第4話 動機はあるの?
「この事件の実行犯は誰か。犯行方法は? それを解かない限り、事件は解決しないわ」
「僕じゃないよ。アリバイがあるからね」
「そうかしら。私はやっぱり、あなたが怪しいと思うわ」
アリバイがあるのにまだ疑われるのか。でも考えてみれば当然だ。アリバイは崩すためにある。少なくとも僕が読んできたミステリーはそうだった。
だがこれは現実で起きた事件だ。僕自身が犯人ではないとわかっている以上、犯人は別にいるのは確定している。
あとはどうやって椅子が入れ替わったのかを考えるだけだ。
「この椅子は昼休みの間に入れ替わったのは確定してるよね。そして僕が犯人じゃないと仮定すると……。いやそんな目で見ないでよ斎無さん。本当に僕じゃないんだって」
「……まあいいわ。続きを話して」
「椅子の入れ替えは教室で行われたんだよね」
「当然でしょう。椅子は教室にあるものよ」
斎無さんの言う通りだ。椅子は教室に備えられているものだ。教室の外に持ち出されることなんて、滅多にない。
大掃除の際に廊下に出されることはあるかもしれないが、数ヶ月に一度しかないだろう。
この高校に入ってまだ一日も経ってないけれど、廊下に椅子が出されている場面に出くわした記憶もない。
つまり椅子が教室の外に出た可能性は極めて低いと思われる。
「犯人は椅子を教室の中で入れ替える必要があった。この点について異論はないよね」
「無いわ」
よし。斎無さんの言質を取った。
「じゃあ『犯人』は『教室』で『椅子を入れ替えた』ってことでいいよね」
「くどいわね。それ以外に可能性なんてないわ。……いやあるかもしれないけれど、今回の事件では考えなくていいくらい可能性は低いと思う」
他の可能性とやらに興味があるけど、それを聞いたら話が長くなって面倒くさそうだから聞かないでおこう。僕の不利になりそうだし。
だがこれではっきりと言えることがある。
「じゃあやっぱり、僕には犯行は不可能だよ」
「なぜそう言い切れるのかしら。教室で事件が起きたってわかっただけで、あなたは自分が容疑者から外されると思ってるの?」
「逆に聞くけど、昼休みの教室でそんなこと出来ると思う? だって教室には大勢のクラスメイトがいたんだよ」
「……っ」
しまった、という斎無さんの表情を僕は見逃さなかった。
そうだ、斎無さんの推理には致命的な欠点がある。それは目撃者についてだ。
普通は事件が起きれば目撃者がいるか聞くだろう。
だが今回の『椅子すり替え事件』は規模が小さく、わざわざクラスメイトに聞いて回るような事件でもないため、目撃者がいるかどうかわからないのだ。
明日クラスメイトに聞けば目撃者がいるかもしれないが、入学初日の他人の椅子が入れ替わったかどうか覚えている人なんていないかもしれない。
「私のミスね……。捜索といえば目撃者を確かめるのは探偵の基本なのに……」
「気にしないでよ。おかげで僕の無実を証明できそうだから」
「ねえ玄間くん。さっきから気になっているのだけれど、事件が教室で起きたというだけで、どうしてあなたが犯人じゃないと断言できるのかしら」
「斎無さんはさっき言ったよね。僕のことを『社会に出て苦労しそうな性格』って」
「ええ。周りの目を気にして気疲れする、自縄自縛に陥りそうな性格だわ」
「それが理由だよ。僕が犯人じゃない根拠になるんだ」
考えてみればわかるだろう。僕のような目立つことを嫌う陰キャが、衆人環視の中で自分の椅子と他人の椅子を入れ替えるような行動をするだろうか。
いや絶対にしない。確実に目立つからだ。
しかも相手はもはやクラスのアイドルと言っても差し支えない斎無さんだ。正確には斎無さんが座っていた椅子だ。
男子が勝手に女子の使っている椅子と入れ替えようとするなんて、とても目立つだろう。
それとも案外誰も気にしないだろうか? いや事実は関係ない。少なくとも僕自身はその行為を、目立つ行為だと思っている。
そんな行動は取りたくないと思っているのだ。
「なるほどね……。これまであなたと話していて、あなたの性格はそれなりに理解してるつもりよ。確かにあなたには、周りから注目されるような行動を取るメリットはない」
「わかってくれて嬉しいよ」
「でも私は、あなたが犯人であると疑っているわ」
「えっ……!?」
僕のアリバイと性格を説明したうえで、まだ疑われている……?
