第3話 HUNT <狩る者>

 町の外れでは雨が強く降っている。

 二メートル先もうすぼんやりと見えづらいほどの土砂降りだ。町の外れだったので人家は少なかったが、真っ昼間だというのに雨のせいで誰もが家に閉じこもっている。

 その土砂降りの雨に打たれ放題になっているのは、たった二人の人影だ。

 いや、厳密には二人、ではない。

 一人と一匹。

 一方は人間。マントに付いたフードを目深に被っている。

 そしてもう一方は、化け物だ。

 腹と背中に亀のような甲羅がある。雨のせいではなく、全身がぬらぬらと緑色の粘液で濡れている。手足の指の間には水かきがある。

 鋭く尖ったくちばしが開いた。腐った海藻を口いっぱいに頬張ったまま喋っているような、不快極まりない聞き取りづらい声だ。

「……話、はワかった。人間よ。人間、ノ小僧よ。おまえ、はおれにどウして欲し、イんだ?」

「――どこか遠い山の中へ行け。そして二度と町に降りて来るな。金輪際、二度とだ。それがいやなら」

「そ、レがいやナ、ら、どうするンだ?」

「死んでくれ」

 化け物は首を傾げた。

「……何だト?」

「この薄汚いドブ河におとなしく住んでいただけなら見逃してもらえただろうよ。だがおまえ、人を喰っただろ」

「ああ。も、チろん喰ったサ」

「四度目だな」

「さあな、覚エテ、ね、えな。一つ聞キた、い、んだガな、おまえら人間は生マレてこ、の、かた、牛や豚を殺して喰っタ数、を、いちいち覚えてるカ? 覚えちゃい、ネえだろ?」

「もちろんな。――だがそれをおかみがな、許さねえってさ」

 人間は、ゆっくりと腰の銃に手をかけた。

「馬鹿が。人間ノ小僧。イや」化け物の首がずるり、と伸びた。「おれ達の命、デ、飯を喰う、馬鹿な賞金稼ぎ。おまえ、に、おれが殺せルか? いイことを教えてヤろう。おれが喰った人間は、な、おまえのよう、な賞金稼ギばっかりだ。おまえらの言葉で言うとな、正当防衛って、やつダ」

 化け物はくちばしを歪めていやらしく嗤った。次の瞬間、化け物の首は人間に向かって一気に数メートル伸びた。

「――――!」

 紙一重で人間は化け物の首をかわした。人間が立っていた場所のすぐ後ろにあった岩塊に化け物の鋭いくちばしが突き刺さり、岩塊は爆裂するように粉々になった。

「む」

 化け物は目をみはった。

 今の一瞬で、人間は8メートルも横に飛びのいていた。

 人間が身に着けていたフード付のマントは、爆裂した岩塊の飛沫を受けて千切れ飛んでいた。すでに人間は銃を構え、化け物に狙いを定めている。

 拳銃――という住み分けがふさわしいのか、その長さ、握りこぶしからひじほどまではあろうかという、巨大な拳銃だ。

「――? 人間、おまえ……」化け物がいぶかしげに顔を歪めた。首がずるずると縮み、元の長さに戻った。「目ガ見えねえ、のか?」

 人間は、きっぱりと目を閉じていた。

「おまえ、目が見エねえ、くせに、今のおれの攻撃ヲ避け、たのか?」

「……だったら何だ? おれが目を閉じていたらおまえはおれを殺せるか?」

 化け物は舌なめずりをした。

「……小僧ガ、なめヤがって。まったく近頃は賞金稼ぎに、も、ろくナ奴がいねえ。それにそのデかい拳銃。なあ人間、そのエモノはど、う、考えてもおまえの身体には不相応ダぜ、ちょっとバかりでか、す、ぎる。大体拳銃なんかじゃおれの甲羅、は絶対に撃ち抜ケねえ。しかも目も見えねエおまえが――」

 人間の構えた銃が轟音を放った。

「べらべらとよく喋る化け物だ」

「…………?」

 化け物には何が起こったのか、瞬時には理解できなかった。

 まずは人間が、少年のようにも見える小柄な人間が短機関銃ほどの大きさもある巨大な拳銃を片手で撃ったこと、それから目を閉じたままで数メートル離れた自分の急所にその弾丸を命中させたこと。そして放たれた弾丸が、頑丈なはずの自分の甲羅を胸から背中まで貫通し、握りこぶしがすっぽりと入ってしまうほどの見事な穴を開けたことを、順序だててゆっくりと認識していった。

「がは」

 化け物は大量に血を吐き、両膝をついた。

 人間は大股で歩き、化け物に近づいた。手には刃渡り四十センチほどのナイフが握られている。

「悪いな。証拠を持って帰らねえと、金が出ないもんでよ」

 人間は、化け物のべとべとしたまばらな毛髪を掴んだ。

「……おまえ……何なンだ……」

 ナイフを首に振り下ろした。

 ごつり、と骨を断つ音がして首は鮮やかに切断された。

「おまえたちのことが大っ嫌いな、ただの賞金稼ぎだ」

 人間はぽつりと呟いた。

 雨は先ほどより、激しさを増している。

 ざあっざあっと間欠的に地面を打つ雨音によって、人間の呟きはかき消された。



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