俺らみたいな冴えない男子が、斎無さんに話しかけるなんて恐れ多いだろうが!」

「それな〜。玄間みたいに隣の席だと話すきっかけになるけど、俺ら接点ねえし」

「あと、何話したらいいかわからんよね。斎無さんの好きな話題とか趣味とか、知らんし」


 僕は席が隣だから話すきっかけが出来たわけじゃないんだけどね……。『椅子すり替え事件』の探偵役と犯人役という奇妙な関係のせいで、今も斎無さんと話す機会があるだけだ。

 それに僕は斎無さんが自称探偵のミステリー好きだと知っている。たまたま共通の趣味を持っているから、話題にも事欠かない。それだけの話だ。

 僕だって斎無さんのことをよく知らない。名探偵を自称するミステリー好き以外のパーソナルな部分を知らないのだ。趣味は何か、普段はどう過ごしているのか、そんな情報は知らない。斎無紗奈絵という少女の内面を何一つ理解していないのだ。


「斎無さんってマジで綺麗だよなぁ。あんな子と一緒に放課後デートとかしてみてぇ……」

「一緒に帰って青春を味わいたいよな〜!」

「別にいいもんでもなかったけどね……」

「うん? 玄間、なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ。楽しそうだねって言っただけ」

「だよな〜!」


 言えないな、斎無さんと一緒に帰ったことがあるって。それも二回。もっとも一回目は僕の方から逃げ出して、二回目は彼女が颯爽と走り去ってしまったが。これは青春と呼べるのだろうか……。


「玄間、次斎無さんと話す時、趣味とか色々聞いてみてくれよ」

「ええっ!? なんで僕が……」

「お前しか斎無さんと話せるやつがいねーんだ! 頼む! お前は俺たち冴えない男子の希望の星なんだ!」

「「「一生のお願いだ!」」」

「は、はは……。じゃあ、機会があれば聞いておくよ……」


 こういう時に断れるような人間に、僕はなりたい。脱陰キャへの道のりはまだまだ遠い。


 ◆◆◆


「という話があったんだよね」

「ねぇ玄間くん。そういうのは本人の前で言うものじゃないんじゃないかしら」

「でも僕が聞こうとしても、どうせ斎無さんに見抜かれるでしょ。それだったら、最初から事情を説明した方がいいかなって」

「もうちょっと自分で頑張って欲しかったわね」

「いやぁ、僕には無理だよ……。そういう腹の探り合いとか難しいし」

「人の趣味とか好みを聞くのを、腹の探り合い呼ばわりは変じゃないかしら。そんなことを思っているのに、私に事情をバラしてしまうのは平気なの?」

「平気じゃないよ……!? だから洗いざらい話して、教えて貰おうとしてるんだ!」


 はぁ……と溜息を吐く斎無さん。昼休み、僕らは自分の机で弁当を食べていた。自分の机で食べているのは、『椅子すり替え事件』の真相から得た教訓……というわけでもなく、単に机をくっつけて集団で食べる習慣が僕にないだけである。


 斎無さんは弁当を食べ終えて食後の読書を楽しんでいるようだった。そこに僕が話しかけて、本を読む手を止めてしまったのだ。

 気を悪くしたかなと思ったけど、読んでいる本を閉じているのを見るに、僕の会話に応じてくれるようだ。なんだかんだ、僕の話を聞いてくれるあたり優しい。


「私の趣味趣向、プライベートのことを知りたい……それはわかったわ。でもそれはあなたの意思じゃないでしょう。友達に頼まれたから……そんな理由で私が話すとでも思ってる?」

「頼まれたっていうのもあるけど、僕も知りたいから……斎無さんのこと」


 なにせ斎無さんは僕の内面や好きな小説を一方的に知っている。僕だけ情報を握られているのはフェアじゃない。僕だって斎無さんの内面を知る権利がある。いや権利っていうと大袈裟だけど、一方的に内面を覗かれているようで不満があるのは確かだ。

 それに斎無さんが僕に『御手洗』シリーズの『挨拶』をオススメしてきた意図がしりたい。彼女が何を思ってあの本を薦めてきたのかを理解するためには、斎無さんという人間を知らないといけないから。