「なぜ犯行に及んだのか……。ホワイダニットは確かに重要よ。でもね玄間くん、逆に言えば理由なんていくらでもあるじゃない」
「斎無さんはあくまでも、誰がやったのか……フーダニットを重視してるんだね」
「だってそれこそが探偵の仕事じゃない。犯人がわからない探偵なんて、探偵じゃないわ」
それはどうだろう。事件の詳細がわかっても、犯人を特定できない探偵もいるんじゃないだろうか。
僕が読んできたミステリーはどうだっただろうか。探偵は犯人が誰か言い当てる作品が多い気がする。
だが読者には誰が犯人なのか考察の余地を残したミステリーもあるにはある。
僕はホワイダニットを重視しているわけではない。ミステリーの華とも言えるトリックと、誰が犯人なのかという謎を考えるのは楽しい。
斎無さんと同じく、誰が犯人なのか……フーダニットの要素が一番好きだ。
だがなぜ事件が起きたのか、その事情を考えることも好きだ。
なぜなら、犯人が事件を起こすためには、そうするだけの理由が必要だから。
物語のきっかけとなる重要なパズルのピースなのだ。それを軽んじることは出来ない。
「暴論だよ。斎無さんの言ってることは、名探偵のセリフじゃない」
「そう? 心を軽視する名探偵も多いわよ」
「それは犯人の心情を理解したうえで、そういう態度になるんじゃないかな。少なくともなぜ事件が起きたのかを考えようともしないのは駄目だ」
言った後に後悔した。僕の言葉には、斎無さんを否定する意味が込められていた。
他人を否定する。それは脱陰キャを目指す僕にとって、決して取ってはいけない行動だった。
暗い自分を変えたい、周囲に馴染みたいと願う僕は、その周囲を否定してはいけないのだ。
だが意外にも斎無さんは不快な顔をするわけでもなく、なんなら笑みを浮かべていた。
それがなぜだかとても怖かった。
「あなたの言う通り、なぜ事件が起こったのか。なぜ犯人は犯行に及んだのか。そういう理由を考えるべきだわ」
「えぇ……?」
言ってることがさっきと真逆だ。まるで最初からこう言いたかったかのようだ。
「じゃあ確認してみましょうか。なぜ犯人は自分の椅子を私の椅子とすり替えたのか」
「それは最初からわかってるよ。僕の椅子がガタガタしてるからだ」
「そうね。でもダメ、もう少し深掘りしないと真実を見つけられないわ」
斎無さんはそういうと、自分の椅子をひっくり返した。ここでいう自分の椅子とは斎無さんの椅子(午後)のことだ。
その椅子の脚部分を斎無さんは指さす。僕に確認を求めているらしい。
「……脚の部分の一番下、キャップが取れてるね」
「椅子が揺れていた原因はこれね。キャップは床と擦れるのを防ぐために全ての椅子につけてあるわ」
「これが動機に繋がるの?」
「もちろんよ。他の椅子も確認してみなさい」
そう言われて僕は教室にある椅子全部を裏返して、脚の部分を確認した。
その結果、キャップが外れている椅子は斎無さんの椅子(午後)だけだと判明した。
「犯人が椅子をすり替えたのは椅子ががたがたしていたから。それは確定でしょ? そしてその椅子の持ち主は玄間くん、あなただけなのよ」
「ま、待ってよ! キャップなら他の人の椅子でも取り替えられるはずだよ」
「無理よ。このキャップ、とても強く固定されているわ」
「ぐっ……ふううぅぅぅん……! ……なるほど確かに硬いね。腕力で取れそうにないよ」
「おそらく古い椅子が紛れ込んでいたのね。それとも何かの衝撃で破損したか。どちらにしてもこれでわかったでしょう」
斎無さんはドヤ顔で僕に勝ち誇ったように言う。
「つまり犯行に使用された椅子は間違いなく、午前中に玄間くんが使用していたものよ」
「そうなるね……」
「そして、こんな椅子は変えたいと思うのが当然でしょ? でも玄間くんの性格だと、先生に頼むなんてことも出来ない。つまり残された手段として、隣の椅子とすり替えるしかないのよ」
言い返せない。だがまだハウダニット……どうやって椅子の入れ替えをしたのかは謎だ。
そこまでわからない限り僕が犯人とは言えない。
……本当にそうか? ここまで動機が揃っているなら、僕が犯人ってことは覆しようがないんじゃないか。
