【10-2】事件の結末(2)
「参ったなあ。鏡堂さん、感づいちゃったんだ」
そう言って
「でも、僕が犯人だという証拠はないし、捕まえるのは無理ですよね。
大体、証拠なんて絶対に残んないから」
そう言って笑う彼を、鏡堂は表情を消して、じっと見つめている。
「まあでも、せっかく鏡堂さんが、頑張ってそこまで気づいたんだし、大サービスで教えちゃいますよ。
殺害方法と動機。
教えたって、絶対証明できないですからね」
そこで一呼吸置いた富樫は、笑顔のままで語り始めた。
「まず、殺害方法ね。
僕、自分が見ている範囲で、自由自在に雨を降らすことが出来るんですよ」
「雨を降らす?」
「そう、不思議でしょ?
でも最近まで、そんな力があるなんて、知らなかったんですけどね。
というか、最近になって力が身についたと言うべきかな?」
その言葉に、鏡堂は怪訝な表情を浮かべる。
その顔を見て、富樫は嬉しそうに笑った。
「鏡堂さんが不思議に思うのも、当然ですよね。
僕だって不思議なんですから。
どこから話そうかな?
そうだ、鏡堂さん。雨宮神社のことは調べました?」
その問いに、鏡堂は無言で肯いた。
「あの神社の前の宮司、20年前に死んだ、天宮さんの父親ですけどね。
その人、僕の父親でもあるんですよ」
「お前の父親だって?」
富樫の言葉に、鏡堂は驚愕の表情を浮かべる。
「ははは。鏡堂さんでも、そんなに驚くことがあるんですね。
いつもあんなに冷静なのに。
でも、事実ですよ。
僕の母さんはね、天宮さんの母親が亡くなった後、家政婦としてあの家に出入りしてたんですよ。
そしてその頃、天宮さんの父親が、母さんに手を出して、出来たのが僕なんです。
僕が出来た後に、母さんが親父から聞いた話なんですけどね。
天宮家の血筋には時々、雨宮神社に祀られている神様が憑依して、雨を降らす力を宿す者が出るんですって。
それがあの、
僕が何故、そのことを知っているかですか。
母さんから聞いたんですよ。
あの日。親父が風呂場で溺れ死んだ日。
母さんは見たんです。
10歳だった於兎子が、父親を溺死させる場面を」
鏡堂は、最早声を失くして、彼の話に聞き入っていた。
「於兎子はあの頃、古賀たちのイジメの的になってたんですよ。
名前を文字って、<雨男>」
の綽名を付けたのも、あいつらでした。
確か親父が死んだ日でした。
於兎子の奴、古賀たちに、学校のプールに突き落とされたんですよね。
僕、その場面を見てたんですよ。
助けるつもりは、毛頭ありませんでしたけどね。
於兎子は、古賀たちが立ち去った後、必死で這いあがって来ました。
わんわん泣いてましたね。
そのことが原因だったのかどうか知りませんが。
その日家に帰った時、於兎子は自分の名前のことで、父親に食って掛かったそうです。
その一部始終を、僕の母さんが見ていました。
そしてその日、母さんが家に帰ろうとしていた時、風呂場から、「ごおっ」という物凄い音が聞こえてきたそうです。
慌てて母さんが様子を見に行ったら、風呂場の前に、於兎子が呆然と立っていたそうなんです。
母さんが声を掛けると、於兎子はびっくりして逃げていったみたいです。
そして母さんが近寄ってみると、風呂場の前が水浸しになっていたそうなんです。
驚いた母さんが、風呂場の中にいた親父に声を掛けても、返事が返って来なかったらしいんです。
それで戸を開けて見ると、脱衣所の床も水浸しになっていて、風呂場の戸の隙間から、水が漏れ出してきていたそうです。
ビックリして風呂場の戸を開けたら、親父が浴槽でぐったりしていたらしいんです。
母さんは言ってました。
あれは於兎子が、雨宮の神の力を使って、親父を溺れ死にさせんたんだと」
「そんなことが、10歳の子供に可能だったのか…?」
鏡堂が誰にともなく呟いた。
「出来たんでしょうね。
実際それで親父は死んだ。
でもね。そのせいで僕と母さんは、しなくてもいい苦労する羽目になったんだ。
あいつが親父を殺したせいでね」
「どういうことだ?」
鏡堂には、富樫の言っている意味が理解出来なかった。
「親父はね、母さんに約束してたんですよ。
いずれ母さんと僕を籍に入れて、雨宮神社の宮司の職を、僕に継がせるんだと。
だから於兎子の奴があの時、親父を殺していなかったら、僕は今頃、宮司の跡取りになっていたんだ。
母さんだって、僕を育てるために、苦労しなくて済んだんだ。
全部約束を破って、僕たちを籍に入れなかった親父と、籍に入れる前に親父を殺した、あの女のせいなんだよ!」
我慢の限界を超えたように、富樫は感情を爆発させた。
しかしそのことで、鏡堂を冷静さを取り戻す。
「お前が天宮と、彼女のお父さんを怨んでいるのは分かったが、それと今回の事件と、どう繋がるんだ?
