第8話 テオドア、この身体がいや?
「……ってかさ。聖女の力をつかって大丈夫だったか? まだ本調子じゃないんだろ?」
慌てたように殿下は駆け寄り、私の腕を握ってベッドのほうに引っ張っていきます。
「そうですね。久しぶりに使った割には……うまくいきました」
ちょっとびっくりです。
ここのところ
驚くべき回復力です。
「もうそろそろ起きるころかな、と思って夕飯を持って行ってやろうと準備してたら……。ほら座って」
うながされ、私はベッドに座ります。
私だけ座るわけにはいきませんので、「あの殿下もどうぞ……。そのどこかに」とお声をかけたのですが、殿下は腕を組んで渋い顔をされます。
「想像してるよりやばいなあ……。位置がめっちゃばれてるじゃん」
「位置、ですか?」
きょとんとして尋ねると、殿下は苦り切った顔のままうなずかれます。
「テオドア、毒殺されかけてたって言ったでしょ? それを防ぐのもコミで辺境に行こうと思って……。出発もできるだけ早くしたし、実際神殿のやつらは来なかっただろう? なのに……なんかもれてるな、位置情報」
「……その。不思議なんですが」
私は当初から疑問に思っていたことを殿下に尋ねます。
「どうして私の命が狙われるのでしょう? いま、すでにセシリア嬢が聖女として立たれました。勇者を転移召喚する力があるとか」
私は首をかしげます。
「もう私は用済みです。別に殺さなくとも放置しておけばいいのでは?」
そもそも聖女の寿命は短いのです。
「テオドアの命を狙おうとするのは、要するに放置してたら自分たちにとって都合が悪いからだ。なにより、あの広間でも言ってただろう? 王家側は君を推している」
「そういえば……王太子殿下と陛下は体調が戻り次第、私に聖女を……と」
「そうだ。テオドアの魔物退治の力は一流だ。王太子殿下も国王陛下もそれを認めている。なにしろ、魔物退治の補佐として派遣されている騎士たちの死亡率がぐっと下がったからな」
そう言われ、私は少し……ほんの少しだけ、うれしく思いました。
聖女として最前線に立ち、魔物と対峙いたしますが、そのとき王家から派遣された騎士のみなさんも一緒です。
神殿には武器を携帯した人間がいません。
なぜなら神殿が倒すべき相手は魔物だからです。政治犯でも暴徒でも敵国兵でもありません。魔物です。
そして魔物は聖女が退治すべきものです。
ですが補佐があれば助かることは確かです。そこで毎回、王宮から騎士を派遣してくださることになっていました。
補佐といえど危険なことに変わりはありません。
私は魔物を退治しながら、彼らの身の安全に常に気を配るようにしておりました。
そのことに気づいていただいて……。ちょっとだけ報われた気がしたのです。
「それになぁ」
ふと殿下の声に顔を戻しました。
殿下はさらになんともいえない苦い薬を飲んだような顔をなさいます。
「転移召喚なんて……。俺のように異世界転生ならいざしらず。うまくいくはずがない。最悪なことが起こる可能性もある」
「……え?」
なんでしょう。どういうこうとでしょうか。
「その最悪を想定しての『辺境逃亡』だ。とりあえずテオドアの体力を回復させるのが第一目的。神殿には、今後の行動について巻物で指示してるし、王太子には口を酸っぱくして今後のことを伝えているし……」
殿下はつらつらとお話になります。内容はほとんどわかりませんが、準備万端のご様子でした。素晴らしいことです。なにごとも準備がものを言うのですから。
「あとさ、テオドア」
「はい」
「今後、こんな危ないことがあったらすぐに俺を呼べよ」
「そんな! 危ない時こそ呼べません!」
殿下の御身に何かあったらどうするのですか!!!
「俺よりテオドアだよ。俺の代わりはどうとでもなるけど、テオドアに代わりはないんだからな」
「代わりがないのは殿下です! 殿下はご存じないかもしれませんが、聖女候補はたくさんいるのです!」
すぐセシリア嬢が立ったように。
聖女は探せばいるのです。
なぜなら。
「今までの聖女は使い捨てだったからな」
冷たい目と声で殿下はおっしゃいました。
なんだか既視感があると思えば……。
そうです。
私の知る殿下はいつもこのような表情をされていました。
ご友人や王宮の淑女方には華やかな笑顔をみせられますが、私の存在に気付くといつも仮面をかぶったような顔になり、蔑むように私を見つめていました。
この二日間。
殿下が親し気に私と話してくださり、接してくださっていたのでそんなことをすっかり忘れてしまっていました……。
「テオドア、俺の……この身体がいや?」
心を見透かしたように、殿下がおっしゃいます。
見上げると、殿下はとても悲しそうな顔をされていたので、私は慌てて首を横に振りました。
「違います! 少し思い出したというか……。その、いままでかように長く殿下と過ごしたことはありませんし、親しくお話をしたことがなかったので。その……勘違いをしたのはこちらで……」
「勘違い?」
「殿下こそ、私のことがお嫌いでは? セシリア嬢のことがお好きなのでしょう?」
「いや、だからさ」
殿下は深くため息をつかれました。
「それはイーリアス。俺はアイト」
こぶしを握り、親指だけ立てて自分の胸をトントンと突いておっしゃいます。
「そういえば……そうでした」
そうなのです。
この方はイーリアス殿下の身体に魂だけ入り込んだツキシマアイトという殿方でした。
殿下は眉根を寄せ、困ったような顔で私を見降ろします。
「その……おっさんと天界で君を見てたけどさ、このイーリアスってやつ、相当君をいじめてたろう? 中身が違うってわかってもやっぱそんなやつと一緒にいるのはいやか?」
「そんなわけではありません!」
慌てて首を横に振ります。
「それに私が至らぬから殿下に厭われるのです。私がもっとちゃんとできればよかったのです! 私が変われば……」
「テオドアはテオドアのままでいいよ」
殿下は私の言葉を遮り、ふわりと微笑まれました。
「そのままで十分。そのままでいい」
そして鼻先がくっつくほど顔を近づけてこられ………。
「な?」
笑顔でそうおっしゃるのですが……。
な……なんかこう。
この距離感で殿下のお顔を拝見するのは初めてです。
どこを見たらいいのかわからず、結局うつむくと「さて」と声が上から降ってきました。
「腹減ってない? なんか持ってきてやるよ」
上目遣いにそっと確かめると、殿下はもう普通に立っておられてほっとしました。
「殿下はもうお召し上がりに?」
「ううん、まだ。一緒に食べようと思って」
「あ。でしたら、食堂かどこかへ……」
行ったほうがいいのでしょう。
私はそっと立ち上がりますと、殿下がすかさず手を伸ばしてぎゅっと手を握ってくださるので、心臓がどきりと跳ねました。
また殿下は顔をぎゅっと近づけてきます。「ひっ」と思わず悲鳴を上げて肩をすくめましたら……。
「握った感じ浮腫はない。貧血もなさそう。よし」
どうやら。
手を握ったのも、顔を覗き込まれたのも体調確認だったようでほっとしました。
「あ。トイレ行った? おしっこの色……」
「普通でした! もう聞かないでください――――!」
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