いや僕は犯人じゃないんだけど。
なにか、なにか反論できないだろうか。できるはずだ。
まだ事態を覆す鍵があるはず……。
「ど、どうやって……」
「犯行方法はそうね、わざと自分の椅子を倒したとか? それで私の椅子まで巻き込んで、一緒に床に倒れたのよ。その時自分の椅子を立て直すついでに、私の椅子とすり替えたのよ」
「それを証明できる?」
「無理かもしれない。でもその方法なら、目立つのが嫌なあなたでも可能と思う。『椅子を倒しちゃった! 悪気はないんだ! ごめんね!』って感じで、申し訳なさそうな顔をしていれば、周りからは故意じゃないって思われるだろうし」
「いや僕はそんな感情を出せないよ。やばいって顔に出ちゃう」
「それは故意じゃない場合でしょう。故意にやったら、表情くらい取り繕うことはできそうだけれど」
斎無さんはわかってない。僕はそんなポジティブな考え方などできないのだ。
わざとだろうがなかろうが、自分の行動で周りに注目される時点で僕にとってはアウトだ。
クラスメイトの皆様申し訳ございません、わたくしなんかのせいで貴重な時間を割いてしまって大変ご迷惑をおかけしましたって気分になる。
脱陰キャを目指す僕にとって周りの目を気にしすぎないようするのは目標の一つではある。
だが迷惑をかけることに関しては、気にしすぎてもいいのではないだろうか。
それとも他の人はみんな、そんなことを気にしないのかな?
「はっきり言わせてもらうけど、僕には無理だね。斎無さんの推理通りの行動をわざわざするくらいなら、僕はガタガタの椅子を使い続けるよ」
「やっぱり先生に相談するって選択肢はないのね」
「それが言える性格ならよかったんだけど」
「とても謙虚な性格なのね。それくらいは言えるようになったほうがいいと思うけれど」
「以後気をつけるよ……」
実際のところ、僕は椅子のキャップが壊れていてガタガタになっていることに気付いてさえいなかっただけなのだが……。
自分の気持ちが不安定なのかと錯覚していたのだ。椅子を変えるという発想自体がなかった。
流石に鈍すぎるだろうと自分でも思う。もっとも「この椅子、なんか変じゃない?」と思ったとしても、椅子をひっくり返して確認するといった行動も取れたか怪しい。
だってそれをすると、周囲に見られることになる。
少なくとも僕の周りの席の人たちは、こいつ何やってんだ? と僕を見るかもしれない。
そんな視線に耐えられない僕が、椅子の裏を確認するなど出来っこないのだ。
だから僕はどうやったって、犯人になりようがない。
椅子のすり替えなんてだいそれた行動を起こす勇気が一ミリたりとも存在しないのだ。
「斎無さん、君の推理は外れてるんだ。アリバイ・動機・トリック……全部僕には当てはまらない」
「…………」
「最後に事件のおさらいをしようか」
斎無さんは黙っている。自分の推理が間違っていると思って悔しいと感じているのか、それともまだ僕を犯人だと思っているのか。察しの悪い僕にはわからない。
だけど斎無さんが、僕の言葉を面白くないと感じていることはわかる。
僕にはそれがとてつもなく申し訳なく感じて、今にも喋るのを止めたくなる。
だがここで僕が黙ってしまうと、斎無さんは僕を犯人だと思いこんでしまいそうだ。
斎無さんはクラスメイト全員から注目されている人物だ。彼女に悪印象を持たれると、他のクラスメイトも僕への印象が悪くなってしまう可能性がある。
ここで斎無さんの推理を破ることができなければ、僕の高校生活は最悪の形でスタートを切ってしまうことになるのだ。
後顧の憂いの無いよう、ここで強気に攻めなければならないのだ。
自己保身のために必死になる自分の姿に自己嫌悪しつつ、僕は眼前の探偵に真実を突きつける。
「事件は昼休みに起きた。僕と斎無さんの椅子をすり替えたという、一見どうでもいいと思えるような事件だね。いや……被害者の斎無さんにとっては、どうでもいいってわけじゃないか。ごめん」
「謝らなくていいわ……。続きを言って」
