第18話 王都からの使者

「なんでしょう」


 不安になり、私は子どもたちを呼び寄せます。子どもたちも棒を放り出して私のそばに駆け寄りました。ハイネくんなどは私のスカートにしがみついています。


 アイトがそんなみんなをかばう形で前に出ました。


「アイト」

 危ないですよ、と声をかけようとしたのですが。


 騎馬は、アイトの姿を確認したら明らかに速度を落としたようです。

 そして教会の門の前では完全に下馬し、アイトに対して最敬礼を行いました。


「ちょっと行ってくる」


 アイトが声をかけて門で待機している騎士の元に小走りに駆けていきます。

 アイトの……というよりイーリアス殿下の身分をわかっている騎士です。ということは王都からの使者でしょうか。


「大丈夫ですよ。アイトのお友達のようですから」


 私自身もほっとしたからでしょう。子どもたちもすぐに警戒を解き、また手に手に棒を握って名前を地面に書き始めました。


 私は間違いがないか確認していき、全員に〇をつけます。


「それでは算数の計算から参りましょう」


 私がいくつか地面に例題を書きますと、子どもたちは自分の足元にそれを複写し、それぞれ答えを書いていきます。まだ幼い子などは自分の指を使って計算していますが、まあそれは大目に見ましょう。


 そうやっていくつか問題を解いていき、最後に「これは少し難しいですから、お友達同士で考えても構いません」と言って、上級なものを書きます。


 子どもたちからは「うえぇ」という声や、「一緒に考えよう」という声が聞こえたりしてきました。いいことです。ひとりでできないことは、みんなで対処してみましょう。


「テオドア!」

 そんな中、アイトが私を呼びます。


「はい」


 目をまたたかせて顔を向けると、アイトが手招きをしています。その隣では騎士が私に対して会釈をしてくださいました。


「みなさん、これも追加です」


 私はささっと追加で3問書き足しました。「えええええー⁉」という悲鳴のような声を聴きながらアイトと騎士がいる門のところへ移動します。


「あの……なにか?」


 アイトと騎士を見比べながら、おずおずと声がけをしますと、明らかに騎士は驚いたように目を丸くされました。


「テオドア様……。ずいぶんとお元気になられましたね」

「おかげさまで」


 言いながらも、そういえばつい10日ほど前までは生きるか死ぬかのような状態であったことを自分でも忘れていました。


 アイトからは「毒を盛られていた」と聞かされましたが……。


 あれは本当だったんでしょうか。

 アイトの作るものを食べ始めてからは、途端に体力も回復し、それに伴って聖なる力も依然と変わらぬほどになってきています。


 ひょっとしたらと思いますが……。

 アイトの魔法核も私の体力回復になにか影響しているのかもしれません。そう考えると、私とイーリアス殿下を縁づかせようとした神殿と王家の方向性は間違っていなかったということでしょう。

 

「最後にお見かけしたあの神殿の広間では……大変なご様子でしたから、王太子殿下もとても気にしておられました」


「まあ……。王太子殿下にもよろしくお伝えくださいませ」


 頭を下げながらも、ではあの場にいらっしゃったということは、この騎士は王太子殿下の腹心の方なのでしょうと判断いたします。


「わたしども騎士もみな、テオドア様の身を案じていました。本来は我々が守らねばならぬのに……。魔物退治ではみなを守ってくださって。この場を借りてお礼を」


 深々と頭を下げられるので大変恐縮いたします。「私こそ、いつもありがとうございます」とお礼をかえしたところで、アイトが言いました。


「王太子殿下からの手紙を運んできてくれた」


 アイトが封蝋の押された封筒を私に見せてくださいました。右手に握っているのは便箋です。すでに内容は確認しているようでした。


「手紙によるとセシリアは勇者の移転召喚に成功したらしい」

「まあ、そうですか。それはおめでとうございます」


 私が騎士にそう伝えると、彼は大変複雑な表情をしました。


「王太子殿下も国王陛下も。それから王家のみなさまがたも、イーリアス殿下のお言葉を守っておられますので、実は誰もその勇者とやらを見ていないのです」


「まあ……そういえば、そのようなことを」


 アイトと王太子殿下の間ではすでになにか話し合いがもたれているような感じではありました。


 その内容というのは。

 勇者とは会うな、というものだったのでしょうか。


「なので本当に成功したのかどうかはわかりません。ただ、神殿からの情報によりますと、確かに……その、見たこともない身なりをしており、我が国にはない魔法を使いこなすようです」


「ではいまのところ神殿の神官や聖女しか勇者様にお会いしていないと?」

「ええ、もちろ……」


「会うなよ! 絶対会うな!」


 アイトの緊迫した声に私は肩を震わせます。


 恐る恐る彼を見ました。

 アイトは鋭い視線を騎士に向けたままです。


「王太子殿下も国王陛下も。絶対に、俺がいいと言うまでは絶対会うな!」


 アイトはこわばった表情のまま、手紙を握り締めます。


「王太子殿下に伝えてくれ。この手紙には勇者を大々的に喧伝するため、王都民を招いてお披露目会のようなことをすると書いてあるが……。至急やめさせろ。少なくとも40日は神殿から勇者を出すな、と」


「かしこ……まりました」


 勢いに飲まれたように騎士はうなずきましたが、すぐに姿勢を正し、もう一度はっきりとおっしゃいました。


「神殿が行おうとしております勇者のお披露目式は中止。その旨、王太子殿下に申し上げます」

 

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