第27話 教会の祝福の鐘
それからの日々というのは本当に目まぐるしく過ぎていきました。
夜も昼もなく王都には魔物が出現し、私は騎士たちを連れてその退治のために東奔西走いたしました。
神殿に入ったアイトからは、その日の夜に第一回目の報告が入ったようです。
神殿の正面玄関。
彼が最初に言った通り、バリケードの内側。
ペンキで〇をつけた中に入った彼は、白衣に身を包み、頭と顔も布で覆った状態だったそうです。
手には眼鏡と筒状の聴診器を持ち、最初に発したのは、
「感染爆発が起こっている」
だったそうです。
現在、感染者と非感染者を分け、神殿内を清潔・不潔とゾーニングをしている最中であること。
死者が1名出ており、勇者も重症。ただしこれはユノ病によるものだそうです。
二日目の報告で、王都に魔物が頻発する理由がわかりました。
セシリア嬢が亡くなっていたのです。
つまり、王都に聖女が不在。
魔物はそれに気づき、我が物顔に暴れまわっているのでした。
そこで王太子殿下は「超法規的措置」として、神官に代わり私を「正式な聖女」と認められました。次の聖女が立つまでの暫定的処置です。
仕方ありません。任命権のある上級神官はすべて神殿の中にいるのですから。
三日目には死者の報告がいっきに増えました。15名。その中にはユノ病だった勇者も含まれています。それ以外はいずれも肺炎がもとでなくなったそうで、その中には残念ながらジョーンズ上級神官の名前もありました。
四日目には『蒸留酒が足りない』ということで物品の補充が行われました。
ちょうど魔物調伏を終えたところで、ほんの一瞬だけアイトの姿を見ることができました。アイトも気づいてくれたようで、手を振ってくれます。目しか見えませんが、彼は元気そうでほっとしました。
五日目には神殿の一角で大きな煙が上がりました。
一瞬火事かと騒ぎになりかけたのですが、アイトが魔法核を使って死者を火葬したのだとわかりました。土葬を希望していた家族もあったのですが病原菌がもれることを恐れ、王太子殿下や私も加わって遺族に説明を行いました。非常につらい瞬間でした。
六日目には「感染者は全員回復傾向」と報告がありました。
七日目には「なんとかなりそう」と。
八日目にはアイトが「新規感染者ゼロ」ともろ手を挙げて叫び、バリケードのこちら側にいた騎士たちは武具を打ち鳴らして喝さいを上げました。
それから要観察のために二十日をアイトは神官たちと神殿で過ごし、私は王都の魔物を一掃して過ごしました。
そして今日。
アイトが神殿に入ってから30日が経過し、感染が発生した日から数えて40日が経ったたこの日。
ようやく神殿を取り囲むバリケードが撤去されました。
神殿にて隔離されていた患者たちの家族がいまかいまかと待ちわびていると、神殿の正面玄関が開きました。
約束の時間ちょうどです。
隔離されていた神官たちが駆けだしてきました。家族たちも走り出し、誰もが家族の元に急ぎました。
私もそわそわと正面玄関を見つめます。
じっとしていられません。
家族たちの波に押されるように私も神殿に向かって歩き出しました。
どんどん人が神殿から出てきます。
ですがどれも違います。
金髪ではありません。青瞳でもありません。背が高くもなくて、若くもありません。
アイトは……。
アイトはどこに……。
ふ、と。
嫌な予感がよぎります。
昨日までは元気だったけれど、まさか。
まさかそんな……。
「テオドア!」
目から涙がこぼれたとき、聞きなれた低い声が私の鼓膜を撫でました。
はじかれるように顔を向けます。
「アイト!」
神殿から最後に出てきたのは彼でした。
私の姿を認めると、手を振りながら近づいてきます。
その姿がのんきそうに見えて。
会えてうれしいはずなのになぜだか腹が立って仕方ありません。
だからでしょうか。
走って行って、彼の胸に飛び込んだ時、最初に発したのは「もう!」という怒りの声でした。
「え、なに?」
「知りません!」
アイトの胸に顔を押し付けて私は言います。なんだかもう自分の中でも感情がごちゃごちゃになってしまってなにがなにやらわからないのです。
「あ」
アイトが声を上げます。
「あら」
私もそっと顔を起こしました。
神官の誰かなのでしょうか。
神殿の八つの鐘が盛大に鳴ります。
誰もが嬉しそうにしばらくその音色に聞き惚れました。
「なあテオドア」
「はい?」
「また聖女になったんだって?」
私の背中に腕を回したまま、アイトが尋ねます。
「ええ。ですが神殿が機能を回復したら別の聖女が立つそうです。私はサザーランド領の神女官ですから自由にすればいいと王太子殿下がおっしゃってくださいました」
そう言って笑うと、アイトも同じように笑いました。
「よかった。それじゃあさ」
「はい」
「結婚しよう。で、サザーランド領で暮らそう」
にっこりと微笑むアイト。
私は彼を見つめ、それからやっぱり同じように笑顔を浮かべてうなずきます。
ようやく私は彼に伝えるべき言葉に気づきました。
「ええ、アイト。大好きです。ずっとずっと大好きです」
アイトは優しく私を抱きしめてくれます。
私たちを言祝ぐように、ひときわ神殿の八つの鐘が鳴りました。
その音は荘厳さを持つのに、歓喜に満ちた音色を王都に響かせていました。
了
北方に追放された元聖女ですが、私を冷遇していた婚約者がなぜかついてきます⁉ 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095
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