【10-3】事件の結末(3)
<雨男>
「あいつらもね、僕との約束を破ったんですよ」
「約束?」
「ええ、そうです。
さっき鏡堂さんが言ってたように、僕って小中と、あいつらのパシリだったんですよね。
面白半分に、万引きまでさせられたんです。
でも、あいつらが卒業する時に言ったんですよ。
もう許してやるからって。
もう僕に絡んでこないって。
僕が『約束して下さいね』って言ったら、あいつら笑いながら、『約束してやるよ』って言ったんです。
それなのに、僕が警察官になったと分かった途端、約束を破って、付き纏うようになったんです。
あいつら四人でつるんで、陰で違法なことやってたんですよ。
賭博場の経営とかね。
だから僕から、警察の情報を引き出そうとしてたんです。
無理だと言ったら、中学の時に万引きしたの、ばらすぞって。
別に15年以上も前の軽犯罪なんて、ばらされたって構わなかったんですけどね。
とっくに時効ですし。
でも頭に来たんですよね。
あいつら約束したのに、守らないんですよ。
だから雨宮の神を使って、殺してやろうと思ったんです。
そしてその時、いい考えが浮かんだんですよ」
「いい考え?」
「そうです。
あいつらを殺して、その罪を全部、於兎子に着せてやろうと思いついたんですよ。
僕が刑事課に配属された時、驚きましたね。
同じ課に、あの女がいたんですから。
20年前の恨みが、あいつの顔を見た途端に湧いてきました。
もちろん顔には、一切出しませんでしたけどね。
でも、毎日毎日あの女と顔を合わすのは、正直苦痛でした。
母さんが死んで、あいつにお悔やみを言われた時は、発狂しそうになりましたね。
お前のせいで、母さんが死んだんだって、言ってやりたかったですよ。
だからね。あいつに罪を着せて、僕の前から消してやろうと思ったんです。
古賀たちを殺したのは、ある意味、あいつに思い知らせるための、単なる手段だったんですよ」
「お前は、手段として人を四人も殺したのか?」
鏡堂の声が、暗い怒りを帯びる。
「鏡堂さん、怒ってます?
そりゃ、そうですよね。
警察だもん。
あ、僕も警察でしたね。
あはは」
そう言って笑う富樫の眼は、まったく笑っていなかった。
その表情が、彼の内面の狂気を表しているようだ。
「そうそう、古賀たちの話でしたね。
まず徳丸のバカ夫婦の場合はね、あいつらが昼飯食べに家を出るところから、車でつけてたんですよ。
あの日僕、非番だったんで。
そして飯食って帰るところを、後ろから車でついて行って、周りに車が走っていないタイミングを見計らって、車の中に雨を降らせてやったんですよ。
これでも、関係ない人に迷惑が掛からないように、気を使ったんですよ。
警官ですから」
「あの日、徳丸夫妻と、目撃者の鈴木さんの車の間を走っていたのは、お前だったのか。
なるほどな。だから事故に見向きもせず、走り去った訳だ。
そしてお前は、眼に見えている場所にしか、雨を降らすことが出来ないんだな?」
「ピンポン。正解です。
鏡堂さん、さすがですね」
そう言って乾いた笑いを浮かべる富樫に対して、鏡堂は冷静な刑事の顔をしている。
「次の滝本ですけど。
あいつの部屋の中は、外から丸見えだったんで、朝起き掛けを狙ってたんですよ。
そしてベランダの窓のカーテンを開けた瞬間を狙って、雨を降らせてやったんです。
あれくらいの広さでも、一瞬でしたね。
雨神の力にびっくりました。
あれでかなり自信持ちましたよ。
部屋の中で溺れて、もがき苦しんでるのって、外から見ると、かなりシュールでしたね。
思わず爆笑しちゃいました」
「あの脅迫状も、お前が書いたんだな?」
おどける富樫に構わず、鏡堂は追及を続ける。
「そうですよ。
『雨男』のスレッドに、鏡堂さんたちの食いつきが今一だったんで。
あの日現場に持ち込んで、濡れた場所に置いておいたんです。
その後の捜査会議で、スレッドが取り上げられた時は嬉しかったなあ。
あのスレッドのことは、僕があの女に教えてやったんですよ。
鏡堂さんには、あいつが見つけたと言いましたけどね。
それなのにあいつ、自分の手柄みたいな顔してましたよね。
益々ムカつきましたよ」
「最後の古賀は、何故あのタイミングだったんだ?」
「ああ、古賀ですか?
