第11話 ワンフォーオール・オールフォーワン
俺が前世の記憶を取り戻してから3か月になった。夏も本番となり、暑さも本格的だ。地球温暖化どころか地球沸騰化とかなんとか言われていた前世世界とくらべると比較的涼しいが。
そんな中、俺はリエル・マフェーレ間の中継所の完成検査にいそしんでいた。多くはすでにある建物を改築して通信員の詰め所や手旗の送受信を行う塔……といっても何十メートルもあるわけじゃないが。それらが問題なく完成しているかを確認して回っているという訳だ。
前世の日本みたいに地震はそうそう起こる土地柄でもないためそんなに建築に時間はかからなかったようでどこも見た所なにか手を抜かれているわけでも無かったようだ。
それで、今はマフェーレから数えて9か所目、つまり最後の中継所の視察を終えてリュシオール家の屋敷への家路を馬車に揺られながら急いでいるところだ。ちなみにリエルの街の送受信施設は屋敷に作ることになった。もともと高めの所に建っていて、改築も最小限で済むから願ったり叶ったりだった。快く改築を受け入れてくれたユリウスにも感謝しなければ。
「アルフォンス様、屋敷に戻りましたらクレイグ様よりお話があるそうで、広間まで来て欲しいとのことです。」
「わかったよ、マリー。」
道中、帯同してくれていたマリーが声を掛ける。話、とな。特に今のところクレイグに頼んでおいたこととかはないし、心当たりも無い。
しばし走り夕刻、馬車は特に何のトラブルも無くリエルの街、そこにあるリュシオール家の屋敷に到着した。早速馬車を降りた俺は言われた通りに広間へと向かう。
この広間は普段は使われておらず、多くの来客があったときの会合であったりとか、あるいはリュシオール家当主主催の催し事くらいでしか使われていない。クレイグほか屋敷に勤めている使用人たちはそうであってもしっかり清掃はしていたようでいつ覗いてみてもきれいになっていたが。
そんな広間の扉を開けてみる。すると、そこにはクレイグやユリウス、母親であるエミリアそれに普段顔を合わせる機会の少ない兄、アルジャーノン・リュシオールの姿、さらには我が事業のために集まってもらっていた通信員たちの姿まであった。
一体何事かと訝しんでいると、ユリウスが声を発した。
「アルフォンス、7歳の誕生日おめでとう。」
誕生日……?一瞬間違いではないか、と思ってしまったがよくよく考えてみれば確かに今日だった。転生後の誕生日は殆ど意識していなかったからか半分忘れていた。記憶を取り戻す前ならなんとなく察することが出来たのだろうが。しかし、主なリュシオール家のメンバーが集まっていることをみると、これは。
「ささやかながら祝いの場を設けた。さあ、楽しんでくれ。」
誕生日パーティーだ。
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何かの祝い事というのはどこの国、どこの世界でもどうやらあまり変わらないようで家族で集まってご馳走を用意して、というスタイルの言ってしまえば普通のパーティーだった。最も、この世界においては結構な贅沢のようではある。ただ、こういう時に立食形式のパーティーはあまり経験が無いが。この世界ではこれが標準なのだろうか?
「アルフォンス、最近頑張っているそうね。偉いわ。でも無理はしちゃだめよ?」
この世界での母親、エミリアが声を掛けてくる。
「有難うございます。お母様。ですが心配はいりませんよ?無理はしておりませんから。」
「そう。なら良いんだけれど……。」
親という物はやはり子供のことが心配なんだろうか?どれだけしっかりしていても、それがよしんば中身が大人であろうとも。前世では死ぬまで独身貴族で気ままに暮らしていたからこの辺りはよく分からない。そういう意味でいえば俺はずっと前世から子供のままだったのかもしれないな。今更言ったところでだが。
「アルフォンス、お前は貴族学院には興味は無いか?」
「貴族学院?」
ユリウスが妙な事を聞く。貴族学院とな。アルフォンスとしての記憶の中には名前くらいしか無い物だな……。名前からすると当然学校なのだろうが。
「ああ。本来は13歳から入学するのが習わしではあるがお前なら飛び級で入れるだろう。お前は既に読み書きは出来るし、礼儀作法も……まあ学校に通うぐらいならなんとかなるだろう?」
「ええ。そうですが……。」
学校通い、か。悪くはない話だ。しかし、現状実質的に社長業をやっている以上二足のわらじ、今後も冒険者としての活動もやっていくなら三足のわらじになってしまう。流石に過労死モノだ。クレイグたちに運営を任せて自分は学生生活一本にしてしまうという手もあるにはあるが俺が始めたことである以上最後まで自分が責任を持ちたい。この手は最後の手段だろう。
