第9話 二日目の宿泊所

 次の日の宿泊場所も、やはり王家が所有する別荘でした。


 王弟殿下が所有されているもので、イーリアス殿下からすれば叔父様の持ち物のようです。


 昨日宿泊したお屋敷よりもだいぶんこじんまりとしたもので、私的に領を訪問したときに使用されるもののようです。昨日のように使用人が何人もいて、私の世話をするためにメイドが三人もいるようなものではありません。


 料理長がひとり。

 執事がひとり。

 メイドがひとり。


 なので非常にリラックスした雰囲気で食事をいただき、執事とメイドが部屋にさがってからは私も殿下もおもいおもいに過ごしておりました。


『非常にちいさなものですが祭壇がございます』


 執事からそう聞いていたので、私は殿下にお許しを得て、一階の東端にある小部屋に伺いました。大神ミハリエルに祈りを捧げ、そのあと、持参した水を盆に注いでから決められた手順通りに祈祷を行います。


 最後に聖油を垂らして聖水とします。

 昨日、意図せずに魔物が登場しました。


 いまのところ私はまだ力が使えるようですし、なんなら日ごとに体調も良くなりつつあります。


 ですがまたぶり返す可能性もありましょう。


 そのとき、おそばにいらっしゃる殿下を魔物から守りきれずになにかあれば悔やんでも悔やみきれません。


 聖水で魔物を退治することはできませんが、弱体化することは可能です。

 居間に移動し、小瓶に移し替えて常に持参しておこうと、私は聖水を湛えた盆を両手で持って慎重に居間に移動しました。


 私室でしてもよかったのですが、二階なのです。階段を移動中にこぼしてしまう恐れがあるため、居間で作業を行うことにしました。


 行儀が悪いことですが、両手がふさがっているため、私は肘でドアバーを押し、そっと身体を滑り込ませます。


「あ……」


 思わず声がもれました。

 殿下が長椅子で居眠りをなさっていたからです。


 右のひじ掛けに頭を乗せ、身体や脚を座面に伸ばしておられます。


 そっと入ったのですが、それでも私の気配を感じることはありません。


 ここまでの旅がお疲れだったのでしょう。さもありなんです。私は病人というか、魔物たちいわく『死にかけの聖女』です。足手まといであることは十分自覚しております。


 やはり自室で作業を行いましょう。

 足音を忍ばせて居間を出ようと思ったのですが。


 ふと、新たなひらめきというか……。

 気づきを得ました。


 いままで殿下は『イーリアスの魂はここにない』『この身体にはツキシマアイトの魂が入っている』とおっしゃっていました。


 そのご説明のとおり、殿下のご様子はまったく別人であるとしか思えない行動と言動であります。


 そして殿下の中にいるツキシマアイトという魂は、それが大神ミハリエルによるご意思であるとおっしゃいました。


 私を救うためだ、と。


 ですが。

 私はどうしても信じきれないのです。


 なぜ、私なのでしょう。


 私の能力はそれまでの聖女と変わりません。聖なる力で魔物を捕縛し、滅します。


 対しましてセシリア嬢は勇者を異世界から召喚転移させ、魔物退治を依頼する能力をお持ちです。


 こちらのほうこそ、稀有な才能ではないでしょうか。


 大神ミハリエルの寵愛をうけるのはセシリア嬢のほうです。

 それに、イーリアス殿下もセシリア嬢を溺愛なさっていました。


 なぜ私の元に大神ミハリエルの御使いが現れるのか……。


 そこまで考え、「これは嘘ではないか」と思い付いたのです。


 このツキシマアイトは、大神ミハリエルの名をかたる魔物の可能性はないでしょうか。


 なんてうかつなことでしょう! きっとそうに違いありません!


 そもそもツキシマアイトという魂は、大神ミハリエルを「普通の小柄なおっさん」と無礼な表現をしました! あのときに気づくべきでした! 


 くぅ、テオドア、一生の不覚!


 そうとわかれば早くイーリアス殿下の身体から邪悪なる魂を出さねばなりません!


 もし魔物であれば、この聖水をかけることにより、殿下の身体から飛び出してくるでしょう。そのとき、捕縛し、滅しましょう。


 私はこの仮説を立証すべく、盆を持って殿下の側に忍び寄ります。


 そして、すやすやとお眠りになっている殿下の額に、たらたらたらーっとゆっくり聖水を垂らそうと思ったのですが……。


 重いものをずっと持っていたせいか、ちょっと目測をあやまりました。


 しかも、ゆっくり注ごうと思ったのに、急転直下ぐらいに聖水を。

 殿下の鼻と口のあたりにぶちまけてしまいました。


「げほがほばが……っ! おいテオドア!!!!!」

「は、ははははははぃぃぃいい!」


「水責めかこれは!!!!!!」

「いえあの……っ、その!!!」


「水が……っ! 鼻の奥入った……っ! なんだよこの匂い、聖油か⁉」

「……お疲れのようでしたので、清めようと……」


「はああああああ⁉」


 まさか魔物と間違えて退治しようとしたとはもはや言えません!!!


 テオドア、一生の秘密といたします。

 私はただひたすらに謝り、殿下の御着替えをお願いすべく、執事さんのところに走ったのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る