第19話 HONEST <瞳が語るもの>
月は空高く登り、広場を明るく照らしている。
「長」
「長」
「我らが長」
化け物達のざわめきは治まらない。
「……息子?」
美也は陀羅鬼を見て、威吹鬼を見た。
「……あなたが? あいつの?」
威吹鬼は沈黙した。
「威吹鬼という名か。強く成長したようだな」
血が猛烈な勢いで頭に昇った。
「……黙れ」
(塗りつぶせ)
「おまえが強くなり、
「黙れ」
(黒く塗りつぶせ)
「この場所に来たのは、やはり自分が生まれた場所ゆえか?」
「黙れ!」
(黒く塗りつぶせ。意識を怒りで、黒く塗りつぶせ)
心が囁いた。威吹鬼はコングを抜いた。
「そんなものでは、儂をどうすることもできぬぞ」
威吹鬼はコングの撃鉄を起こす。
「こいつはおまえら専用だ。試してやろうか」
「長。陀羅鬼よ」陀羅鬼のそばにいた巨大な
「そうだ」
陀羅鬼は低く、よく通る声で言った。
「あいつは儂が人間の女をさらい、
「――母親だ?」威吹鬼は地面に唾を吐いた。「てめえが母親などと軽々しく口にすんじゃねえ。母はおれが十歳の時に病気で死んだよ。てめえみたいな化け物に孕まされた身体だ。てめえらのところを放り出されたあともずっと病弱だった」
「そうだろうな。……元々あの女には何か身体に欠損か、問題があったのかもしれん」
威吹鬼の毛穴は収縮し、うなじの毛がめらめらと逆立った。
「問題を作ったのはてめえだ。母は死ぬ間際、てめえのことを、おれの呪われた出生のことを告げた。……陀羅鬼。おれはてめえを殺すために生きてきた」
「問題を作ったのは、儂だと? 威吹鬼、おまえを作ったのも儂だぞ」
「気安くおれの名を呼ぶな」押し殺した威吹鬼の声には、心の奥底から噴出するような怒りが込められていた。「陀羅鬼。――おまえを
「威吹鬼」
陀羅鬼は一歩前に出た。
「人間の世界は楽しいか?」
「それ以上しゃべるな」
「汚濁と、貧困と、恨みと、苦痛と、恐怖に
「黙れ」
「人間はあまりにも不便で弱い生き物だ。そして不条理きわまりない生き物だ。しかし我らは違う。我らは強い。自由だ。それが時におまえ達の世界から見れば悪と映るやもしれぬ。おまえ達が身勝手に決めた一方的な道理を持ってして。そんなことはおまえも分かっているだろう?」
威吹鬼はばりばり、と歯を食いしばった。
「……威吹鬼、我らの仲間になれ。今のおまえなら一族の長になれる。人間を喰らうんだ。その渇望がおまえにもないわけではあるまい?」
「…………」
「うまいぞ、人間は。甘い血の味、はらわたの舌触り。どんなものにも代えがたい。しかもここにいるのは――」陀羅鬼は蝙蝠男が抱えている、あおいと麻貴を指差した。「二人とも月詠の子だ」
「な――何ですって?」
美也があおいと麻貴に目をやった。「あおいが……月詠の子?」
「そうだ」コングで陀羅鬼を狙ったまま、威吹鬼が答えた。「化け物どもが狙っていたのは、むしろあおいさんの方だ」
美也は頭が混乱した。麻貴。あおい。二人とも月詠の子? 美しい顔をした麻貴。美しい顔をしたあおい。麻貴の茶色がかった瞳。そして、あおいの――。
「気付いたようだな」威吹鬼は言った。「あおいさんの瞳は、淡いブルーなんだろ?」
「…………」
「強い霊力を持った月詠の子だ、あおいさんは。声だけしか聞いてなかったから、おれも気付かなかった。月詠の子の外見的な特徴は、普通とは異なる瞳の色だ。月詠の子は魅かれ合う。一目見た瞬間から、麻貴は本能的にあおいさんが月詠の子であることを見抜いていたようだな」
美也はあおいと麻貴を見た。
麻貴は気を失いながらも、あおいにすがりついている。あおいの胴にしっかりと腕を巻きつけていた。
「月詠の子は魅かれ合うんだよ」
もう一度、威吹鬼は言った。優しい口調だった。
「威吹鬼よ――」
陀羅鬼が低く言った。
「知らないだろう。月詠の子の血は格別甘いぞ。すすらせてやろう」
「……陀羅鬼。もう一度言ってやる」コングの銃口は依然として陀羅鬼の眉間をしっかりとポイントしていた。威吹鬼の腕は微動だにしない。「おまえを、討つ」
「愚かな男だ!」
陀羅鬼は真っ赤な口を大きく開けた。
「強い魔の血を、その身体に宿していながら」
「おれは人間だ」
「そうか。――では人間よ」
おおおおお、と背後の化け物達が一斉に叫んだ。
「この数と、どう戦う?」
つかの間、威吹鬼は沈黙した。
ゆっくりとコングをホルスターに収める。美也は泡をくった。
「ちょ、ちょっと。どうして銃を――」
「おい、あんた」
背後に呆けた顔で突っ立っている美也に威吹鬼は声をかけた。
「三十秒間だけ、目を閉じてろ」
「……え? 何」
「目を閉じてろ、ってんだ。死にたくなかったらな」
美也は何が何だかわからないまま、ぎゅっと目を閉じた。そして恐怖心から、両手で耳も塞いだ。
陀羅鬼だけが気付いた。威吹鬼が何をしようとしているのかを。
――思い出した。
威吹鬼が生まれた夜、自分の目の前で何が起こったのかを。
あの夜。薄墨色の雲間から、ほんのわずかに満月が覗いていた夜。
「貴様ら‼」
化け物達に向かって陀羅鬼は叫んだ。
「目を閉じろッ! 奴の目を見るな‼」
威吹鬼は顔を上げた。
そして、ゆっくりと目を開いた。
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