第13話 LEFT <左腕>

 翌日、威吹鬼はあおい、麻貴を伴って町へ出た。

 油霞町の裏通り。言うまでもなく、蟹の店だ。麻貴を連れて行ったのは、もう一時もボディーガードとして目が離せなくなったため、あおいを連れて行ったのは麻貴がぐずるのを防ぐためだ。

 ただし威吹鬼は、二人には店の入り口、つまり地上で待っているように言った。何かあればすぐ階段を駆け下りて来るように申し渡して。麻貴が蟹の外見に間違いなく怯えると思ったし、化け物を殺すためのまがまがしい武器の多くを、あおいの目にあまり触れさせたくはなかった。



「会えて嬉しいぜ、兵隊さん」

「おれも嬉しいよ」

「生きて帰ってきたな」

「ちょっとやばかったけどな」

 蟹がほんの少し真顔になった。「へえ。あんたがやばくなるような相手がいたかい」

 威吹鬼は頷いた。「――貫通力も大切だが、破壊力も大切だ」

「そりゃ、もちろん」

「点ではなく、面で攻撃できる武器が欲しい」

 蟹が眉を妙な具合にしかめた。「面?」

「つまり散弾銃のような、何かだよ」

「一発で、ごっそり肉をこそげ取れるような?」

「そうだ」

「そういう武器が必要な化け物がいた、と」

「そういうことだ」

「それなら――」蟹は作業場に行って何やらがしゃがしゃと音をたてた。そしてややあって、銀色に光るものを手に戻ってきた。「こいつがうってつけだ」

 蟹は銀色の武器を作業台の上に置いた。古めかしい形の六連発リボルバーだ。

「ステンレス製だ。銃身はたったの二インチ。スナブノーズって奴だ。ちっちゃくてかわいいだろ」

 威吹鬼は手に取った。全長は威吹鬼の手のひらにすっぽりと納まるほど小さいが、ずしりと重い。

「うってつけ? ちっちゃくてかわいい、こいつがか?」

「小粒でも、ぴりりと辛い」蟹はいやらしい笑みを浮かべた。「弾丸が凄えんだ」

 蟹が手のひらに乗せて威吹鬼の目の前に出したのは、散弾銃に使われるような、胴の部分が樹脂で作られた弾丸だ。

「ショットシェルじゃないのか」

「見た目はショットシェルだ。だが中身がまるで違う」

 蟹は弾丸を人差し指と中指で挟んで摘み上げ、威吹鬼の耳のそばで軽く振った。何の音もしない。

「このプラスチック製シェルの中に入っているのは鉛の粒じゃねえ。極小の針だ。ミクロ単位の超硬質金属の短針が、何百本と詰まってんだ。この弾丸を試してみろ」

短針銃ニードルガンか」

「そうだ。超硬質短針を高圧ガスで何百本と、対象めがけて広範囲に噴射する」

「当たったらどうなる?」

 蟹は嫌な笑いを顔にへばりつかせたまま、潰れた鼻をひくひくさせた。

「ひき肉たっぷりのミートソース」

「……趣味のいい例えだ」

「的確だと思うがね」蟹はよだれを垂らしそうな顔で笑った。

「試してみよう。値段は?」

「弾丸一ダース付きで、十五万」

「高いな」

「こればっかりは仕方がねえ」

「ボってんじゃないのか?」

「おいおい。こないだ入荷したばかりの超貴重な弾丸なんだぜ。ホルスターもおまけにつけてやるよ」

「しょうがねえ」

 威吹鬼はパンツのポケットから紙幣の束を出して数え、作業台に放った。

「まいど」

 蟹は台に置かれた紙幣を素早く懐に入れた。虫を捕らえる時のカメレオンの舌の動きを思わせる素早さだ。

「短針弾を使う時は距離に気をつけろ。化け物との距離は最低でも七メートル以内でないと効果を最大限発揮できねえ。こいつはあくまで近距離戦闘用だ」

「そいつは都合がいい」

 威吹鬼は短針銃をホルスターごと、ガンベルトの腰骨の辺りに装着した。

「名前をつけてやってくれや」

 蟹がにやにやしながら作業台に頬杖をついた。

「そうだな」ステンレス製の撃鉄は白く鋭く光っていた。「――ビアンカだ」

「悪くないな」

 威吹鬼は階段に向かった。

「兵隊さん。また来てくれ」

 威吹鬼は振り返る。蟹同様ににやりと笑いながら。

「ああ。生きてたらな」


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