「斎無さんが容疑者と疑っているのは僕だ。だって僕の椅子が犯行に使われたんだもんね。そりゃ怪しいと思うだろう。動機は椅子の不具合……椅子の脚部分についてるはずのキャップが、一箇所だけついてなかったんだ。だから僕の椅子はガタガタで、斎無さんはそれを目にしていた」
「実際、午前中のあなたは結構な頻度で不安定に揺れていたもの。この人、落ち着きがないのかしらって思ったわ」
そんなふうに思われていたのか……。僕がクラスでの自分のポジション確立に必死だった時、既に斎無さんは僕を変なやつだと思っていたなんて……。
「そんなことを思っていたら、午後からは私の椅子がガタガタ揺れるようになったからもしかしてと思ったわ。掃除の時間に椅子をひっくり返して机の裏に乗せる時、脚のキャップが無いってわかったのよ」
「そこで斎無さんは気付いたわけだね。午前中、横でグラグラ揺れていた僕と、午後から揺れるようになった自分の椅子が同じものだって。掃除の時、僕の椅子も見たんだよね。そこには午前中、斎無さんが自分の椅子に貼ったはずの……」
「ぷにゃもんシールが貼ってあったのよ」
気のせいだろうか、ぷにゃもんシールについて語る時の斎無さんの表情がふにゃっとしている感じが……。
「……好きなの、ぷにゃもん?」
「……別に。毎週テレビの前では、正座しながら視聴する程度よ」
「……大好きなんだね?」
「ちなみにそのシールに描かれたキャラクターは大人気キャラクターの『クロニャ』よ。黒い猫をモチーフにした、かわいらしいキャラクターなの。あなたに説明しなくても知ってるでしょうけど」
知らなかった、とは言えなそうな雰囲気だ。僕が小学生の頃にやっていたぷにゃもんのゲームには、この『クロニャ』というキャラクターは出てこなかった記憶がある。
とはいえ国民的アニメの大人気キャラクターだけあって、イラスト自体は僕も何度か目にしたことはある。アニメは見ていないし、名前は知らなかったけど。
「まさか知らないの? 国民的キャラクターであるクロニャを?」
「いや、まあそこは事件に関係ないから……ね? 今は一旦置いといて……」
「じゃあ今度クロニャの素晴らしさをじっくり教えてあげるわ。こんなかわいい猫を私もいつか飼いたいわね」
「現実にはいないんじゃないかな……」
「……うるさいわね」
しまった、余計なことを言ってしまった。今の言葉はデリカシーにかけていたか。
しかし斎無さん、本人はクールな美少女といった感じだが、こんなかわいらしいキャラクターが大好きなのか。なんだかギャップがあるというか、意外というか。
「ぷにゃもんの話は一旦置いといて……。斎無さんは事件に使われた椅子を確認して、確信した。犯人は壊れた椅子を交換したいから、斎無さんの椅子とすり替えたと思ったんだ」
「そう。そしてその椅子を使っていたのは玄間くん、あなたよね」
「僕がガタガタの椅子を使っているところは見られてるしね。動機はあるように見えるわけだ。だけど僕にはアリバイがあった」
「私と同じく、玄間くんもお昼ご飯は学食に行ったのよね。それを証言してくれる友達もいた。そして教室に帰ってきたのは昼休みが終わるギリギリの時間だった。私はそれよりも少し遅れて教室に帰ってきたわ」
「カレーそばを食べて制服に汚れがついたから、洗ってたんだよね」
「だから私から見ると、あなたは既に教室にいたのよ。私がいない間に椅子のすり替えくらい出来る時間があったと思ったの」
確かにそれくらいの時間ならあっただろう。隣の席と椅子を交換するなんて、多く見積もっても十秒くらいあれば出来るはずだ。
「けれど僕にはそれが出来なかったんだよ。理由は二つ、衆人環視の中で椅子の交換なんて目立ちそうな行動を取りたくないってことと、そもそも僕は椅子が壊れていたなんて知らなかったことだ」
「椅子の交換が目立つかどうかは、あなたの主観ね。私は別に目立つとは思わないわ。もっとも、私なら素直に先生に交換してくれるよう頼むけど」
斎無さんは何もしてなくても目立つからな……。
そりゃ、隣の椅子と入れ替えるくらいどうってことないかもしれない。
「そして玄間くんが椅子が壊れていたことを知らなかった点、これもあなたの主観と言えるわ」
