第23話 SENTIMENT <終焉>

『夜には連絡してくれと言ったはずだがね』

「……あんな状況で連絡できるかよ」

『どんな状況だったんだね』

「死線を彷徨さまよった」

『まさか。あんたほどの者が』

「いや。ちょっとマジだ」

『本当か。なおのこと連絡が欲しかったな』

「時化山の中腹に電話ボックスがあると思うかい?」

『ないな』

「だろ。中腹どころか、こっちは腹にでかい穴が空いてた」

『……何だって?』

「……何でもない」

『時化山には行ったよ。化学班と特捜班を伴ってね』

「あったろ? 山になってたろ」

『ああ。屍骸の山だ』

「あれは全部おれが殺った」

『そうなのかもしれないがね』

「……出ねえんだろ?」

『……出ないね』

「どんな感じだ?」

『六匹分、プラス拘束時間』

「だろうな」

『あとの百匹分は、まあ怪我の功名みたいなもんだから……』

「まさしくな。怪我をしたのも、殺ったのもおれだ」

『言いたい気持ちもわかるがね』

「……まあ、八柱さんに言ってもしょうがないことだがな」

『私はただのコーディネーターなんだ』

「そうだな」

『すまないね』

「いや……。ところで、高羅夫人はどうなったんだ?」

『ああ。イカレちまってる。まだ無理だ』

「そうか」

『医者や公安が何を話しかけても、さっぱり要領を得ないらしいね。けたけた笑い出したかと思えば、急にぶつぶつ言いながら震え出したり。泣き出したり。ありゃ無理だ。まだ時間がかかるね』

「そうだろうな。素人があんな思いをすれば」

『化け物のボスに、最初にどうやってコンタクトを取ったか、だな。そこは気になるところだが』

「妖撃舎としての見解はどうなんだい」

『さあてな。当の本人があんな状態だし……。まあ高羅家なんてのは金も政財界なんかへのコネも権力もふんだんに持っているからね。我々が推し量ることもできないウラのルートも、まだまだ存在するんじゃないかね』

「またウラルートか」

『何だって?』

「何でもない。あの子はどうなるんだ?」

『高羅家の息子か』

「そうだ」

『たった一人の肉親があの様子だからな……。当分は政府の被害者保護センターが面倒を見に行くようだな』

「……高羅家で働いている人達はどうなるんだろう」

『そこまではウチにはわからんよ。知っておく必要もないし。それぞれ別の働き口を探すんじゃないか? 随分とご執心だな』

「そうでもないよ」

『……月詠の子だからか』

「……そうだ」

『あの子達はこれからも化け物に狙われるかもしれんね』

「何度だっておれが守ってやるさ」

『ご執心もいいがね、威吹鬼』

「何だよ」

『……料金は発生せんよ』

「ケチなギルドだ」

『そいつは言いっこなしだ』

「登録ギルドを変えてやろうか?」

『そいつも言いっこなしだ』

「八柱さん。最後に一つ」

『何だね』

「ベビーシッターの、あの女の子はどうなるんだ?」

『長年連れ添ったテディベアのぬいぐるみを手放さないみたいに、あの子の姿が少しでも見えなくなると高羅の息子は泣き叫ぶらしい。被害者保護センターがあの子を特例的に雇う、という形になるようだな』

「……そうか」

『安心したか』

「……まあな」

『ご執心だね』

「つっ込むなよ」

『綺麗な子だったね』

「まあな」

『ご執心だね』

「バカにしてんのか?」

『威吹鬼。何だか君、妙に人間味が出てきたね』

「そんなことねえよ。じゃあ、切るぞ」

『ああ。また頼むよ』

「ああ。……八柱さん」

『何だね』

「ありがとな」

 返事を待たず、威吹鬼は受話器を置いた。まったく。調子が狂う。

 威吹鬼はタオルを首にかけ、事務室を出た。

 工場長の平群へぐりがいつも通り、むっつりした表情をその細面の顔に浮かべて、威吹鬼と入れ替わりに事務室に入ってきた。

「あ。電話、終わりました」

「そうか」

「ありがとうございます」

「いや。いいんだよ」

 平群は口を真一文字に結んだ。それが彼なりに精一杯微笑んでいる表情であることは威吹鬼も知っている。不器用な男なのだ。

「威吹鬼君」

「はい」

五十首いそくび工業さんからボルトが十缶届いたそうだ。表にトラックが来てる」

「すぐに荷降ろしします」

「翔蓮重工さんからも、またクズ鉄が届いた」

「それも降ろします」

「ああ。頼むよ」

「はい」

 威吹鬼は足早に事務室を出ようとした。

「威吹鬼君」

「……はい?」

「君は――あれだ。賞金稼ぎなんだろ?」

「……はあ」

「それだけで随分稼いでいるという話も、まあ、どこからともなく聞いた」

 威吹鬼は何と答えていいかわからず、曖昧に頷いた。

「ハンター業に集中する、なんて気は起こらないのかい?」

 声の調子から平群は今、出産間近の海亀のようなしょぼついた目をしているんだろうな、と威吹鬼は思った。

「それは馘首くび――ってことですか?」

「いや、違う。それは違うよ。勘違いしないでほしい」

 平群はあわててかぶりを振った。

「君はとてもよく働いてくれる。貴重な人材だ。ただ、わからないんだよ。なぜ君のようなウラの世界ではすごい男が、ウチのような汚い工場で働いているのかが」平群は自分に納得させるように、うんうんと何度も頷いた。「一度聞いてみたかった、というか……」

「ウラの世界では、ですか……」

 威吹鬼は自嘲的に笑った。そしてタオルで顔をごしごしと拭いた。

「工場長。ここで働くのが好きだ、っていうのは理由になりませんか?」

 平群は彼がいつもそうするように、口をへの字に結んだ。

「変わった人だな、君は」

「こっちが本業です」

「……そうか」

「荷降ろしに行ってきます」

「……ああ。頼むよ」

 威吹鬼は勢いよく事務室を飛び出し、スチール製シャッターが開けっ放しになっている正面玄関へ向かった。同僚から声がかかる。

「威吹鬼。表に」

「クズ鉄とボルトだろ。聞いてる」

「それが終わったらこっちの制御弁を頼む」

「錆びてるやつだな」

「やっぱりおまえの怪力じゃなきゃ動かねえって」

「わかったよ」

 答えながら、威吹鬼は工場の外に飛び出した。

 確かにトラックが二台止まっている。どちらも積荷は満載だ。

(今日も忙しくなりそうだ)

 威吹鬼はタオルを頭に巻いて気合を入れた。




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