「一応、考えてみます。今は事業の事もありますから。」
「うむ。その気になったらクレイグづてにでも私に直接でもどちらでも構わないから伝えなさい。」
現状は保留しておくしかない。事業が軌道に乗って落ち着いてからでも遅くはあるまい。この世界の事について学んでは見たいが優先順位的にはそう高くはない。何だったら12歳からでもいいだろう。
「飛び級するにしても、しないにしてもアルフォンスは貴族学院でもうまくやっていけるよ。俺が保障する。」
そう言ったのは以前の出資を募る説明会でも居た俺の長兄、アルジャーノン・リュシオールだ。既に
成年していて、現在はリュシオール伯爵領の運営の手伝いをしているそうだ。普段はこのリエルの街にも居ないから顔を合わせる機会も少ないため顔にしても曖昧にしか覚えていなかったが……。それでもたまに屋敷に帰省したときにはよくかわいがってもらっていた記憶がアルフォンスとして物の中にはある。
「アルジャーノン兄さん、その節はご出資頂きありがとうございました。」
「はは。兄弟なんだからそんなにかしこまらなくても良いよ。やっぱりアルフォンスらしいや。」
「そ、そう?しかし、それにしても貴族学院とは一体?」
「ああ。貴族として生きていくための知識、礼儀作法の他教養として歴史や文学も学ぶんだ。魔術や剣術も学ぶところでもあるんだ。」
魔術、興味深いな。この世界に転生してきて色々やってきてはいたがまだ魔術には手を出していなかった。それを学校で学べるというのは魅力かもしれない。どんな魔術があるかにもよるが事業に活用できるものがあるかもしれないし、手旗通信以外に現代知識と組み合わせて相乗効果を狙えるものもあるかもしれない。本格的に検討に値するかもしれん。
「まあもし、貴族学院に通うとなれば王都で下宿、ということにはなるけどね。最もアルバートが居るから何かあれば頼れるよ。」
「アルバート兄さんが。」
アルバート・リュシオール、俺の次兄だ。この屋敷には居ないしかといって何か領地で仕事をしているわけじゃなさそうだったからアルフォンスとしての記憶の中にだけあってどこに居るのか疑問だったがここに居たのか。
「アルフォンス様、あっしら通信員も頼って良いですぜ。どうせいずれ王都まで通信線を引くんでしょう?なら王都にも通信員は置くことになるでしょうから、そん時はお助けいたしますぜ。」
ここ1か月ほど顔を突き合わせている通信員も声を掛けてくる。通信員の経歴に関しては結構多様であったがこの男は前はC級冒険者をやっていて、名前はテッドと言うらしい。着慣れないらしいモーニングスタイルのいで立ちをしている。
「ありがとう。テッド。まだ先にはなるけどその時はよろしくね。」
「ええ。お安い御用ですぜ!!」
頼もしいものだ。仲間が増えていく、何度やっても良い。こんな見た目は幼子、中身は平凡な大人の名推理なんてできそうにない奴について来てくれる。有難いものだ。俺も彼らの信頼と負託に応えなければならない。それがきっと人を使うという事だから。
宴も進み、丁度いい塩梅の時間と言うところでユリウスの声でお開きという事になった。それぞれ各々の居所だとかに戻っていく。俺も他の連中同様に自室に戻ることにした。
自室に戻り、窓の外を覗く。既に日は落ちてだいぶたっており、星空が広がっていた。この世界は当然ながら機械文明が進んでいるわけでもないため、町の明かりという物も少ない。ゆえにこの屋敷からでも満天の星を観ることが出来るのだ。
今日は新月という事もあり一層星が綺麗だった。けれど……どうしてもこの星空を見上げているとセンチメンタルな気分になってしまう。見える星々に、見覚えなど無い。あろうはずが無いからだ。恒星も、惑星も見覚えが無い。地球の南半球の夜空も見上げたこともあったがそれとも全く違う。
この星空のどこかに俺の故郷……地球はあるんだろうか?魔法が存在する時点で地球がある宇宙とは別な宇宙のような気がするが……。だとするとなかなかに寂しい物だ。
まあ、それでも良い。今の故郷はこの星であってこのグランデール王国なんだ。今はそれで良い。ここには俺の為に動いてくれる人たちがたくさん居る。そして俺もここにいる人たちの為に働くことが出来て居る。それで良い。
俺はそんな事を考えながらベッドに身を投げ出し、そのまま眠ることにした。パーティーのさなか、ユリウスの言った貴族学院の事を頭の片隅に置きながら……。
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