「待ってよ! さっき斎無さんが椅子を見せてくれた時、僕はあの時椅子の脚についてるキャップが一つだけないって知ったんだよ!?」
「演技だったかもしれない」
「演技だったかもって……それこそ斎無さんの主観じゃないか」
「可能性の一つを言ってるだけよ」
「ずるくないかなあ、それ……」
なんだか斎無さんに言いくるめられている気がしてならない。
僕は口論は弱い。びっくりするくらい弱い。弱いというか、出来ない。理路整然とした会話が出来ないのだ。
自分の考えさえはっきり言えないのに、相手の意見にどうこう言えるわけがない。陰キャの僕にこんな口論バトル自体がハードルが高いといえる。
「……で、重要な犯行方法についてだけど。斎無さんの推理では、僕が犯人だった場合、自分の椅子を斎無さんの椅子を巻き込むように倒して、そこでこっそりすり替えるって話だったね」
「犯人は先生に椅子の交換を申し出なかった。つまり弱気な人間の可能性が高い。椅子は実際にすり替わっている。そうなると必然的に、こっそりすり替えたってことになる」
「わざと倒してって方法は、僕と会話して、僕の性格を理解したあとに思いついたの?」
「そうね、消去法でそんな方法になるかもって感じなのが悔しいけれど。もっともあなたはこの方法でもやりたがらない様だけれど」
「うん、絶対やらないよ。黙ってこの椅子を使い続ける」
さて、こうして事件を振り返ってわかったことがある。
動機・アリバイ・トリック……すべてを明らかにして、僕は僕の無実を証明した。いや証明したつもりでいる。
けれど斎無さんの反応はどうだろう。一切納得がいっていないようだった。僕が出来ない理由をいくら言っても、ちっとも容疑者から外してくれない。
「僕の言えることはこれで全部。僕は犯人じゃない。でもこれじゃあ納得してくれないよね……」
「私も、あなたが犯人である可能性を上げてみたけれど、あなたにとって私の推理は欠点があるようね……」
「でもお互いに自分の主張は変える気は……」
「無いようね」
「平行線だね」
「そのようね……」
さて、どうしたものか。僕らはお互いに出せる手札をすべて場に出した。これ以上証拠となりうるものがなさそうだ。
僕は自分が犯人ではないと知っている。その根拠を話しても、斎無さんは納得してくれない。斎無さんも、自分の推理を前に依然容疑を認めない僕に対して、さぞ手を焼いていることだろう。
ここからどうすれば、真実がわかるのだろうか。そもそもこれは真実を求めるための議論なのだろうか。僕たちの話し合いの末、待っているのはなんだろう。
僕の潔白? 斎無さんの推理力の披露? 事件解決の達成感? そもそもゴールとはどこなのだろうか。
わからないまま、夕日が差す教室に沈黙が訪れる。
そこに、突如として教室のドアが開かれた。
意図せぬ第三者の介入である。
◆◆◆
「おーまだ残ってたのか」
教室にやってきたのは僕ら一年二組の担任、小林先生だった。
「せっ、先生、どもっ……」
「玄間くん、急に言葉がたどたどしくなったわね」
仕方ないだろう、大人相手に話すのは緊張するんだ。先生相手に優雅な会釈で済ませる斎無さんの肝の座りっぷりが羨ましい。
担任の先生といえば、僕ら生徒のいわば上司である。失礼のないように、低頭平身で接するべきじゃないのか? いや僕が卑屈過ぎるだけだろうか。
「おー、お前の席だったか。名前はえっと……」
「く、玄間です。よろしくおねがいします」
「はいよろしくなー。悪かったなあ初日から不便な思いさせちゃってなあ」
「……? ど、どういうことですか」
「お前の椅子壊れてんだって? 佐藤から聞いたよ」
なぜ先生が僕の椅子のことを知っているんだろう。それよりも佐藤って誰だ?
「佐藤くん、サッカー部に入部予定の佐藤くんよ」
斎無さんが横から教えてくれる。だがいくら説明されても、僕には全然わからなかった。今日僕が覚えた名前は一緒にいるグループのメンバーと担任の小林先生、そして斎無さんくらいだ。
むしろなんでふたりとも、初日で佐藤くんとやらを覚えているんだろう。記憶力がよすぎないか?
