【05】捜査会議

2024年7月5日午後四時。

〇山署に設置された、『県道1号線車両衝突事故捜査本部』において、その日の午前中に市内で発生した、『マンション内変死事件』に関する、捜査会議が併せて開催された。


二つの事案の関連性を鑑みてのことだったが、未だ両事案とも、事故であるのか、何者かによって引き起こされた事件であるのかが、判然としない状況での捜査会議だった。


会議に集まった、県警捜査一課及び〇山署捜査一係の刑事たちの相貌は、いずれも苦渋の色で満ちており、そのことが両事件の深刻さを、如実に物語っていた。

『県道1号線車両衝突事故』について、発生からこれまでの数日間で、殆ど捜査に進展が見られないことが、彼らの表情を暗くしている原因であった。


そのため会議では、『県道1号線車両衝突事故』については議題に上がらず、両事件への関連が示唆される、『雨男』の話題が、検討事項として挙がっていた。


会議の冒頭、県警捜査一課の熊本達夫班長から、『雨男』に関するスレッドと、その日マンションの事件現場で発見されたメモについて、簡単な紹介が行われた。


続いて〇山署天宮刑事が、会議室前方に設置された大型モニターに、自身のパソコンから『雨男』のスレッドを画面共有する。

ゆっくりとスクロールダウンされるモニター上の映像を、全捜査員が食い入るように見つめていた。


続いてモニターには、その日の事件現場で発見された、『次はお前 雨男』と書かれたメモが映し出される。

それを見た捜査員の間に、静かなどよめきが起こった。


「その『雨男』のスレッドだが、その後変化はないのか?」

県警捜査一課長の高階邦正たかしなくにまさ警視が、会議の口火を切った。


「他の参加者からの投稿は幾つか上がっていますが、スレッドを立てたJINからは、7月2日午前8時24分以降の投稿はありません」

彼の質問に対して、天宮が即座に答える。


「そして今日の現場で見つかった、脅迫状まがいのメモか。

しかしそのメモだが、それだけでは漠然とし過ぎて、意味が分からんのじゃないか?


