【11】事件―その後

泊り込みに備えて持参していた服に着替えた鏡堂達哉きょうどうたつやは、高階邦正たかしなくにまさ捜査一課長に個別の面談を求めた。

高階も彼の表情から事の重大性を察知し、二人だけで報告を受けることを了承した。


〇山署の小会議室に入った鏡堂は、改めて高階に、富樫文成とがしふみなりが『雨男』であったことを告げ、彼との会話の一部始終を報告した。


高階は最初、彼の話に半信半疑だった。

しかし防水機能のお蔭で水没を免れた、彼の携帯電話の録音音声を聴くに至って、事実と受け入れざるを得なかった。


ただ、事実であることと、それを世間に公表することとは、まったく別問題だった。

雨宮神社の祭神の力で、室内に雨を降らせて人を殺害するなどという荒唐無稽な説明を、世間が受け入れる筈もなかったからだ。


そんなことを真顔で発表すれば、高階初め、〇〇県警上層部の正気を疑われるだろう。

彼にとっては、頭の痛い話であった。


暫くの間、眉間に深い皺を寄せて黙考していた高階は、やがておもむろに顔を上げると、厳しい口調で鏡堂に釘を刺した。


「このことは絶対に漏らすな。

警察内部にもだ。


天宮にもそのことは、しっかり厳命するんだ。

いいな」


「分かりました」

鏡堂もそのことは十分理解していた。


「後のことは俺が処理する。

お前は、今日はもう引けていいぞ。

ご苦労だったな」


そう言って部下を労うと、高階はそそくさと会議室を後にした。

鏡堂もそれに続く。


捜査本部に戻った鏡堂は、室内で所在なさげにしている天宮に声を掛け、高階からの厳命を伝えた。

天宮はそれに神妙な顔で頷く。

こうして『雨男』事件は、終焉を迎えたのだった。


鏡堂が後から聞いた話によると、富樫はあの場で救急隊員によって死亡が確認されたらしい。

死因は溺死だった。

そのことを聞いた彼は、『雨男』に相応しい死に様だと思った。


そして捜査本部は、県警上層部の強い意向によって、翌日唐突に解散された。

そして徳丸夫妻、滝本、古賀の死亡は、事故として処理されることになったのだ。


捜査に当たった刑事たちからは、かなりの不平が漏れたが、上からの強い命令を覆すには至らなかった。


事件が突然終結したことに対して、マスコミからは一時、猛然とした追及が行われたが、それも時間と共に沈静化していったのだった。


そんな中鏡堂の胸には、富樫文成が長年抱いていた怨念が、いつまでもわだかまり続けていた。


そして事件終結から、三か月が経過したある日のことだった。

突然高階捜査一課長に呼ばれた鏡堂は、県警本部内の会議室に向かった。

中に入ると、高階と直属上長の熊本達夫、そして何故か、天宮於兎子てんきゅうおとこの姿があったのだ。


意表を突かれた彼に向かって、天宮が立ち上がると、満面の笑みを浮かべて挨拶する。

「天宮於兎子巡査部長、本日より県警本部捜査一課勤務を拝命致しました。

鏡堂刑事、ご指導のほど、よろしくお願い致します」


事情が全く分からず、呆然とする彼に向かって、高階が宣告した。

「今後君は天宮刑事とバディを組んで、指導に当たれ。以上だ。」


そして席を立った高階は、鏡堂の耳元で囁いた。

「天宮が例の力を使わないよう、お前がしっかり監視するんだ。

任せたぞ」


そう言い捨てて高階はさっさと会議室を出て行き、熊本も彼に続く。

去り際に熊本が見せた、にやけた笑いが、無性に鏡堂の癇に障った。


――これは絶対、課長と班長の嫌がらせだな。くそっ。

心の中で悪態をついた彼は、会議室に残った天宮を見た。


その信頼と憧憬に満ちた視線を浴びて、鏡堂は思わず彼女から、顔を逸らしたのだった。

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あめおとこー鏡堂達哉怪異事件簿その壱 六散人 @ROKUSANJIN

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