第25話 神殿包囲
三日後。
私とアイトを乗せた馬車は最短距離で王都につくことに成功しました。
ひとえに馭者さんと騎士の方々のご尽力のおかげです。
人や馬が交代するたびに王都へ連絡をしていたため、私たちは王太子殿下と王都の聖クリスタ通りで落ち合うことができました。
「でっかいバリケードができてる。やるな王太子殿下」
アイトは馬車を降りるなり、タープの下にて待機されておられました王太子殿下の元に走って行かれました。
私も慌ててそのあとをついていきますが……。
わずか1か月ほど前に見た王都の姿ではありません。
目の前に延々と続くのは背丈をはるかに超える木柵であり、戦場では騎馬の侵入を防ぐ目的で作られるものです。
それが通りを縦断し、王都を分断しています。
戦場ではないのに。
それなのに騎馬がいななき、騎士が甲冑の音を立てて歩き回っています。
この時間の王都であれば、昼食をとるために王都民が2ブロック先の商業地区に集まってくるというのに、ひとっこひとりいません。
まだ生々しい木の匂いがする柵を呆然と眺めながら、私はターフの下まで近寄ると、王太子殿下が声をかけてくださいます。
「よく来てくれた、テオドア。大事ないか?」
「王太子殿下におかれましては……」
ご機嫌うるわしくというのもおかしな話です。私はそこで口ごもり、作法通りのカーテシーをするにとどめました。
「これは神殿を取り囲んでいるんですか?」
アイトが尋ねます。王太子殿下はうなずかれ、無言でターフ内に入るよう手招きをします。
私とアイトが中に入りますと、簡易机の上には王都の地図が広げられていました。
「そうだ。神殿の北は聖クリスタ通り。南はビジョップ通り。西はサン・ドロップ通り。東はシシィ通りを封鎖している。居住民はすべからく避難させ、現在は王城内にて保護している」
王太子殿下は侍従から羽ペンを受け取り、その先端で地図を差します。
その中央にあるのは神殿。
それぞれ通りを3つ過ぎたところで木柵を打ち込まれ、封鎖されているようです。
「食料はどうなっています?」
アイトが地図を見つめて尋ねます。
「いまのところ要望はないが、必要とあらば運び込む準備はある」
「最悪、一か月は籠城できる準備が神殿内にはあるはずです」
失礼かと思いましたが……つい私も口をはさんでしまいました。というのも、一か月分はあるはずですが、どれぐらいの人数が中に閉じ込められたままかはわかりません。人数に対していつまで食料がもつのかはわかりません。
「いったい、いつからこの封鎖を?」
「テオドア。心を痛める気持ちはわかる。時系列を追って説明しよう」
王太子殿下の表情はいつもと変わりませんでしたが、声は私をいたわるような声音でした。そのおかげで私も冷静になります。アイトの側に控え、王太子殿下の言葉を待ちました。
「いまから10日前だ。セシリア嬢が勇者の移転召喚に成功したという知らせが王宮に届けられた。ついては、王都民に大々的なお披露目会をしたい、そこに王族も出席していただきたいという打診だった」
「10日前」
アイトがつぶやきます。
「ツキシマアイト。我々はそなたの知識を信頼している。そのため、神殿に対して即刻かような会は中止するように提言し、勇者と彼にかかわったものたちも神殿から一定期間出ぬように伝えた。そして、同時に早馬をサザーランド領に飛ばしたのだ」
あの騎士が封書を持ってやってきたときのことに違いありません。
「だが神殿は反発し、ジョーンズ上級神官とセシリアが王宮に来て話し合いをしたいと言い出した。もちろんそのような話し合いは無用であることと、ふたりだけではなくいま神殿にいる者たちは全員神殿から出るな、と伝えたところ……」
「騒ぎに、なったのですか」
吐息とともに私はつぶやいた。「ああ」と王太子殿下が重い息をつかれます。
「発端は彼らではなく、住まいに戻ろうとした神官を神殿に押しとどめようとした騎士たちからだと聞いている」
「あ……」
私は目を見開く。
そうです。
私自身が、そしてジョーンズさんのように上級神官は神殿に部屋を与えられているので失念していましたが……。
下級神官や小間使いのような人たちは当然ですが通いです。
多くは王都に家があり、そこから通っています。
そういった人たちも王太子殿下の騎士たちは「神殿内にいるように」と通達したのでしょう。
ですが、しびれを切らして出ようとしてしまった……。
「もちろん神殿には武器を携帯した者はいない。だが……そんなもの、無意味だ。いろんなものが武器たりえる」
王太子殿下が淡々と語られます。
確かに。
包丁や……箒だっていざとなれば人に害をなすことだってできるでしょう。
「勇者が誕生して二日目には、このようなバリケードを設置。最初は神殿から罵声が飛び、神官たちが飛び出してきたが、大砲で空砲をいくつか撃ち込めばおとなしくなった。だが、虎視眈々とバリケードを突破する機会をうかがっている気配はある。そこで、再度ツキシマアイトのところへ使いを飛ばし、『最短での隔離は何日か』を見極めてもらうために来てもらうことにした」
王太子殿下は羽ペンを片手に持ち、もう一方の手のひらへとリズミカルに打ち付けながら私をご覧になります。
「また、間の悪いことに現在魔物が頻出している。騎士たちで対応しているが、神殿との二面対応になっていてな。テオドアにもご助力を、ということだ」
「いえ……その、私は構いませんが……」
私はアイトに視線をむけました。彼は顎をつまむようにしてバリケードの向こうにある神殿を見ました。
「ウイルスの潜伏期間はだいたい2日から7日前後です。まあ……絶対とはいえませんし、長いものでは数十年単位で潜伏しているものもあります」
「では勇者がもし、なんらかの病気になっていた場合、すでに発病しているのだな?」
「そうですね。そして最悪なことを考えれば、それは他の人間にも感染している」
呟くように言うアイトに、私も王太子殿下もなにも言うことはできません。
「神殿からはなにか言ってきていませんか? こちらで変な病気が流行っている、とか。助けてほしい、とか」
長い沈黙に耐え切れずに私が口を開きます。王太子殿下は首を横に振りました。
「この数日は至って静かだ。てっきりバリケードの打開策でも練っていると思っていたからこちらからもなんの問いかけもしていないのだがな……」
王太子殿下は前髪を掻き上げます。
「だがよく考えればそれも変だ。なんらかの……例えば使者などをよこして事態調整に入ろうとするのが妥当なところだろう。それをしないということは」
神殿内は……。
それどころではない、ということではないのか。
私はぎゅっと手を握り締めます。王都はサザーランド領より暑いというのに。
指先は凍えるように冷たいのです。
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