第14話 到着すると廃教会でした
◇◇◇◇
その日の晩。
私とアイトは教会の居間でパチパチと音を立てながら燃える小枝を見つめていました。
「神官とイーリアス……っ! 本当にあいつら底意地わるいよな!」
私の隣に座るアイトはいまだに怒りがおさまらないようです。
さっきまでひとしきり吠えて、そのあと少し穏やかになったと思ったのに、また再燃したようでした。
「ひょっとしたら連携不足だっただけかもわかりませんし」
私はひざを抱えて座ったまま、同じことを繰り返しました。
といいますのも。
市場で休憩をし、馬車に乗って教会に来てみたら。
先に王都に戻るはずの荷馬車がそこにいたのです。
どうしたのかと尋ねてみますと、彼らは困惑して申しました。
『下働きの者どころか神官も誰もいないのですが。荷下ろしをしても大丈夫ですか?』
驚き、教会の中に入りましたが確かに人は誰もいません。
私としては引継ぎのための前任者がいると思っていました。アイトもそのようです。
気を利かせた馭者が近隣住民を連れてきてくれたのですが、彼らが言うにはここはずっと『廃教会』だったそうです。
住民たちが『教会が再開されるのですか!』と喜んでくださったのはうれしいのですが……。
もう数十年放置されているらしく、全体的に埃と傷みがひどく、運び込んできた荷物をほどいたところで収納するところをまず掃除しなくてはどうにもならない状態でした。
途方に暮れる馭者と荷馬車の担当者に、『とりあえず荷物だけおろして、みなさんは帰ってください』と伝えました。これ以上彼らを拘束するのは少し違うと思ったからです。
馭者たちは最後まで『手伝います』と言ってくれましたが、ありがたく固辞し、そして荷物だけおろして教会内に運んでもらいました。
それが済んで、馬車と荷馬車を帰したころには、もう日が落ちていました。
驚くことに王都では暑くなりはじめる時期だというのに、やはりサザーランド領です。
涼しいというより少し肌寒いぐらいの気温になりはじめました。
そこで今日のところはここで区切りをつけ、居間に移動し、暖炉に火をくべて休むことにしたのです。
というのもランプ油もどこにあるか不明です。暖炉をつければ、少なくとも居間だけは明るくなります。
「ベッドだけでも使えたら違ったんだろうけどなぁ」
アイトが悔しそうに言います。
「そうですねぇ」
私も口をへの字に曲げました。
一応職員用寝室がふたつあるのですが、こちらも埃まみれで掃除をしないと横になるのもはばかられそうです。
話し合った結果、暖炉の前で寝転がるのが一番ということになりました。
私が暖炉の掃除をしている間に、テキパキとモップで床を磨き上げたアイトは、荷物の中から冬用のショールを取りだし、くるくると手際よく私をくるみました。
そして魔法核を使って薪に火をつけ、現在私たちは夜を過ごしているというわけです。
「風呂は明日からだけど。大丈夫か?」
アイトは胡座をし、マグカップを傾けながら私に尋ねました。
その頬の輪郭は暖炉の火にとろかされ、とても穏やかです。
「平気です」
「本当は服脱いで傷を確認してほしいんだけどなぁ。顔は見えるから安心だけど、腕か腰をぶつけてないか」
「う……っ! ……ぶつけてない……ですっ」
「ほんとか? ときどき歩き方が変だぞ」
視線をむけられ、なんとなくぎょっとして距離を取ってしまいます。こ……ここで脱げと言われたらどうしましょう。
「と、というか……。どうしてアイトはそのようにけがや病気に詳しいのですか?」
なんとなく話をそらさなければ、『ちょっと服めくって見せて』と言いそうな気配を感じましたので、先を制します。
「俺? ああ。前世医療職。看護師だったんだ」
「カンゴシ?」
聞きなれない言葉です。
「えーっと……。医師が治療方針や病名を決定するけど、看護や医師の補助をしたりする職業……なのかな」
言葉を選びながらアイトが説明してくれました。
納得です。それでおしっこの色だとか変な味の水を飲みなさいとか言うわけです。