あいつ、どこに逃げてたのか分からなかったんですよ。
だから僕にとっては、あの時しかチャンスがなかったんです。
正直焦りましたよ。
だって、あそこで古賀と対面して、僕とあいつらの関係をバラされたら、さすがに不味いじゃないですか。
だからエレベーターを降りて、あいつの部屋に向かって走る間中、ずっと雨を降らせてやりました。
大成功でしたけどね。
でもまさか、あれで鏡堂さんに感づかれるとは思いませんでした。
そういう意味では、失敗だったかな」
話を聞き終わった鏡堂は、憐れむような視線を富樫に向けて言った。
「やっぱり俺には、お前が何故5人もの人間を殺したのか、理解できない」
その言葉に富樫が顔色を変える。
「どうして分からないんですか?
あいつら全員約束を破ったんですよ。
古賀たちも、藤本も。
二度と僕に関わらないって約束したのに。
平気でそれを破ったんですよ。
大体、親父もそうだ。
母さんとの約束通り、さっさと僕らを籍に入れていれば、母さんがあんなに苦労しなくて済んだんだ。
それなのに約束を果たす前に、あの女に殺されて。
巫山戯んなって言いたいですよ」
そこまで言って、富樫は鏡堂に真顔を向けた。
「人間なんだから。
約束は守らなきゃですよね。
鏡堂さん。
約束を守らない奴なんか、生きてる資格がないと思いませんか?
鏡堂さんは僕との約束を、ちゃんと守ってくれますよね?」
「お前との約束?」
「まさか憶えてないんですか?」
「何のことだ?」
その時富樫の表情が一変した。
「鏡堂さん、あの日古賀のいるホテルに向かう時に、約束してくれたじゃないですか。
僕が捜査一課に栄転したら、僕とバディを組んでくれるって。
忘れないで下さいよ」
「お前、何を言ってるんだ?
これだけの罪を犯しておいて、刑事を続けられると思ってるのか?」
「鏡堂さんこそ、何言ってるんですか。
さっきも言ったでしょう?
僕の犯罪だって、立証するのは無理だって。
だから今の捜査方針通り、あの女に、全部罪を着せてしまえばいいじゃないですか。
そうだ!いい考えが閃いた。
僕があいつを殺して、容疑者死亡で幕を引けばいいんですよ。
そうしましょうよ、鏡堂さん」
興奮する富樫に、冷たい眼を向けながら、鏡堂はポケットから携帯電話を取り出した。
「今までの会話は、全部録音させてもらった」
それを見た富樫は絶句する。
「まあ、犯罪の証拠になるかどうかは分からんがな。
なにしろ超能力を使って、人を殺しましたと言っているようなものだからな。
それでもお前に警察を辞めさせるには、十分だろうよ。
残念だが、お前が捜査一課に来ることは、金輪際ないんだよ」
「鏡堂さん!あんたも約束破るのかよ!」
鏡堂の言葉を聞いて、富樫は激高した。
「巫山戯んなよ!どいつもこいつも!
どうして約束したことを、きちんと守らな」
鏡堂に向かって、怒鳴り散らす言葉が途中で途切れた。
富樫の視線は、鏡堂の背後に向いている。
その視線を追って振り向いた鏡堂は、そこに立っている人物を見て、驚きに目を見開いた。
それは、
「天宮。どうしてお前がここに」
鏡堂が呟いた時、背後で扉を開ける音がする。
振り返ると、外に飛び出す富樫の背中が見えた。
鏡堂は一瞬躊躇したが、富樫を追って扉の向こうに飛び出した。
そこは地上へと続く、狭い階段だった。
両側をコンクリートの壁に囲まれている。
その状況を見て鏡堂が不味いと思った時、階段の上から富樫の声がした。
「鏡堂さん。僕がどうやって、あいつらを殺したか、これから見せてあげますよ」
その言葉が終わった瞬間、彼は上からの圧力で床に叩きつけられてしまった。
圧力の正体は、猛然と降り注ぐ雨だった。
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