「……卑怯だわ」

「え?」

「玄間くんのそういうところ、ずるいわ……」


 なぜ顔を背けるんだ斎無さん。なぜ耳が赤いんだ斎無さん。僕が変なことを言ったのか? 時々斎無さんはこうやって不思議な反応をする。僕にはわからないけど、そこで思考を止めたら駄目なんだろうな。


「ねぇ、教えてよ。斎無さんのこと。もっと知りたいんだ」

「……そうね。玄間くんとの付き合いも長いし、私について話しておこうかしら」

「まだ一週間も経ってないけど」

「玄間くんにとって、一週間近くも女子と話す機会があるなんてレアでしょ?」

「それはそうだけど言い方が酷い」

「私も男子とこんなに一緒にいるのは初めてだもの。長くも感じるわ」


 なぜそこで流し目で僕を見てくる。何かのアピールかな。


「……私の趣味は知っての通り探偵よ。事件あるところに私あり。それが名探偵斎無紗奈絵よ」

「迷探偵だし、事件のないところに勝手に湧き出るよね」

「好きな食べ物はハヤシライス。好きなものは犬……トイプードルが大好きだわ。家で飼ってるのよ、名前は『ぷぅにゃん』」

「へえ、犬飼ってるんだ。ハヤシライスが好きっていうのも意外だね」

「あらどうして?」

「だって初日にカレーそばを食べてたから」

「珍しいから食べてみただけよ」


 カレーそばを食べて制服を汚す、なかなかエキサイティングな初日だ。制服の色が黒だから目立たなかったものの、これが白系の制服だったらさぞ目立ったことだろう。


「トイプードルってどれくらい?」

「そうね、保険とか飼育小屋、初期費用も込みでだいたい二十数万……」

「いやいや、値段じゃないから! サイズ感の話だよ!」

「……三・五キログラムくらいかしら。両手で抱えられるサイズよ。甘えん坊で、とてもかわいいわ。ついつい甘やかしてしまうの」


 犬を甘やかす斎無さんを想像してみたが、無表情で犬を撫でる姿しか思い浮かばなかった。斎無さんも犬の前では表情を崩すこともあるのだろうか。


「ペットかぁ。うちは飼ったことないから、羨ましいなぁ」

「玄間くんはペットのお世話とか出来なさそうだわ。むしろペットにお世話されるんじゃないかしら」

「流石にそれはないから……」

「フフッ……」


 笑った……? 今確かに、斎無さんが笑っていた。もしかして今のは冗談だったのだろうか。僕が立川くんたち友達グループでよくやる、ボケとツッコミのような……。もしそうなら、斎無さんは僕との会話を楽しんでいる……もしくは楽しもうと努力していることになる。

 僕なんて立川くんたちに頼まれた義務感と、自分の中にある謎を解き明かす使命感で会話をしているのに……申し訳なくなってきた。結局僕は目の前の斎無さんを見ておらず、話を聞くこと自体を目的にしてしまっていた。

 話している相手のことなど、興味を持ってなかった。それが今わかって、自分が情けなくなった。


「斎無さん……ごめんね」

「急に謝られても反応に困るのだけれど」

「なんていうか、罪悪感が湧いてきて……」

「私はエスパーじゃないわ。勝手に頭の中で色々考えて謝罪されても、理解出来ないの」

「いや、斎無さんはこうやって僕に色々と話してくれてるのに、僕は全然斎無さんのことを見てないなって……それでなんか、ごめん……」

「確かにずっと視線を逸らしてるものね。玄間くん、ちっとも私の目を見てくれない」

「そういう意味じゃなくて……それに人の目を見るのって苦手なんだよ。相手が何を考えてるかわからないし、視線が怖いし」

「だからって視線を下げて胸ばかり見るのも失礼だと思うけれど」

「み、見てないよ胸なんて! 言いがかりだ、逆セクハラだ!」


 僕の名誉と尊厳に関わるから誓っていっておくが、斎無さんの胸を見たりなどしていない。確かに顔より下に視線を合わせているが、決して胸は見ていない。本当だ、信じてほしい。


