第28話 合宿、あるいは研修旅行
雪も深くなり始めたこの頃、短いが貴族学院は冬期休業に入った。そこで俺たち新聞クラブはジャンヌの元で合宿に勤しんでいた。理不尽な指導をされる、というのは杞憂だったようだ。
最も、合宿と言ってもそんな徹底的に何かを極めようとそういう訳じゃない。グランノール公爵の屋敷の一室を借りて、ある意味では普段の授業の延長線上にあることをやっている、と言った感じだ。しかして、その内容は非常に興味深く、何より発展的、先進的だ。
「……とまぁ、これが中等魔術の概要というところじゃ。実の所を言うと今教えたのは本来3学年あたりでやる内容じゃが、お主たちなら理解できておるな?」
俺は一応順を追って説明をしてくれたおかげで理解できたが……マティアスにセルジュ、それにエリックの様子を見てみると……取り合えずは解ったような様子であった。彼らは聡明そうでもあったからあまり驚きは無い。
「あとはいつもの授業のように習うより慣れよ、ということで、実践じゃ。厚着して外の庭で待ってると良い。わしは少し準備をしてから行く。」
うっし。それなら腕の見せ所だ。事業の合間合間に磨いてきた腕前をお披露目するチャンスだ。
ぱぱっと準備をする。厚着して、杖は腰に差して準備完了。庭へと向かう。
リュシオール領はリエルの街にある実家に比べると3倍はありそうな広さの屋敷の廊下を歩いて行って正面玄関から外に出る。そこから見える景色は綺麗な雪景色だった。そう、例えるなら……国境の長い廊下を抜けるとそこは雪国だった。なんつって。こんな場所に来られるというのはなかなかにラッキーである。気分は小旅行だ。
マティアス連中もぞろぞろと出て来る。俺と同じように準備をしていて抜かりはないようだ。そして、しばし待っているとジャンヌが現れた。
「待たせたのう。見ての通りここは田舎でな。どれだけハデに魔術を使っても誰かに迷惑が掛かるという事は無い。安心して実践するが良い。では、出発じゃ。」
「あれ?ここで何かするのではないのですか?」
「うむ。今日はより実践的な演習をと思うてな。」
何をする気なのだろうか。どこかへ移動するということはわりかしハデな事をやるつもりなのか。
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「貴族学院の魔術の授業というのは基本的に演習場と座学だけでしかやらんのはお主たちも知ってるじゃろう。あくまで武道じゃからそれでも問題は無いがの。しかし、わしとしては実践形式が好みでな。という訳で見込みがありそうなお主たちにはそれを会得してみて欲しくてな。」
そう言いながら冬の山中を歩くジャンヌの後ろを俺たちは付いていく。山の中とは言ってもそんなに険しくも無くそこそこ開けている里山に近い山ではあるが。
「まぁ、いつも言ってるように習うより慣れろじゃ。ほれ、左手の方向に見えているあの的。好みの魔術で撃ってみると良い。」
ジャンヌが指し示す先には学院の演習場の時より3倍は先に見える的があった。なるほど。これはかなり高い実力が求められそうだ。
じゃあ、早速……。
「紅の灯よ、我が掌を燭台とし、大弩とせよ。そして甲を貫く力と成れ。
杖を構え、魔術を詠唱し放つ。すると、杖の先に魔力が集い、火球を形成し、そのまま発射される。放たれた魔術はそのまま的へと向かいぶち当たって爆ぜて的の一部をえぐり取った。
授業と事業の合間を縫って鍛錬していた甲斐があった。自分でもなかなかの出来だ。
マティアス達も各々の魔術を放って的に当てていく。なかなか上手いもんだ。同学年でもここまで出来るのはなかなかいないだろう。
「うむ。お主たち、中々上手じゃないか。ウォーミングアップは順調というところじゃな。」
ウォーミングアップ……。別にこれだけとは思っていなかったがこれよりレベルが高いことが控えているというのか……。
「じゃあ、今度はこの山中を走りながら都度指示を出すからの。付いてくるが良い。心配は要らぬぞ。ちゃんとお主たちが付いてこられるペースでやるからの。では……開始じゃ!!」
ジャンヌが走り出し、それに俺たちは付いていく。まだ雪はそんなに深くはない山道であるためか足を取られたりとかは無いがそれでも足元を気にしながらだから結構これは大変だ。
と、急に身体が軽くなる。これは軽快に走っていけそうだ。しかし……なぜ。まだランナーズハイになるには早いはずだが。そんなにまだ追い込んではいないが……。
「身体強化魔術を掛けさせてもらった。アルフォンス。」
マティアスだったか。これは有難い。
「ありがとう。助かった。これでちゃんとついて行けそうだ。」
「礼は要らない。お前が落伍すると先生が心配するからだ。別に、セルジュとエリックにも掛けている。」
あら、ツンデレ?マティアスにも可愛いところがあるもんだな。
その後も俺たちは山の中を駆けずり回りながら右だ左だと都度指示を受けながら魔術を放って的に当てていく。これはあらかじめジャンヌが準備してくれていたという事だろうか。だとしたら大変だったろうに。
小一時間ほど走り回りながら演習を行った後、俺たちは屋敷の前まで戻ってきていた。
「今日の授業はこれで仕舞いじゃ。各々休息をとるか自己鍛錬に努めると良い。わしは自室で諸々しておるから話があるなら気軽に来ると良い。じゃあの。」
今日はこれで終わりか。ジャンヌのお言葉に甘えてのんびりさせてもらうかな。
取り合えず、俺に割り当てられた客間に戻り、室内着に着替える。そして、設えてあったソファに腰をかけて一息つく。
と、くつろいでいると俺に与えられた部屋を訪ねる者が居た。
「アルフォンス、俺だ。」
「マティアス、どうしたの。いきなり。」
「……少しお前と話がしたくてな。」
「解った。僕で良ければ。」
何を話したいのだろう。そばにあった椅子に座るよう促し、マティアスもそれにしたがう。
「なぁ、お前は……先生と……ジャンヌとどういう関係だ?」
「別に、マティアスと同じ教師と生徒だよ。」
偽りでは無い。もとより嘘などついているつもりもない。
「それにしては随分と仲が良さそうに感じるが……。」
「別に、普通じゃないかな?交流を持つ機会は確かに何かと多いとは思っているけど。」
「……俺の勘違いなら良い。邪魔して悪かった。それだけ聞きたかったんだ。」
そう言ってマティアスは去っていった。……奴はジャンヌと幼馴染みであるというのはジャンヌ自身から直接聞いている。交友関係の深さから何か思うところがあるのだろうか。……俺は今も昔も友達付き合いがテキトーだったせいでこういう機微にはどうも疎い。まして今更思春期の少年少女の内面と言うのはどうにも想像しがたい。
友達を失ったり、いなかったり、そういう経験があるわけでは無いが……。それでも基本能天気な俺にはよく解らん。
あとで、ジャンヌとも話してみようか。マティアスが色々と俺とジャンヌの関係性にどうも思うところがあるらしいという話は。もし、何かの間違いで折角の幼馴染みの関係性がこじれてというのは、俺もあまり気分がよろしくない。できれば折角昔から交流があるのならそれはずっと続いてほしい。きっと二人にとってもかけがえの無い物であろうから。中身が良い歳した大人の俺としては切に願わずにはいられない。
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