第20話 FIGHT <血闘>

 遠くから声が聞こえる。懐かしい声だ。

 声は振り子のように揺れ、近づき、遠のく。遠のき、近づく。

 あたたかい声だ。

 声が威吹鬼に語りかける。

「……それからそのお布。絶対に取っちゃだめよ」

「わかった」

「もしいじめっ子にお布を取られそうになったら、その時は」

「……その時は?」

「目を閉じるのよ」

「目を?」

「そう。しっかりと目を閉じるの」

「開けちゃだめなの?」

「そうよ」

「どうして?」

「いぶきの目にはね、ちょっと変わった力があるの」

「変わった力?」

「そうよ、すごく変わった力。……その力はね、今のいぶきにはちょっと大きすぎるの。目を見られたら大変なことが起こるの。……いつかね、いつかきっと、いぶきの目の力が必要になる時が来るわ。その時まで目を見られたらだめよ。お布を取られそうになったら、絶対に目を閉じるの」

「……うん、わかった。お布を取られそうになったら、ぼく、目を閉じる」

「いぶきはいい子ね」



 きっちりと三十秒数えたつもりだった。

 美也は恐る恐る目を開け、塞いでいた耳を開放した。

 目を疑った。

 広場は、だだっ広くなっていた。

 いや違う。錯覚だ。

 立っている化け物がいないのだ。

 一匹を除いては。

 陀羅鬼以外の化け物は、すべて地面に倒れ伏していた。おびただしい化け物達の折り重なった屍骸を、月の光だけが静かに照らしている。

「……一体どうなってるの?」



 化け物達の断末魔の絶叫で、あおいは眠りから強制的に連れ戻された。最悪の目覚めだった。

 最後に見たものは何だったか。

 毛むくじゃらの化け物。蝙蝠そっくりの羽。抱きすくめられた。息が臭かった。荒い毛の一本一本には小さな虫がたかっていた。

 むちゃくちゃに暴れたが、化け物の細い腕は見た目に反して力強く、身動き一つ取れなかった。

 そのうちにすごく高い、頭の中心に突き刺さるような嫌な音を聴かされて……意識がとんだ。そして今、気がついて身を起こした。

 わたしと坊っちゃんをさらった蝙蝠そっくりの化け物。

 そいつが仰向けにひっくり返っている。

 目の前には……白い砂が月光を反射している広場。野球でもできそうな広い場所。

 ……そこに……たくさんの化け物が折り重なって倒れている。

 でも一匹だけ? 立っている。

 黒い大きな、強そうな化け物。銀色の髪の隙間から二本の角が見える。

 そして向かい合って立っているのは……奥様? あと、もう一人。

「――威吹鬼さん⁉」

 ううん、と麻貴が声を出した。あおいは麻貴を揺り起こした。

「坊っちゃん。起きて。起きて下さい」

「……あおいー。……もう朝ぁ?」

「しっ。……静かに」

 麻貴の口を人差し指で押さえ、あおいは岩陰に息を潜めた。



 威吹鬼はすでに目を閉じていた。

 呼吸が激しく乱れていた。威吹鬼も、陀羅鬼も。

「……健在だったか」

 陀羅鬼が呻くように言った。

「その力。見たものの生命力を抜き取る、その瞳の力」

 陀羅鬼の息は荒い。

「その瞳の力で、おまえが生まれた夜、そばにいた化け物どもがみんな死んだことを思い出したわ」

 威吹鬼は沈黙していた。しかし、息は荒い。

「……おまえも、生命力をかなり使ったようだな」

 威吹鬼はがくりと地に片膝をついた。

「……こいつでも、やっぱりてめえには効かねえか」

「ふっ」陀羅鬼は唇の端を歪めた。「その黄金色の瞳。やはり威吹鬼、おまえは儂の仔だな」

 威吹鬼は黙ったまま、乱れた呼吸を整えようと努めた。

(塗りつぶせ)

「偶然のいたずらか? やはりあの人間の女に何か欠陥があったのか。それゆえ、そのような異形の能力が宿ったか? ……しかし、やはりおまえは儂の子だ。威吹鬼、まぎれもなくおまえは化け物だ」

「……おれは……人間だ」

(怒りだ)

「この骸(むくろ)の山を作ったのはおまえだ。それでも人間と言い張るか?」

(もう一度、怒りで、感情を黒く塗りつぶせ)

「おれは人間だ!」

 一声大きく叫ぶと威吹鬼はコングを抜き、陀羅鬼に向けて一瞬で十発、一弾倉分をぶっぱなした。



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