いや、先生は僕の名前を覚えていなかったな。つまり佐藤くんはサッカー部で陽キャだから印象に残ったということか。つまり僕は印象が薄かったってことか……。
「先生、佐藤くんがなにか言ってたんですか」
斎無さんが僕の聞きたかったことを聞いてくれた。
「おー。あいつがな、昼休みに教室の椅子が一つ壊れてるって職員室まで来て教えてくれてなー。交換とかしてあげてくれませんかって言ってきたんだよ」
「え、佐藤くんが? なんで?」
「俺も不思議に思ったんだけどなー。あいつ、昼休みにお前の席を使ってたらしいんだよ。ほら、よくあるだろ。友達同士で机くっつけて弁当食べるやつ」
僕には経験ないけど、よくあることなのか。そっか……。僕はそんなこと、やったこと無いけどよくあるんだ。知らなかった……。
小学校の時も中学の時も、いつも一人で黙々と食べてたから……。
「……もしかして、そういうことだったの!?」
「なにか気付いたの、斎無さん?」
「いや、ええ、ちょっと、なんでもないわ」
「ふぅん……?」
なんだか斎無さんの様子がおかしい。急に気まずい雰囲気を醸し出してきた。
さっきまで僕にしっかりと目を向けていたのに、今度は急に目をそらすようになった。
先生の言葉を聞いて、なにか気付いたのは間違いないと思う。だが残念ながら僕にはそれが何なのかさっぱりわからない。
「じゃあこれ、新しい椅子。古い椅子は持ってくからなー」
「あ、はい。でもえっとですね」
「これです。お願いします」
僕が先生にどう説明しようか迷っていた隙に、斎無さんは自分の椅子を抱えて先生に持っていった。
「ういー。なんで斎無が持ってるのか知らんけど、とにかくすまんかったなー」
「ありがとうございました」
「お前ら早く帰れよー。じゃあなーおつかれー」
先生は壊れた椅子と新しい椅子を交換して斎無に渡すと、教室を出ていった。
そしてまた、教室には僕と斎無さんの二人になってしまった。
「ねえ斎無さん」
「なにかしら玄間くん」
「なにか気付いたでしょ? 教えてよ」
「そ、そうね。でも事件には知らなくてもいい真実もあるんじゃないかしら」
「ここまで巻き込んでおいてそりゃないよ。このままじゃ気になって眠れないよ!」
「そうね、じゃあ説明するけどその前に玄間くん……一つだけ言わせてほしい。今から私が言う真実に、決して怒らないで欲しいの。約束してくれる?」
「う、うんわかった。約束するよ。どんな真実でも怒らないって」
斎無さんはそこですぅっと大きく深呼吸をして、目を閉じた。
そして目を開けるとこんなことを言い出した。
「玄間くんが犯人って私の推理、全部勘違いだったみたい……。ごめんねっ」
「は……はあぁぁ!? ちょ、ちょっと待った! 異議あり! なにそれ、こっちはずっと疑われたのに最後はごめんねって! しかもウインクして、ちょっとかわいい感じで『ごめんねっ』って! 普段は絶対言わないでしょそんなセリフ! 『ごめんねっ』の『っ』に若干あざとさを感じるよ斎無さん!」
「悪気はなかったの。本当よ? 私の推理ではどう考えても玄間くんが犯人だって確定していたから、ね?」
「ね? じゃないよ。どういうことなの!?」
「ま、まあそんなに憤らないで。そろそろ暗くなりそうだし、帰りながら説明しようか。玄間くん、家はどの辺かな」
「西区の千乗町だけど」
「なら途中まで一緒だ。さあ、帰ろう帰ろう。ジュースでも飲みながら帰宅しましょう。なんなら私が奢るわよ、玄間くんは何が好きかしら」
「じゃあ……天然水で」
「お財布的にはありがたいけれど、それでいいの?」
こうして僕たちは帰ることになった。
結局事件の真相とやらはわからずじまいだったが、帰り道に斎無さんが教えてくれるらしい。
女子といっしょに帰るなんて人生始めての経験なのだが、正直この時は事件の真相が気になりすぎてどうでもよくなっていた。
あからさまに怪しい斎無さんの態度も気になっていた。果たして彼女はどんな真相に気付いたというのだろう。
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