第18話 PROFIT <再会>
威吹鬼は猛スピードでガジモドを疾駆させた。
空には早や、真円に近い月が昇り輝いている。
時化山の山道に入り、しばらく進んだ。ガジモドは文句も言わず、荒れた細い道をひた走る。
もうこの辺りは人も寄り付かない森だ。
不意に景色が開けた。
直径五十メートルほどの、白い砂地の広場だ。広場の端に、二本角の鬼がぱっくりと口を開けたような形をした巨大な岩がある。堂魔ヶ岩だ。鬼の口の中は深い洞穴になっているようで、光が届かずに様子がまったくわからない。
いや、それよりも、だ。
広場の真ん中に細い人影があった。
月の光が、砂地に細いシルエットを描いている。垂直に立つ人影とそのシルエットは、まるで時計の短針と長針だ。
威吹鬼はガジモドのエンジンを切り、人影に近づいた。
「――やっぱりか。油霞町に化け物を手引きしたのもあんただな」
黒いドレスに身を包んだ美也は微笑んだ。
「くせえと思ってたぜ」
「あら。……いつからそう思っていたの?」
「おれが応接室で最初に月詠の話をした時、うっかりあんたはおれに知らないふりをした。使用人頭の洛が、月詠の話をして、妖撃舎に依頼してるのにな。まああんたはしきりに世間知らずをアピールしてたけどな」
「ふうん」
「それと――」威吹鬼は手のひらで顔をひらひらと扇いだ。「その香水の匂いだ。戦ったどの化け物からも、微かにだがその匂いがした」
「美しい男って、女の馨りにも敏感ね」
「言ったろ? 目が開かなければ開かないで、普通の人間が見えないものが割合に見えたりもするんだよ」
「まったく洛ったら。麻貴を心配してギルドへの報酬を奮発するもんだから、犬みたいに鼻の利くハンターがきちゃった」
威吹鬼は美也に一歩近づいた。
「――なぜだ?」
「……女性には愚問じゃなくて?」
「月詠とはいえ、実の息子だろ。血のつながった」
「血がつながっていようが、いまいが――」美也は口だけで笑った。「そんなことは関係ないのよ。月詠の子を差し出せば、私に人間を辞めさせてくれると言ったの。私に永遠の若さをくれると言ったの、あの化け物は。大金持ちだろうと貴族だろうと絶対に手に入らない永遠の若さ。人間の力では絶対に手に入らないもの。どんな犠牲をはらっても私が手にしたいのは、永遠の美しさなの。女性には愚問よ、ミスター? ――子供なんてまた作ればいい。永遠の若さのためだったら、たまたま私の元に生まれついた子の命の価値なんて取るに足りないものなのよ? おわかりかしらミスター?」
「外道が」
「美への追求を忘れない、本物のレディーなだけよ」
「じゃあ賢いレディー。あんた、一つ気付いてないことがあるぜ」
「――気付いてないこと?」
げあ、げあ。人面烏の汚い鳴き声が森に響いた。
威吹鬼は堂魔ヶ岩に意識を集中した。
洞穴から、失神したあおいと麻貴を両手に抱えた蝙蝠男が飛び出してきた。蝙蝠男は一跳びし、堂魔ヶ岩のすぐ横に突き出た岩の頂きを定位置のように陣取った。
金属を擦り合わせるような、不快な声を蝙蝠男が発する。
と、それに応えるように洞穴から異形の化け物が出てきた。
数匹、ではない。
湧き出てくる。
洞穴から次々と噴き出るように現れる化け物達は、カマキリの卵から孵化する大量の幼虫を思わせた。
その数、ざっと百匹。
百匹は洞穴の入り口周辺にかたまった。
「あー」
「いー」
「かー」
「げげ。げげげげ」
「ひひひひひひひ」
「きゃははははは。きゃはははは」
口々にいびつな鳴き声や興奮しきった嬌声を上げ、そこらを飛び跳ねたり、意味もなくじたばたともがいたりしている。
美也はそのあまりの数に言葉を失い、異形の
化け物と取引をし、若さを手に入れるはずだった。化け物は若さを提供してくれると約束した。その化け物達は、人間が相容れるようなもの達ではなかった。
身体の中心、背骨の辺りから恐怖が硬質な塊りとなって押し寄せてきた。
美也は確信した。自分はきっと殺される。
「私が取引きした時はこんなたくさんいなかった、ってか?」威吹鬼はにやりと笑った。「それだけ月詠の子が魅力的だ、ってことさ」
「私達……」美也の全身が
「あんた、もう用なしだろうからな。どんな化け物だろうが、人間を若返らせることなんかできるわけがねえ。だまされたのさ」
威吹鬼は美也の肩に手を置き、自分の後ろに下がらせた。
「心配するな、あんたは殺させねえ。あんたには人間として、まっとうな処分を受けてもらう必要があるからな」
美也は威吹鬼の顔を見た。
威吹鬼の顔は、化け物達にしっかりと向けられている。月の光を浴びたその横顔は、教会に飾られている聖人の彫刻のように荘厳で美しかった。
「あなた……戦う気?」
「当然だろ」
「どうやって?」
「それより――」威吹鬼は顎の先で化け物の群れを指した。「こいつらの中に、あんたに永遠の美しさとやらを約束した奴はいるか? 月詠の子と引き換えによ」
恐怖に大きく開いた目で美也は化け物達を見回した。
「いないわ」
「本当か?」
「いや。――待って」美也は洞穴の入り口を指差した。「出てきたわ。……あいつよ」
「……なるほど」
おおおお、と化け物達の口から畏怖と尊敬と賞賛がないまぜになったような、奇妙な声が洩れた。その声はどよめきとなり、波紋のように広がった。
洞穴の前にいた化け物達が広く道を開け、その中心を背の高い一匹の化け物がゆっくりと歩いてくる。
その化け物の肌は酸化した銅のように黒く、隆々とした筋肉に覆われていた。
そして頭に二本の角と、つややかな銀の髪を持っていた。
「おお」
「長」
「長」
「我らが長」
「陀羅鬼よ」
化け物達がざわめく。
陀羅鬼と呼ばれた化け物は、群れの先頭に立った。そして威吹鬼を真正面から見つめ、おもむろに口を開いた。
「久しぶりだな。――息子よ」
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