「そんな感じでいいんじゃないかしら」

「え、何が?」

「人と会話する時、あれこれ考えずに思ったことを言えばいいじゃない。今の玄間くん、ちゃんと自分の意見を言えてたわよ。私の目を見て喋ってたし」

「そ、それはセクハラ疑惑を払拭するために……」

「そう? 女子って男子の視線には敏感なのよ。相手がどこを見てるのか、すぐわかるんだから」

「ねぇ斎無さん、一旦その話はやめにしない?」

「図星だから?」

「脱線してるからだよ! 話の本筋から!」

「あら、そうかしら。私のことを知りたいって話でしょう。ちゃんと趣旨通りの話じゃないかしら」

「どこが……」

「私のスリーサイズは上から九十……」

「いやそんなこと言わなくていいからね!?」


 なぜいきなりそんな情報を明かしてくるのだろう。斎無さんがますますわからなくなる。一体何を考えたら、クラスメイトの男子に自分のスリーサイズを教えようと思うのだろう。九十……何センチだ。

 くそ、わからない……。僕には数字で言われてもそれがどのくらいなのかわからない。アルファベットで言われても、実際に見たことないからやはりわからない。

 だが確実に言えるのは、この情報は立川くんたちには教えられないなということだろう。言えるかこんなこと。斎無さんもそれをわかってて言ってるんじゃないだろうな……。


「はぁ……なんだか疲れるよ、斎無さんと話してると」

「まるで私以外の人と話すと疲れないみたいな言い方だけど、お友達と話している時の方が疲れてるんじゃない?」

「そ、それはあるかも……。でも疲れ方のジャンルが違うよ。斎無さんは僕にとって、カロリーが高いから」

「カロリー……?」

「斎無さんみたいな学年のアイドルが……眩しいっていうか何と言うか……。ね、わかるでしょ?」

「全然わからないわ。もうちょっと詳しく説明してくれるかしら」


 わかってくれなかった。それもそうか、僕のような陰キャの気持を斎無さんがわかってくれるはずもない。だけど話を聞こうとしてくれている。それは理解をしようと努めているってことだ。斎無さんは僕を理解しようとしてくれているのだ。


「斎無さんはその、かわいいし……。まるでミステリーの探偵のような存在で……。非日常的な感じがするから……、僕みたいな人間が話すには……カロリーが高いんだよ。心のカロリー、メンタル的にお腹いっぱいになっちゃうんだ……」

「可愛くて名探偵だから、話すと緊張してアガってしまうということね。玄間くんらしい、実にウブな反応だわ」

「ウブの一言でまとめちゃうか……」


 あと名探偵とは言ってないよ、斎無さん。見た目や立ちふるまい方がミステリーの探偵みたいと言っただけで、名探偵だとは欠片も思ってないよ。だって斎無さんは迷探偵じゃないか。


「あなたが私のことをどう思ってるのか、よくわかったわ。なかなか悪くない気分よ」

「こっちは言いたくないことまで言わされて、ゲロ吐きそうな気分だよ……」

「いいじゃない。こっちだって、胸のサイズとか恥ずかしいことを言わされたんだし」

「言わせてないよね? 勝手に言ってきたんだよね?」

「お互い様ってことでいいわよね」

「全然良くないよねよ!? 僕が一方的に不利なんだけど!?」


 斎無さんはクスクスと笑う。何が楽しいのか、こんな僕との会話で笑ってくれている。それが嬉しいと思う気持ちがあった。そのことに僕は驚いた。女子と会話をして、会話できたことに喜んで……これではまるで、僕が斎無さんを意識しているみたいではないか。

 確かに斎無さんは美少女だ。一年生の男子全員の憧れの存在だ。僕も例外ではない。でもだからといって、僕が斎無さんを異性として意識している自覚はない。あくまでも綺麗な華を遠巻きに眺めるような、テレビの向こうのアイドルを見るような、そういう気持ちのはずだ。

 そうだ、単に僕が人と話すことに慣れてないから、会話する機会が多い斎無さんを意識してしまうだけなのだ。決して、女子だから、かわいいから意識しているわけではない。そうに違いない!


