第16話 DUST <情報屋>
神都でも指折りのドヤ街だ。
環状電鉄のガード下では安酒場や物売りがずらりと軒を連ねている。路上にビニールシートを敷き、得体の知れない義手や義足、義眼や義口といった人工偽装交換部品を売っている男がたくさんいる。その多くは元賞金稼ぎだったり、過酷な肉体労働で身体の一部が欠損し、安価な交換部品で補っている者達だ。
その名の通り、出所のわからない合成肉を使った腸詰を煮込む蒸れたような臭いと、労働者の饐えた体臭が大気中にふんだんに入り混じっている。総合職業安定所では多くの労働者が暗い目をして列を作っている。それが腸詰町。
その列を強引にかき分け、威吹鬼が跳ぶように歩いている。
男の居場所は分かっている。恐らくこの町の酒場だ。どうせいつも通り昼間っから合成蒸留酒でもあおってくだを巻いてやがるに違いない。
ガード下の酒場の中でも一、二を争うほど薄汚い店を見定め、威吹鬼はドアを乱暴に押した。
「おおっと――」ドアの近くで呑んでいたヘビー級のボクサーのような大男が振り向き、威吹鬼をじろりと睨んだ。「坊や。店を間違えてないか? ここの品書きにカフェオレはないぜ」
周辺にいた男達がへっへっ、と
「おい」大男は威吹鬼の肩を掴み、気色ばんだ。「聞こえなかったか、きれいな顔した坊や。おじさんはてめえに言ってるんだぜ? わかるか? 帰れっつってんだ」
威吹鬼の肩を掴む大男の右腕は義手だった。鍛鉄でできており、いかにも力がありそうだった。
「おっさん――」威吹鬼は大男に顔を向けた。「臭え息を我慢して聞いてやるよ。
かちかち、と義手から小さな作動音が鳴り、肩を掴む手に力が入った。威吹鬼のかかとが宙に浮いた。
「坊や。おじさんが口のきき方ってやつを教えてやろうか」
「口のきき方が気に入らなかったか?」
威吹鬼は男のベルトのバックルを掴み、片手で男を勢いよく持ち上げた。威吹鬼のかかとは地に着き、代わりに男の頭は天井のブリキ板を勢いよくぶち抜いた。
「こんなきき方なら気にいってくれるか」
威吹鬼は男のバックルから手を離した。男はその場に尻餅をついた。顔中血だらけになっている。
「イライラしてんだ。潰してやろうか」
威吹鬼は血にまみれた男ののどに片手をかけ、ほんの少しだけ力を込めた。ヒキガエルのような声が男ののどから洩れた。
「――か、勘弁してくれ」
「なら教えろ。ここに荒磯はいるか」
「奥だ。一番奥のテーブルで呑んでる」
威吹鬼は男から離れた。取り巻いていた男達がざわめきながらさっと離れた。
威吹鬼がテーブルに近づくと、今まさに裏口から貧相な男が逃げようとしていた。
「荒磯。動くと撃つ」
威吹鬼はコングを抜いた。
男はぴたりと動きを止め、両手を上げた。
「お利口だ」
威吹鬼はずかずかと大またで男に近寄り、胸ぐらを掴んで持ち上げると、乱暴に椅子に座らせた。男の口から「ひっ」という声が洩れた。
「確実で迅速な情報、だったな」
「そうだ。それがおれのモットーだよ、威吹鬼」
荒磯の声は震えていた。荒磯の右目には、数年前に流行った電飾義眼が移植されており、そいつがちちち、と鳴りながら七色に点滅した。
「しばらく見ないうちにいいもん入れてんじゃねえか、荒磯よ」
「……ああ。おかげさまでな」
「速くて確かな情報屋に聞きたいことがある」
「何だい? ……威吹鬼よ、この手をどけてくれねえかな」
「手をどけたらてめえは逃げるだろ?」
「逃げたら背中から撃つんだろ?」
「そうだ」
「じゃあとにかくこの手をどけてくれ」
「質問に答えてからだ。最近、徒党を組んで悪さをする化け物が増えたようだ」
「そうだな。知ってる」
「奴らがたむろしてる場所を教えてくれ」
荒磯はごくり、と唾をのんだ。「あんた、そこへ行って何する気だい?」
「掃討だ」
「……正気か?」
「もちろんだ」
「一匹でも手を焼く奴らだぞ。死にに行くようなもんだ」
「おれは死ぬ気なんてさらさらない」
「無茶だ」
威吹鬼は舌打ちした。「話してる時間がねえんだ。早く場所を教えろ」
荒磯はなおもぶつぶつ言いながら、震える手で指を二本立てた。威吹鬼はそのうちの一本を握った。
「へし折るぞ」
途端に電飾義眼が七色に点滅した。
「わかった。わかった、一枚でいいよ」
威吹鬼はポケットから紙幣を一枚出した。荒磯はそれを奪い取るようにして懐にしまった。
「ここから一番近いのは
威吹鬼はため息をついた。
(……やっぱりか)
荒磯から手を離した。
「ありがとよ」
荒磯は襟元を直しながら、「もうちっと丁寧に聞けないもんかね」とこぼした。
「邪魔したな」
威吹鬼は裏口から風のように走り去った。
「呪われろ!」
荒磯は威吹鬼の背中に罵声を浴びせた。
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