こうして並べて見ると、関連があるように思えるが、メモ単独では『雨男』とやらの意図が、ガイシャに伝わるとは考えにくいが」


高階が呈した疑問に、何人かの捜査員が頷いた。

その時、県警捜査一課の鏡堂達哉きょうどうたつやが、「よろしいでしょうか?」と言って挙手した。


高階が無言で彼を促すと、鏡堂は隣に座った天宮に目を向ける。

それを受けて、天宮が緊張した面持ちで立ち上がった。


「本日の事件のガイシャにつきましては、ご両親によって、事件現場の住人、滝本純一と確認されました。

そしてその滝本ですが、先日の県道1号事案の被害者である、徳丸夫妻の友人であることが判明しています」


彼女の発言に、会議室が騒然となった。

全捜査員の注目を浴びて、顔を紅潮させる天宮の隣で、鏡堂がただ一人、冷静な面持ちで座っている。


「鎮まれ」

高階は一言で捜査員たちの興奮を沈めると、天宮に続きを促した。


「滝本純一と徳丸文雄、加奈子夫妻は、いずれも〇山市の生まれで、小学生の頃からの友人であることが、滝本のご両親の証言から判明しました。

三名の交友関係は、現在まで続いているということです。


そして更に一名、三人の小学生時代からの共通の友人として、古賀敏之の名前が、滝本のご両親から挙がっています」


再び騒めく会議室に、高階のよく通る声が響いた。

「つまり、さっきの脅迫状もどきの意味が、滝本には通じていた可能性があるということだな。

そして先日の事件と、今日の事件に連続性があると」


「まだ断定することは危険でありますが、関連性が疑われると思います。

以上です」

天宮はそう締めくくって着席した。


「確かに天宮刑事の言うように予断は禁物だが、連続する事件であることも視野に入れて、捜査を続けよう。

では、今日の事件について報告を始めてくれ」


高階の言葉を受けて、熊本が立ち上がった。

「被害者の状況から報告してくれ」


すると再び天宮刑事が席を立つ。

捜査会議で報告を行うことは、捜査員たちの注目を浴びることもあり、現場、特に所轄署の刑事にとっては、ある意味<栄誉>な役割である。


鏡堂は、その役割を天宮に任せる積りのようだ。

その意図を知ってか知らずか、天宮は紅潮した顔のまま、報告を始めた。


「被害者は先程ご報告したように、滝本純一、三十歳、独身です。

住所は〇山市下林2丁目、マンション下林205号室、本日の事件現場です。

そして滝本の死因ですが、司法解剖の結果、溺死と判明しております」


それを聞いた会議室内から、「またかよ」という呟きが聞こえる。

それを無視して、天宮は報告を続けた。


「ガイシャの死亡推定時刻は、本日午前五時から七時の間です。

事件の発見状況ですが、ガイシャの隣室の住人が、午前七時過ぎに自室を出た際に、ガイシャの部屋の入口ドアから、大量の水が漏れ出ているのを発見し、警察に通報したようです。


通報を受けて現場に駆け付けた制服警官が、インターフォンで呼び掛けても返答がなかったため、管理会社に連絡したようです。

早朝でしたが、会社の電話から携帯に転送を受けた、管理会社の社員が駆けつけ、ドアを開錠した模様です。


そして内部の床が、前面水浸しになっていることに不審を抱いた警官が、室内に入ったところ、ダイニングキッチンで横たわっているガイシャを発見したようです。

以上、報告終わります」


天宮が着席すると、鑑識課員の小林誠司が立ち上がった。

「続いて、現場の状況について報告します。

まず我々が現着した際、ダイニングキッチンの、電気系統のブレーカーがすべて落ちていました」


「ブレーカーが?どういうことだ」

「ダイニングの家電製品が水に浸かって、室内電源に過負荷が生じたためと思われます」


小林の答えを聞いて、高階が憮然と黙り込んだ。

それを見て、小林が再び口を開く。


「報告を続けます。

今申しましたように、室内の家電製品、家具、食器に至るまで、すべて濡れた状態でした。

カーテンや、床、壁、そして天井もです。


そしてガイシャの身に着けていた衣服、及びガイシャの全身も、水に濡れた状態で発見されました。

この状況から推察されるのは、ダイニングが天井まで水没し、ガイシャはその際に溺死したということです」


会議室を、静かなどよめきが包む。

全員が半ば予想していたこととは言え、明確に言葉で聞くのとでは、インパクトが違う。


「君の報告を聞いていると、ダイニングだけが水没したように聞こえるが、その理解で正しいのか?」

「はい」

「その根拠は?」


「ダイニング以外の二部屋とユニットバス、トイレ、洗面所、そして廊下や玄関は、床は濡れた状態でしたが、壁や天井は乾いていました。


このことは、ダイニングの扉の隙間から漏れ出た水が、他の場所に流れて、床を濡らしたものと推察されます。

玄関の外に流れ出た水も同様です」


小林の説明を聞いた高階は、腕を組んで考え込んだ。

会議室の全員が、彼の様子を無言で見守る。

やがて高階は、意を決した表情で口を開いた。


「今回の二つの事案は、連続した事件として扱う。

手段は今のところ不明だが、殺人事件として捜査するように。


まずはガイシャ三名の周辺から、事情聴取を徹底的に行うようにしろ。

特に三人の共通の友人」


そこで言葉を切った高階は、天宮を見た。

「古賀敏之です」

すかさず天宮が補足する。


「古賀敏之については、本人も含め、周辺まで徹底的に洗うんだ。いいな」

捜査一課長の命令に、会議室の全員が無言で肯いた。


「今日は僕が、鏡堂さんと同行しますからね」

会議後、鏡堂と天宮が座るテーブルに近づいて来た、富樫文成とがしふみなりが、断固とした口調で主張する。


その様子を見て鏡堂は苦笑し、天宮は呆れた表情になった。

「分かった。これからガイシャ周辺を当たるが、富樫君に同行してもらおう。


天宮さんは、実況見分結果のまとめと、それから例のスレッドの追跡を行ってくれ」

鏡堂の指示に、天宮は渋々という表情で肯いた。


それを見届けた鏡堂は、富樫を連れて会議室を後にする。

二人の後姿を天宮は、何故か不安げな表情で見送っていた。

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