北方に追放された元聖女ですが、私を冷遇していた婚約者がなぜかついてきます⁉

武州青嵐(さくら青嵐)

第1話 聖女交代

「テオドアの力が減退していることはここでつまびらかにせずとも、すでに周知の事実である」


 文書を読み上げるダン・ジョーンズ上級神官の声を、私だけではなく皆が頭を垂れて聞いていました。


 場所は神殿の広間です。

 今日は重大発表を行うということで、主だった神官や、神殿と縁が深い貴族たちが集められていました。


 なんと王太子殿下のお姿と、その臣下の方々もお見えです。


 何より驚いたのは……。

 その王太子殿下のお隣にイーリアス第二王子がいらっしゃることです。


 このおふたりが並んで立たれるなど……そうあることではありません。事実、参加者も神官たちも最初は戸惑いを隠せませんでした。


「よってイーリアス第二王子殿下も交え、何度も協議を行った結果、テオドア・リーリスの任を解き、新たにセシリア・タミルを新聖女として迎えることとなった」


 広間にはざわめきすら起こりません。

 当事者である私でさえ「ああやっぱり」と思うのだから仕方のないことです。


 聖女として10歳から神殿で生活をしてきました。


 大神ミハリエルから授かったその力を使って魔物を退治し、王都やひいてはマードリアン王国を守護してまいりましたが、今年に入ると目に見えて力が減退してしまいました。


 原因はわかりません。

 身近な神官たちが薬草を煎じてくれたり、薬湯を用意してくれましたがまるで効果がありませんでした。


 それどころか、体調も悪化し、春の月に入ってからは寝所に臥せってばかりで毎日申し訳なく過ごしておりました。


 自分から聖女の任を降りるか。

 それとも上級神官から突き放されるか。

 あるいは任務中に重大事故を起こして死亡するか。


 自分の末路についてつらつらと考え、鬱々と過ごしておりました。


「双方、前へ」


 ダン・ジョーンズ上級神官の声が朗と響きます。


 まだ25歳だというのに異例の出世を遂げた若き神官様。整った顔立ちと甘い声。

それにお父様が現国王の従兄弟という高貴な家柄のため、信者たちからも神女官からも大変人気があるのだと聞きました。


「はい」


 凛とした声が会場のどこかで上がりました。

 セシリア嬢です。


 一方の私は、というと。

 はい、と小さく小さく吐息を漏らしたような声しか出ませんでした。


 のろのろと足を前に出します。

 貴族や神官たちが道を開けてくれました。


 颯爽と。

 階に立つジョーンズ上級神官の前に進むセシリア嬢とは違い、私の動きはぎこちないことこの上ないです。


 決定に不満があるわけでも、反抗的な態度をしてやろうと思ったわけでもありません。


 単純に、体調不良による動きの鈍さでした。

 身体は鉛のように重く、足は激流の中を進むように動きません。


 数歩歩いただけで息が切れ始め、貴族や神官たちは不浄なものでも見るように眉をひそめています。いたたまれなくなって私はつい口を開きました。


感染うつるものではありませんから」

 ですが人々はさらに私から距離を置きました。


「テオドア。早くなさい」


 ダン・ジョーンズ上級神官がいら立った声を上げておられます。

 私は肩で息をしながら必死に足を動かし、セシリア嬢の隣に並びました。


「テオドア、セシリア。ともに異論はないな?」


 ジョーンズ上級神官に問われます。

 私は荒い息を必死になだめながら、無言で首を縦に振りました。


「はい、ダン・ジョーンズ上級神官」


 対して、隣からはきれいな声が聞こえてきます。


 引き込まれるように顔を向けました。

 そこにいるセシリア嬢はとても美しい。


 年齢は私と同じ。

 銀色の髪は天の川のようにきらめき、白い肌は雪のよう。唇はつやめき、紫色の瞳は水晶のようです。


 前の聖女様が職務上のお怪我がもとでお隠れになったとき、セシリア嬢か私か、随分と神殿では意見が割れたと聞きました。


 結局私が選ばれたのは、前の聖女様のご判断であり、王太子殿下と国王陛下がそれを認められたからです。神殿は納得していなかったとは公然と流れる話でした。


「いままで魔物が現れたとき、聖女がその力を使って自ら退治をしてきました。ここにいるテオドア嬢もそのひとりです」


 ジョーンズ上級神官が参加者たちを見回しておっしゃいました。


「聖女の体調に問題がなければいいのですが、このように病に侵されてしまえば務めが果たせない。また任務中に命を落とす聖女がいままでいかに多かったか」


 ジョーンズ上級神官がため息を落とされます。


 そうです。

 聖女として大神ミハリエルより特別な力を授かるのは大変栄誉なことですが……。

 その力を行使し、魔物を退治する際に命を落とす聖女があまたおりました。仕方のないこととはいえ、殉死した聖女には毎朝毎晩祈りを捧げずにはいられません。


「その都度、王国中をくまなく探し、次の聖女を探し出すことが我々神官の大いなる負担でした。この重圧は神官にしかわからぬこととは思いますが」


 神官たちはジョーンズ上級神官に対しておもいおもいに深い頷きを見せられました。


「現在の聖女テオドアは、幸運なことに任務中に命を落としたわけではなく、このように体調不良により聖女の任務が遂行できない状態にあります。これは不運であり、同時に幸運でありました。」


 ジョーンズ上級神官の言葉を、私はいたたまれない気持ちでうつむきました。


 やはり私はもう少し自分の体調に真摯に向き合い、聖女の交代を早急に相談すべきだったのでしょう。


 ですが。

 私が聖女を降りれば。

 誰かがここに立つしかないのです。


 立って。

 危険な目に遭うのです。


 うかつな発言は控えるべきだと思っていました。


「こちらにいるセシリア嬢。彼女について説明をしたいと思います」

 ジョーンズ上級神官がひときわ大きく声を上げました。


「セシリア嬢は聖女の中でも稀有な力を発揮します。彼女は」

 ジョーンズ上級神官はそこで聴衆を見回します。


「勇者を天界から転移召喚させることができるのです!」


 おお、と広間でどよめきが起こりました。


 私はとっさにそれがどのような能力なのかまるでわかりませんでしたが、ジョーンズ上級神官の説明では、ここではないどこかの世界。例えば天界のようなところから勇者なる無敵の人物をこの世界に召喚することができるのだそうです。


 だとすれば。

 これは素晴らしい能力かもしれません。


 聖女が……。

 聖女が最前線で戦わなくてもよいのです。

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