「そうですか。立派な職業ですね」
うんうんとうなずくと、アイトは口をへの字に曲げます。
「もう少し給料と休みが欲しい。ってか死因過労死だからな、俺」
「過労死?」
これも聞いたことがない言葉です。
「働きすぎて死んだんだ」
「なんて恐ろしい言葉でしょう!!!! それは拷問死では⁉」
「でも聖女の殉死もすごくね?」
忌々しそうにアイトは言い、マグカップを置いて暖炉に近づきます。ぽいっと小枝を火の中にくべると、また私の隣に戻ってきました。
「それは……仕方のないことです。力を持って生まれたということは、それを行使して有効に使いなさいという大神ミハリエルの御心ですから」
「そうかなぁ」
疑わしそうにアイトが言います。
「俺には厄介ごとを誰かに押し付けて美談にしようとしているとしか思えないけどな」
そう……でしょうか。
ですが、個々の聖女が一生懸命、命を賭してこの国を守ろうとしたことは確かです。
そしてその使命感に心打たれたから、私も最前線で戦ってきました。
ですが……。
アイトの言うことも一理あります。
なぜなら、私自身、この任務を誰かに代わってもらおうと思うかというと尻込みしてしまうからです。
危険なことを承知で他人に譲るというのは、これは押し付けにしかならない気もしているからです。
うーん、と私も首をかしげました。
「そうですね。いままではそう思っていましたが……。違うのかもしれませんね。ですからきっと大神ミハリエルはセシリア嬢にあのような聖なる力をお与えになったのでしょうし」
勇者を転移・召喚する力。
そうすれば聖女が傷つき、死ぬようなことはないでしょう。
「さあね。それも疑わしいけど」
アイトはつぶやきます。彼が懐疑的なことに私は首をかしげざるをえません。
「それより、明日からのことだけど」
話題を変えるようにアイトはにこりと微笑むと、私にマグカップを握らせます。
彼と同じお茶ですが、なんとなく手に取ることもなく眺めるだけだったものでした。
たぶん、飲みなさいということなのでしょうから、仕方なく口に運ぶことにします。
「しばらくの間、家事をふたりで分担するしかないと思うんだよね」
「そんな、なにをおっしゃるのです! 殿下に家事をしてもらうなんて!」
飲んだお茶が口から噴き出るかと思いました。
「俺のこの身体が王子だって誰も知らねぇって。家事手伝いの人を雇おうとおもったけど、ちょっと金銭的に微妙でさ。雇うとしても……さ来月からかな。それぐらいになると思う。でさ、その間はふたりでなんとか乗り切るわけだけど。テオドアは料理と掃除ならどっちが得意?」
「……………………………」
私はお茶をできるだけゆっくりと飲みながら時間を稼ぎ、必死に思考を巡らせました。
どちらが得意か。
正直にいえばどちらも不得意です。
その不得意の中からどちらかを選ぶ。
これは究極の選択のように思えます。
料理。これはもう論外です。したことなどないのですから。
であるならば掃除です。これであれば神殿でもやってまいりました。なにしろ暖炉の掃除もさっきちゃんとできたのですから。……いえ、灰をかいただけですが……。
ですが私が掃除を選択した場合、アイトは必然的に料理が担当になってしまいます。彼とて料理など……。
「……どうしたんですか?」
気づけばアイトがおなかを抱えて笑っています。
「いや。なんか百面相だなと思って。いいよ、俺が料理するから」
「いえその! もしアイトが負担だと思うのであれば!」
「俺、負担じゃない。火も魔法核で熾せるしな。テオドアより得意だと思うよ」
「では…………掃除、でも……よろしいでしょうか」
「よろしいですよ?」
アイトがくすりとまた笑います。
その顔がとても……そのいたずらっ子のようで。
なんだか恥ずかしいやら照れくさいやら。
私は顔を背け、急いでマグカップのお茶を飲みました。
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