第23話 再び王都へ

 次の日の昼頃のことです。


 大量のじゃがいもで作成したコロッケは子どもたちにも大好評を博しましたが、山菜を混ぜ込んだピザパンはどうやらいまいちだったらしく……。それはおうちの人へのお土産に、と勉強会が終わった子どもたちに持たせて帰らせた直後のことでした。


 講堂を片付け、アイトとともに厨房に行こうとしたら、扉を激しくたたかれます。


「なんだ?」


 アイトはいぶかしそうに眉を寄せ、首から下げた魔法核を右手に握りこみながら、扉に近づきます。


 私もそのあとに慎重に続きました。


「イーリアス殿下! 王都からの使いです!」


 声に聞き覚えがあります。

 先日来た騎士ではないでしょうか。アイトもそう感じたのでしょう。素早く講堂の扉を開きます。


「王太子殿下より至急のお呼びです! ぜひ王都へ! 馬車を用意しております。テオドア様もお越しくださいませ!」


 勢い込んで入ってきたのは、やはり数日前に王太子殿下のお手紙を持っていらっしゃった騎士でした。


 彼だけではありません。


 その後ろには数人の騎士が制服姿で待機しており、教会の門のところには馬と馬車が止まっています。


 馬車の紋や騎士の制服を見る限り、王太子殿下麾下の方々のようです。私とはなじみが深く、実際騎士たちは私に目礼をしてくださいました。


「どういうことだ? この前は報告だけだったろう。なにがあった」


 アイトがいぶかし気に問いますが。

 私の脳裏には、昨日エヴァさんから聞いた言葉がよみがえりました。


『王都はすんごく魔物が出てるって話だよ?』

 彼女はそう言っていました。


「神殿と王太子殿下の間で諍いが……。神殿は王都民に対して勇者のお披露目会を実施しようと画策しており、王太子殿下はそれを中止すべく使者を何度も送り……」


「神殿にも俺は同じ注意書きを残していっただろう⁉」


 騎士はきっぱりと首を横に振ります。


「それだけではございません。王太子殿下の申し出も無視し、強引に実施しようとしておりまして」


 アイトは舌打ちをします。騎士はつづけました。


「それを止めるべく、王太子殿下は現在神殿を包囲」

「包囲⁉」


 私とアイトは同時に声を上げました。


 私は悲鳴を。

 アイトは怒声を。


「王都は一触即発でございます。王太子殿下はイーリアス殿下に同席していただき、ぜひ神殿を説得してほしい、と」


「わかった。俺が行く。だけどテオドアはサザーランド領に残してもいいだろう?」

「どうしてですか!」


 私が声を上げるのと、騎士たちが一斉に抗弁するのは同時でした。


「テオドア様にも来ていただかないと!」「王都には魔物が頻発しております!」「我々だけでは手が回りません!」


 私が何か言うより先にアイトが言いました。


「セシリアは⁉ あいつだって聖女だろう! 魔物退治に駆り出せ!」

「セシリア嬢は勇者の転移召喚術が使えても、魔物退治に役立つ力はございません」


 騎士の一人が吐き捨てるように言います。私はアイトに訴えました。


「神殿を退き、ここに来て本当に体調がいいのです。私が行きます。王都の魔物を退治しなければ、王都民の安全が守れません!」


神殿あいつらは、お前を必要ないと言ったんだ! 放っておけばいい!」


 アイトは私に命じるように言うと、騎士たちに向かい合います。


「俺が行く。あんたたちだって魔物が退治できるんだろう? 王太子に騎士の増員を頼んでやるからそれで当座対処しよう。やっぱり……いまテオドアを王都に連れて行きたくない」


「それは危険だからですか?」

 私はアイトの前に回り込み、彼の手をつかみました。


「魔物退治の危険性ではなく……なにか、別の危機を感じてあなたは私を遠ざけようとしておられるのでしょう?」 


 目を見てはっきりと尋ねると、アイトの瞳は私をみつめながらも揺らいでいきます。


「かような危ないところにあなただけを行かせるわけにはいきません。私も行きます」

「テオドア……」


「だって私はあなたの婚約者じゃないですか!」

 アイトをつかむ手に力を籠めます。


「私がサザーランド領に行くことが決まった時、あなたは婚約者だからついていくと私に言いました。ならば私だって同じです。私はあなたの婚約者だからついていきます!」


 そこまで一息に言い切ったら、存外すっきりいたしました。

 思いのたけを吐きだせたことで、自分自身の行動指針も決定いたしました。


 もう決まりです。

 私は王都に行きます。


 そして魔物を退治する。これです。


「ようやく婚約者って」

 ぽつりと漏らしたアイトの声に、私は目を瞬かしました。


「はい?」

「いや、いっつもほら。婚約者だしとか言ってたら否定したりごまかしたりしてたじゃん」


「そ……それは」


 た、確かにそうだったかもしれませんが、結果的にいつも婚約者というところで会話の着地を見せた気がするのですが……。


 え、これ洗脳? ずっと繰り返し言われてたからなんかこう言いくるめられてました? な、なんてことでしょう!!!


「私の、勘違いでした?」


 だとしたら相当に恥ずかしい!!!! 恥ずかしくて消えてなくなりたい!


「いやそうじゃない、そうじゃない! 嬉しかっただけ! 婚約者、婚約者! な、そうだよな⁉」


 アイトの呼びかけに、騎士の方々も笑いながらうなずいておられます。


「いやあ辺境に行ってどうなるかと思いましたが、雨降って地固まるというか」

「おふたりが婚約者同士というのは公然のことですから」

「こんなに仲が深まっているとは思いもよりませんでした。あ、王都までほぼ休みなく馬車を走らせようとおもっていたんですが……。雰囲気のある宿泊場所とかとったほうがよかったですか?」


 よくありません!と真っ赤になって否定していたら、アイトが笑いながら私を抱きしめます。


「じゃあ、行くか婚約者さん。一緒に王都に」

「い、行きますが! 抱きしめるのはやめてください!」


 そして。

 私たちは村人たちに「少しの間留守にします」と伝えて王都へと発ったのでした。

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