今のお前の話からすると、お前にも雨宮の神が憑いていて、同じ方法で、徳丸たちや藤本さんを殺害したということは、理解出来なくもない。
本当にそんな力が、あるという前提だが。
しかし何故、20年も経った今になって、お前は徳丸たちや、関係のない藤本さんを殺害したんだ?」
「関係ないですか。
あなたは何も分かっちゃいない」
そう言って富樫は、薄ら笑いを浮かべた。
感情の揺れに左右されて、彼の表情が次々と変化していく。
「藤本の奴はね、同性愛者だったんですよ。
そして中学1年の時、僕にちょっかいを掛けてきたんです。
放課後、誰もいない部屋に呼び出されて、抱き着かれたり、キスされたり。
嫌だって言ってるのに、無理矢理。
でもそれが学校にばれて。
本当だったら首になるところを、僕に二度とちょっかい掛けないと
小学校に左遷されるだけで、済まされたんです。
それなのに、あいつ。
街で偶々会った僕に、声掛けてきたんです。
中学のあの時と同じ目つきで。
あの時、ちゃんと約束したのに」
富樫の顔が、その時の怒りを思い出したように歪んだ。
完全に冷静さを取り戻した鏡堂が、静かな表情でその顔を凝視している。
「奴が僕に声を掛ける少し前に、母さんが亡くなったんですよ。
母さんは僕を育てるために、苦労のし通しだった。
天宮の親父が約束を守って、さっさと僕たちを籍に入れていたら。
あの女が、親父を殺さなかったら。
母さんは死なずに済んだんだ。
だから僕は心底怨みましたよ。
そんな時に、昔の約束を破って声を掛けてきた藤本に、僕は心底腹を立てたんです。
するとその時にね。
僕の頭の中に、声が聞こえたんです」
「声?」
鏡堂が短く訊き返す。
「そうです。はっきりと聞こえたんです。
『我の力を使え』とね。
僕には、すぐに分かりました。
それが雨宮の神の声だと。
僕にも於兎子と同じ神が宿ったんだと。
嬉しかったですね。
だから藤本の奴で、神の力を試すことにしたんですよ」
富樫は最早、鏡堂を見ていなかった。
完全に自分の言葉に酔っている。
「簡単でしたよ。
あいつの部屋に行ってもいいと言ってやったら、喜んで案内してくれました。
部屋に入ったら、いきなり抱き着いてきたから、風呂に入れって言ってやったんですよ。
僕も後から入るからって。
そしたら喜び勇んで、入って行きましたね。
馬鹿な奴です。
そして僕は、初めて力を使ったんです。
雨宮の神の力を。
凄かったですね。
外からでも、すぐに浴室が水に浸かるのが分かりました。
一瞬でしたよ。
扉から漏れ出て来るより、中に溜まる方が、圧倒的に早かったんです。
その後は、水が引くのを待って、浴槽の湯を出しっ放しにして、事故に見せかけたんです。
藤本の携帯は、持っていくことにしました。
その時スレッドのことを思いついたんですけど、失敗でしたね。
部屋にあった合鍵で施錠して、お終いです。
刑事ですから、証拠なんて残しませんでしたよ」
そう言って富樫は、また薄ら笑いを浮かべた。
その時鏡堂が口を開いた。
「徳丸たちも、同じ手口で殺害したということか。
しかし、どうしてあの連中を殺さなければならなかったんだ?」
<雨宮の神の力>という、信じがたい超常現象が、その時既に、彼の中で事実として認識されていたのだ。
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