「私が話してばかりで退屈だわ。玄間くん、あなたから何か聞きたいこととかないの? 何でもいいわ、聞かれたことを答えてあげる」

「何でも……」


 その時僕は、『御手洗』シリーズの『挨拶』のことを考えていた。なぜあの本を僕に薦めたのか。その意図は何か。あの短編集の中で、斎無さんの好きな話がわかれば、その謎を解く鍵になるかもしれない。


「例えばそうね……。「さ、斎無さんって、か、彼氏とかいるの……?」って質問でもいいわよ」

「ちなみにそれ、僕の真似とかじゃないよね?」

「あら、わかった? なかなか似てたでしょう」

「……僕って喋る時、そんな風に喋ってるのか」


 ゆっくりはっきりと喋るように練習したはずなのに、全然上手く行ってなかったらしい。これは少しばかりショックだった。


「ねぇ、そんなことで落ち込んでないで、何か質問はないの?」

「そう、だね……。質問か……」

「ちなみにさっきの質問の答えは、彼氏はいないわ」

「聞いてないよ……」

「玄間くんにも、彼女はいないわよね」

「いると思う?」

「いなくて安心したわ。私の推理が合っていたから」

「そんなことまで推理しなくていいよ……」


 なぜ僕の恋愛事情など推理されなくてはならないんだ。僕は生まれてこの方、彼女なんて出来たことなんてただの一度もないのだ。まだ高校一年生になったばかり、という言い訳も出来るけど、同性の友達すらいなかったのに、彼女なんて出来るはずがない。

 そりゃ、僕だって思春期の男子高校生だ。恋愛にだって多少の興味はあるけど、この性格からして無理だろうとも諦めている。だからこそ、脱陰キャを目指しているのだけど……。いや彼女が欲しいからではなく、平穏な高校生活を送るのが理由だけど。その平穏な高校生活の中に、あわよくば彼女を作りたいという願望が入ってるだけだ。


「じゃあ聞くけど、斎無さんの好きな話って何?」

「好きな話?」

「ほら、昨日薦めてくれた『御手洗』シリーズの『挨拶』だよ。あの本はいくつかのエピソードが収録されてるけど、どの話が一番好きなのか気になったんだ」

「そんなことでいいの? もっと聞くべきこととかあるんじゃないの」

「どうしても知りたいんだ」


 斎無さんの内面を知るために、理解したいがために僕はその質問をした。


「朝もそんな話をしてたわよね。あなたも『御手洗』シリーズの良さに気付いてくれたようで嬉しいわ」

「元から面白いと思ってたよ、『占星術殺人事件』とか初めて読んだ時はびっくりしたし、『異邦の騎士』はまさかあの人じゃないだろうなと思ってた人物が主人公だったし。『暗闇坂』はヒロインがいいキャラクターだったよね」


事件の真相を考えたら可哀想だったけど、名探偵御手洗の優しさも垣間見えるいいシーンだったと思う。


「ちなみにそのヒロイン、レギュラーキャラになるわよ」

「え、本当に!? というかネタバレやめてくれない!?」

「今後も登場するってくらいなら、ネタバレとは言わないんじゃないかしら」

「ミステリーで続編にも登場するってことは、被害者か犯人になる可能性があるってことじゃ……。あまりポジティブには考えられないし、まさか再登場するとはって驚きが無くなるし、ネタバレはネタバレだよ」

「そういう考えも出来るわね……。今のは私が悪かったわ、ごめんなさい」

「うん、いいよ……ってそうじゃなくて、結局『挨拶』で好きなエピソードはどれなのって質問の答えは?」

「そうだったわ。駄目ね……好きなことの話をすると、どうも話が脱線してしまうわ」


 それほど斎無さんは『御手洗』シリーズが好きということだろう。夢中になって話す斎無さんの姿は、確かに普段よりも興奮しているように思える。


「『数字錠』……」

「え?」

「『数字錠』の話が好きよ。ほら、会社の社長が殺されて……ってエピソードよ」

「ああ、東京タワーが出てくるやつ……」

「そう、東京タワーが印象深いわね。あの話はとてもいい話だったわ。あの話を読んで私は紅茶を飲むようになったの」

「最後のシーンのやつか……。もしかして斎無さんが毎回ミルクティーを買ってるのって、そういう……?」

「そう、ストレートティーは私にはまだ早い」

「甘いのが好きなんだね」

「ちなみにレモンティーも好きよ」


 それは、やっぱり甘いのが好きなんだと思うよ。僕の頭のメモに、斎無さんは甘いもの好きという項目が追加された。『挨拶』の中で好きなエピソードが『数字錠』だということも。これは忘れないでおこう。たぶん、大事なことだから。

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