第5話 サザーランド領へ

 そんな風に考えている間に、父が目くばせをし、執事長は殿下のお世話のために退室しました。


 ぱたり、と。

 扉が止まる音がしたあと。


「どうなっておるのだテオドア! まるであれは人が変わったようではないか!」

「私もさっぱりです! でもよかった! お父様もそうお思いに⁉」


「思わいでか‼ なんだあれは! まったく意味が分からん!」

 親子で怒涛のように会話をしたものの、心から安心しました。


 つまり。

 変なのはやはり殿下なのです。


 私の思い違いというか、なんか悪夢的ななにかを見ているというわけでもない。

 これは紛れもなく現実で。


 客観的に見て。

 殿下は、変なんです!!!!!


「あ、あの……! その、ところでどうして私は実家ここに? 確か神殿で倒れたと思うのですが……」


 どすんとベッドの端に腰を下ろす父に私は尋ねました。

 確か聖女交代と北方への異動を命じられたのは神殿の広間のはずです。私はそこで気を失い……。


「殿下がここまで連れてきてくださったんだよ。信じられるか?」

「信じられません」


「だが事実だ」

 父は両手で顔を覆い、ひざに突っ伏してしまわれました。


「しかも、あれを飲ませろ、寝かせるときはこうだ、食事内容はこんなものを、と次から次へと指示なさる。わしは存じ上げなかったが、殿下は医療に造詣が?」


 がばりと顔を起こし、指の間から父が私を見ます。私は首を横に振りながらも、さっきの違和感に気づきました。


「そうなんです。なんだかお医者様のようなことをおっしゃり、かつ、お……」


 おしっこの色を尋ねるんです、とは父には言えませんでした。

 また顔が赤くなります。両手で包んで隠していると、


「どうした」

「なんでもありません」


 父は顔を両手で覆い、私は頬を両手で隠して互いにしばらく見つめあいます。

 そして。

 同時にため息を吐いて手をおろしました。


「いったいなにがどうなったんだ。どうして急に殿下はお前に執着を見せるんだ。あんなにお前のことを冷遇していたというのに……。これはなにか。新たな嫌がらせなんだろうか」


 父がうんざりしたような顔で言います。


「まったくわかりません。どうしてまた、私と一緒にサザーランドに行くなど……」

「お前の婚約者だから当然だ、とおっしゃるのだ」


「婚約者は新聖女のセシリア嬢では⁉」

「わしだってそう思ったよ! 神殿からの一報を受けたとき、これでお前は自由になれる、と。生きて聖女を引退し、愛のない結婚もせずに済むと思ったのに!」


 バシバシとベッドをこぶしで打ちながら、父は怒り始めました。


「ところがどうだ! 倒れたお前を担ぎこんできたところまではよくやったとほめてやるが、『婚約は破棄しない』というし、『サザーランドで一緒に暮らす』とぬかしやがる! 許せん!」


「お父様! お相手は第二王子です! 口を慎んでくださいませ!」

「慎みすぎて、おかしくなりそうだ!」


 父はひときわ大きな声で怒鳴り、はあはあと荒い息をつきます。

 ああ、お父様もおかしくなられる寸前です……。


「あ!」

 私は急にひらめきました。


「だけどこんなの……王家が許しませんでしょう⁉ 聖女と王家の男子は婚姻を結ぶ習わしです。新聖女はセシリア嬢ですわ! きっと陛下と王太子殿下が……」


「それが許可を受けている。未婚の王族男子は他にもいるからその中から選出すると王太子殿下がおっしゃったそうだ」


 父がうめきました。

 なんでも、殿下は私を屋敷に運んだあと、王宮に向かったようです。 


 てっきり父は、正式な婚約破棄の文書を持ってくるのだと思っていたら、『陛下と王太子殿下からは婚約の継続許可をもらった』と笑顔で戻ってきたらしいのです。


「いったいあの王子はなにを企んでいるのか……。セシリア嬢と仲たがいでもしたのだろうか。そのあてつけにテオドアとの婚約を継続しようとしているのなら言語道断」


 ぶつぶつと父は繰り言を続けます。

 セシリア嬢への嫌がらせのために、私と婚約を継続させようとしている。


 父はそのように考えていますが……。

 果たしてそうでしょうか。


 嫌がらせやあてつけであれば、私ではなくほかのもっと違う乙女を指名しそうな気がします。


 どうして聖女を解任されてからあのように執着を示されるのか。


「テオドア」


 ほぅと吐息をもらしたら、父に名を呼ばれました。

 そっと手を伸ばし、私の頬を撫でてくれます。


「体調が悪いのだろう? そんな身体でサザーランド領に行かせるのは本当に心配だ」


「私のほうこそ、お父様とお母様が心配です。なにかあってもすぐに駆け付けられる距離ではありませんので……」


 父の手に自分の手を重ねますと、父はようやくいつものように笑ってくれました。


「なあに、我々は大丈夫だ。サザーランド領の冬は厳しいが夏は過ごしやすいと聞く。季節的には養生するのに一番いい時期だ。身体をいたわりなさい」


「ありがとうございます」


 こうして。

 私は実家を出て、サザーランド領に向かうことになったのです。


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